第69話 薬を急がせない優先便
保存食の二台が出た翌日、配車の確認をミナへ任せた。
前夜、彼女は緊張して眠れなかったらしい。朝の食卓で、確認項目を十二個書いた紙を見せた。
「多いですね」
「全部必要です」
薬の温度、期限、受取人、食事との組み合わせ。工房品の油、割れ物、雨。荷車の空き、馬の体調、御者の休憩。
「一人で全部判断しますか」
「配車役なので」
「昨日の僕みたいです」
ミナは紙を見直した。
自分の役割は、荷物を安全に組み合わせること。薬の専門判断は自分、馬は御者、金具は職人、全体の台数はボルク。十二項目を担当ごとに分け、ミナが最初に見るのは期限、宛先、特別札の三つだけにした。
「分からなければ、聞く」
彼女は研修の最初の約束を声に出した。
僕は横で見るだけ。ボルクも、質問があればまずミナへ尋ねる。
朝の荷ほどき場には、六台分の荷物があった。
麦袋、工房の金具、宿場町の食器、衣類、薬房の薬、セラへの空瓶。薬と書かれた箱を見て、ボルクは最初の荷車へ載せようとした。
「薬は急ぎだろう」
ミナが荷札を確認する。
「これは薬房へ戻す期限前の在庫です。今日中でなくても大丈夫です」
在庫薬の紙札には『期限・十日後』とある。ボルクはそれを、十日後までに届ければよいという意味に読んだ。
「これは薬自体を使える期限です。薬房へ戻すのは三日以内。十分余裕があります」
「同じ期限でも違うのか」
「荷札へ『届く日』と『使える最後の日』を分けましょう」
ミナは到着期限へ馬車の絵、使用期限へ砂時計の絵を付けた。薬だけの特殊情報は通常の荷札へ増やさず、革の特別札の裏に書く。
「普通の食料にも賞味の期限がある」
マルク村長の保存食担当が言う。
「必要なら、同じ砂時計を使えます。でも、腐りにくい金具へは付けません」
共通記号を全荷物へ義務にせず、時間に弱い品だけ使う。
「でも薬だ」
「こちらの小箱は、患者さんへ今日渡す熱冷まし。こっちだけ先にお願いします」
同じ薬でも、優先度は違う。
ミナは荷物を、急ぎと通常の二列へ乱暴に分けなかった。急ぎの理由を一つずつ聞く。
人が待っている。温度が持たない。受取時刻が決まっている。その三つのどれにも当てはまらなければ、通常便へ。
「食料にも、今日の夕食はある」
御者が言う。
「はい。薬だから常に先、ではありません。今日必要な物を先にします」
一人の御者が反対した。
「薬を後にして、何かあったら俺たちの責任になる」
「不安ですよね」
ミナは否定せず、二つの薬箱を並べた。
「こちらは今日、患者さんが待っています。遅れたら連絡してください。こちらは薬房の棚へ戻すだけで、三日以内。今日運ばなくても安全です」
「だが、荷物を見た人には区別がつかない」
「だから、急ぎには太陽札、通常には砂時計の日付を付けます。御者さんが説明を背負わなくても、札を見せられます」
責任を軽くする方法まで示すと、御者は納得した。
「なら、太陽札を最初に降ろす」
対立せず、心配の理由を仕組みへ変えた。僕には苦手な交渉を、ミナは自然にしていた。
薬の箱だけ特別扱いすると、薬房の空瓶が夕食用の食料より先に運ばれる。品名ではなく、期限と理由を見る。
最初の便には、患者用の熱冷まし、宿場町の夕食用食器、今日納品する工房金具。行き先が途中まで同じなので、一台で運べる。
道順は、薬房、宿場町、工房の順にした。地図上では工房を先に通るが、熱冷ましの受取人が昼まで待っている。少し遠回りしても、期限を優先する。
「燃料が増えます」
ボルクが言う。
「別便を一台出すより少ないです。帰りに工房から空箱を受け取れば、空で戻りません」
ミナは往路だけでなく戻り荷も確認していた。工房へ事前に伝言し、空箱を用意してもらう。
急ぎ便を速くするために、ほかの荷を全部止めない。一台の中で順番を調整し、通常品も同じ日に届ける。
二便目は麦袋。三便目は衣類と空瓶。温度に弱い薬は保冷箱へ入れ、革の特別札を付ける。
「熱冷ましを先に降ろすなら、荷台の奥へ入れないで」
ミナが御者へ伝える。荷物の順番まで、配達順に合わせた。
「この金具箱と薬箱は、一緒でいいか」
「油が漏れない箱なら。念のため布を一枚挟みます」
「雨が降ったら?」
「薬を先に屋根へ。食器は布で覆う」
「馬が疲れたら?」
「休んでください。患者さんへは遅れの鐘を送ります」
「急ぎでも?」
「馬を潰したら、届きません」
優先することと、無理をすることを分ける。御者は安心したように頷いた。
出発札には、途中の休憩予定も一つだけ付けた。遅れではなく計画された休みだと、組合にも分かる。
御者たちは次々に、僕ではなくミナへ聞いた。
彼女は全部を一人で答えず、工房金具は職人、食器は市場の店主へ確認する。自分の専門の薬だけははっきり判断し、ほかはつなぐ。
僕が教えられることより、彼女が現場から学んだことの方が増えていた。
出発前、ボルクが配車札へ印を押した。
「ミナ先生、これでいいか」
「先生ではありません」
「じゃあ、配車役」
「今日はそれで」
配車が終わったあと、ミナは僕へ小声で聞いた。
「間違っていませんでしたか」
「僕にも分かりません。今日、届いた結果を見て確認しましょう」
「正解を言ってくれないんですね」
「最初から持っていないので」
夕方、一台目は全て期限内に到着し、空箱も持ち帰った。薬の温度も正常。ミナはようやく、自分の配車札へ完了の印を押した。
「今日は合っていました」
答えを僕からもらうのではなく、現場の結果から確かめられた。
ミナは笑って受け入れた。
一台目が出たあと、遅れてきた御者が僕の前を通り過ぎ、まっすぐ彼女へ行った。
「午後の便も、薬房と宿場を一緒にしていいか?」
僕より先に、弟子へ相談する人が現れた。




