第129話 三つの国の昼食
完了から一月後、僕たちは確認のため交易所を訪れた。
訪問日は契約時に決めていた。問題が起きたから呼ばれたのではなく、使い始めた後の点検だ。
事前に、五つの数字だけ送ってもらった。荷車数、平均待ち時間、黄色札、赤い停止札、手動受付へ切り替えた回数。
詳しい報告書を先に作らせず、数字で気になる日を選び、現場で聞く。マルテたちが点検のために通常業務を止めないよう、午前だけにした。
僕たちが着いても、誰も特別な実演をしなかった。普段の荷車を普段の当番が受ける。見せるための成功ではなく、一月続いた姿を見た。
荷車の平均待ち時間は、以前の半分近くになっていた。重複登録は一件だけ。共通札の封印粘土が割れたためだったが、元書類へ戻って同じ日に直している。
大型受付機は二度止まった。
止まった二日間の記録には、処理速度が半分になったとある。しかし黄色札の数は増えず、重複登録もない。手動手順が月に一度の練習だけでなく、本当に使えた。
一方、復旧後の最初の荷車で、書記が到着通知を二度送った。機械が戻った安心で、手動送信を済ませたことを忘れたらしい。受取人から『荷車は二台か』と質問が来た。
再送印があったため一台と分かり、次から復旧時に手動通知の一覧を機械へ読み込む欄を作った。
故障しないことではなく、故障と復旧の両方を経験して手順が育った。
一度は通信石の曇り。手動受付へ切り替え、翌日に保守職人が来た。もう一度は、長い腕へ紐が絡んだ。停止札を押し、フィンが保証範囲内の外装だけを外して除いた。
どちらの日も、交易所全体は止まらなかった。
管理道は、雪の深い日を中心に十二便が使った。水路点検で二便を街道へ戻し、低温薬を三便運んだ。通行料と維持費も合っている。
ネルは月に二日休み、マルテは週に一日、交易所へ来ない日を作った。
「休みの日の荷車は?」
「翌朝、例外札だけ見ます。今のところ、私がいない日に一台も消えていません」
マルテは涙を浮かべたが、うれしい涙だと説明した。
昼になると、交易所の食堂から三種類の香りがした。
料理を増やしたのは、マルテの命令ではなかった。
待ち時間が見えるようになり、御者が食堂で一刻過ごせると分かった。東国の御者が自分の粥を食堂の鍋で温めてもらい、代わりに香辛料を少し分けた。南商国の商人が、包み生地の焼き方を教えた。
食堂の料理人は一度に全部覚えず、週に一品ずつ試した。売れ残りと感想を記録し、辛さと量を調整した。
最初の東国粥は辛すぎ、ラウムの客がほとんど残した。次の日、香辛料を別皿にし、自分で足せる形へ変えた。失敗した鍋も、東国の御者たちが食べ、無駄にはならなかった。
物流の仕組みを作った結果、人だけでなく料理も国境を越えた。
以前は、ラウムの固いパンと豆煮込みだけだった。御者が長く待つ場所なのに、各国の人は自分の保存食を荷車で食べていた。
共通札で待ち時間と食数が見えるようになり、食堂は三国の料理を日替わりで出すようになった。
ラウムの麦パンと根菜スープ。
東国の香辛料を使った焼き魚と白い粥。
南商国の薄い生地で豆と肉を包んだ物。
アーシュが、食べ方を教えてくれた。薄い生地は手で半分に折り、香草の汁を少し付ける。バルド社長は汁を付けすぎ、むせた。
「食堂も共通化しますか」
マルテが冗談を言った。
「一つの料理に混ぜず、三つ並ぶほうがいいです」
制度も食事も、違いを消さなくても同じ場所で受け渡せる。
食堂の注文札には、料理名のほかに、辛い、肉なし、乳を使う、の形札が付いていた。国境の口元札から、食べる人の確認へ形が広がっている。
ただし、荷物の口元札をそのまま食堂へ使わなかった。交易所では『検査済み』を示す印でも、食堂ではアレルギーや好みが必要だ。
料理人、御者、薬師が三つの形を選び直した。炎は辛い。葉は肉なし。雫は乳を使う。間違えると体調に関わる乳だけ、文字でも三国語を添えた。
同じ考え方を横へ広げても、意味は使う場所で決め直す。
僕とリゼは一皿ずつ取り、半分を交換した。東国の粥は見た目より辛く、南商国の包みは甘い香りがした。
「家でも作れますか」
「香辛料を少なくすれば。アーシュさんに分けてもらいましょう」
仕事の確認だけでなく、持ち帰りたい食事の話ができる余裕があった。
昼食後、入口の状態板を見に行った。
荷車は共通札を受付で受け、三つの確認台へ進む。御者は自分の国の書類を持ったまま、封印番号だけを同じ束へ結ぶ。
その横を、一台の灰色の荷車が通り過ぎた。
御者は顔を隠しておらず、検問官へ三本指を上げた。検問官も同じ合図を返す。慣れた動きで、誰も慌てていない。
荷車には封印があるが、共通札の紐を掛ける場所自体がなかった。荷台はすぐ開けられる簡素な覆いで、行き先欄も空白。
「見逃したわけではなさそうです」
リゼが言った。
流れの中に一つだけ例外がある時、すぐ不正と決めず、誰が何を確認したかを見る。検問官の記録には、三本線の小印だけが残っていた。
受付機へ紙を入れない。共通札も付けない。三確認台にも寄らない。
三国の検問官は、止めずに門を開けた。
「あの荷車は、なぜ札なしで通れるんですか」
一か月安定した流れの中を、一台だけ、どの札も付けずに通っていった。




