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第128話 今回は交易所までです

マルテが広げた地図は、交易所のものより何十倍も広かった。


東国の街道、港、山道、穀倉、町の市場。国境へ来る荷物だけでなく、国内の税、商会の契約、収穫時期まで関係する。


「この共通札を広げれば、できると思うのです」


「同じ札が役立つ場所はあると思います」


僕の頭はすぐ、調査する順番を考え始めた。主要倉庫を三つ見る。現地の単位を調べる。東国の担当者を集める。国境の五項目を入口にする。


でも、今の契約書には『この交易所での受け渡し』と書いてある。


「今回の範囲では、できません」


マルテの涙が一滴落ちた。


事務所の人たちが静かになった。王国の外まで広がる仕事は、灯り木魔道具社にとって大きな実績になる。バルド社長なら、以前は地図ごと抱えたかもしれない。


僕自身にも、『役に立てるなら』という気持ちはあった。東国の港で止まる食料を減らせるかもしれない。国境で作った札が、もっと多くの人へ届くかもしれない。


だからこそ、今の気持ちだけで受けない。


僕は予定板の控えを地図の横へ置いた。会社の保守、学校、家の休日。地図には見えない今の約束も、同じ机に載せる。


「会社としても、この場では受注しません」


バルド社長が言った。


僕が断った後、社長が大きな話へ飛びつかず支えてくれた。初めて休日仕事を断った時と同じように、会社の判断へ変わった。


僕は続けて、できない理由を何十個も並べそうになった。国が違う、権限がない、休日がある、弟子の予定がある。


リゼが、隣で地図を閉じずに待っている。


「隣国全体は、別の依頼として分けてください。今の完了を延長する形では受けません」


リゼは、今の契約書と地図の大きさを比べた。


交易所には窓口三つ、倉庫九つ、荷車一日二十台。東国全体には、主要港四つ、地方倉庫三十以上、季節市場が数え切れない。言葉も地域で変わる。


「今回うまくいった方法を、そのまま広げるだけではありません」


国境の五項目が役立つ可能性はある。けれど港では船、山では背負い籠。荷物の単位も受渡人も違う。現地を見ずに全国版の札を作れば、百項目の教育計画と同じになる。


マルテは、共通札の束を見てうなずいた。


「小さい札ほど、広げやすいと思っていました」


「小さいから試しやすいです。でも、使う場所ごとに試す必要は残ります」


結論を先に伝えた。


「まったく相談できないということですか」


「いいえ。依頼する主体、目的、対象地域、期限、予算をそろえてから、調査だけを別契約にできます。ただし、受けるかどうかもその時に決めます」


マルテは少しの間、地図を見た。


「実は、私には隣国全体を依頼する権限がありません」


正式な依頼者は、東国の交易局か、複数の商会連合になる。予算を出す人と、現場で使う人も違う。


今マルテが依頼すれば、彼女個人が窓口になり、東国の質問がまた全部彼女へ集まる。交易所で一人へ集めた仕事を、国全体へ広げるところだった。


「誰を助けたいか、最初に三人だけ挙げられますか」


彼女は、東港の倉庫長、山道の御者組合、南市場の書記を挙げた。


「その三人へ、今の共通札と結果を送ってください。欲しいと言われた仕組みではなく、今困っていることを返してもらいましょう」


マルテが善意で相手の問題まで決めないよう、質問は三つにした。何が止まるか。誰が困るか。今はどうしているか。


回答が来てから、三か所全てを見るのか、一か所から始めるのか決める。


成功した交易所を見て、同じ困り事がある国内も助けたいと思った。東国の知人から、荷物が港で止まる話も聞いていた。だから、まず頼んでしまったという。


悪意はない。能力がないわけでもない。ただ、困っている人を思い、契約の範囲より先へ気持ちが走った。


「僕も、前ならそのまま調べ始めていました」


「今は、違うのですね」


「今は、今の仕事を終わらせます」


交易所の完了条件を一緒に確認した。


共通札を全交替が使える。受付機が止まっても手動で受けられる。管理道の停止と再開を担当者が決められる。到着通知の失敗が書記へ出る。費用と報酬が各組織へ支払われる。


最後の一つ、費用の精算がまだ二件残っていた。隣国地図を開く前に、そちらを終える。


マルテは涙を拭き、完了札へ自分の印を押した。


「断られて、少し安心しました」


「安心?」


「この地図まで今日から私の責任になったら、また眠れなくなるところでした」


頼んだ本人も、受けられることだけを望んでいるとは限らない。勢いで広げた範囲を誰かが止めると、相手の負担も減る。


リゼが、新しい相談用の一枚を出した。


東国側で、正式な依頼者を決める。三か月後までに、困っている場所を三つまで選ぶ。最初は五日間の現地調査だけ。国全体の統一を目的にせず、受け渡しの一例を見る。


見積りには、調査参加者の役も書く。東国の現地責任者、通訳、運送担当、会社から二人まで。僕が行くかは、回答を見て決める。ルカやリゼが主担当になる可能性も残す。


休日を削らない移動日、宿、保険、国境を越える許可。今回後から見つけた条件を、次は依頼前に並べた。


「今決められるのは、この相談準備までです」


リゼが線を引いた。


地図の全体ではなく、三つの質問が書かれた一枚だけをマルテへ返した。


「三か月後なら、こちらも予算会議を通せます」


マルテが自分から期限を提案した。


「五日で解決ではなく、五日で次の範囲を決めるのですね」


「はい。契約は、その後です」


急いで助けてほしいと言っていた責任者が、準備期間と小さな最初の範囲を自分で決めた。


僕たちは隣国の依頼を断り、相談の入口だけを残した。


今の交易所の仕事は、今の契約で終わった。

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