第126話 前の案件が一本の道になる
管理道を正式に使うには、水番だけでは足りなかった。
荷車を選び、積み替えを決める運送組合。
橋と車輪を守る金具を作る工房。
御者と荷物が休む宿。
僕はボルク、ガント、宿場町のドムとレナへ、試験結果を送った。
三人から返事が来るより先に、本人たちが国境へ来た。
予定を勝手に変えて来たのではない。ボルクは翌日の定期便を副担当へ引き継ぎ、ガントは工房の納期を一日後ろへ相談し、ドムとレナは宿の夜番を雇った。それぞれ、自分の仕事を止めずに時間を作っていた。
「皆さん、無理をしていませんか」
「シュウにだけは聞かれたくない」
ボルクの返事に、全員が笑った。
参加日、交通費、試験作業の報酬も先に共通契約へ加えた。以前の恩返しだから無料、とはしない。過去の関係は相談相手を増やしたが、今の仕事には今の費用がある。
「定期便の新しい道なら、紙だけでは分からん」
ボルクは小型荷車を二台連れてきた。幅は同じだが、一台は高く、一台は低い。空荷だけでなく、麦袋と壊れ物の重さを模した砂袋もある。
ガントとフィンは、橋へ付け外しできる案内金具を持ってきた。車輪をレールへ固定するのではなく、外へ寄りすぎた時だけ小さく音が鳴る。
金具は橋へ穴を開けず、欄干の既存の継ぎ目へ挟む。水路点検で大きな器具を運ぶ日は外せる。
最初の試験では、風で金具自体が鳴った。御者が車輪の警告と間違えて止まる。ガントは音板の向きを変え、車輪が横から触れた時だけ鳴るようにした。
二回目は、片側だけ音が小さい。フィンが欄干の石の高さ違いへ気づき、金具の脚を調整式にする。
橋を作り直さず、現地の違いへ合わせられる小さな部品になった。
「御者が自分で戻せる。橋を削らん」
ドムとレナは、水番小屋で出せる保存食と寝具を持ってきた。宿場町の本店から毎日料理を運ぶのは遠い。水路町の農家と契約し、乾いたパン、豆、温かい湯を現地で用意する。
レナは、小屋を宿と呼ばなかった。
「寝床と湯はあります。でも、風呂も個室もありません。道の途中で休む場所です」
期待を大きく見せて予約を取れば、御者が着いてから困る。予約札へ、寝床、毛布、食事、馬の餌、荷物棚を絵で示し、ない物には斜線を付けた。
ドムは、水番の休憩席を宿客が占めないよう、奥の二席へ陶札を掛けた。『水番優先』。客がいない時でも、荷物棚にはしない。
宿の経験が、水路の本来の仕事を守る境界になった。
それぞれ、過去の仕事で使った札を持ち寄った。
運送組合の荷物形札。工房の点検札。宿の予約札。水路の陶札。国境の共通受渡札。
新しい道専用の大きな仕組みを一から作らず、必要な場所へ既存の札をつないだ。
出発時、運送組合が荷車の大きさと重さを確認する。
第一橋で、案内金具と一人ずつ通行。
休憩小屋で、水番の道具と荷物棚を分ける。
翌朝、国境の共通札へ管理道印を加え、到着通知を送る。
試験一便目は麦。二便目は陶器。三便目は低温薬。
便ごとに、出発前の確認役を替えた。
麦はボルクが主担当。陶器はガント。低温薬はミナ。僕は三便とも見たくなったが、最初の一便だけ同行し、残りは到着報告で確認した。
陶器便では、二つ目の橋で一箱から音がした。御者は警告金具の音と区別できず、一度停止した。確認すると、箱内の詰め物が緩んだだけで破損はない。
橋の警告は金属音、箱の注意は木球音に分けた。音を増やすだけでなく、何の音か聞き分けられるようにする。
低温薬便では、休憩小屋の保冷石が予定より一個少なかった。ミナは薬を進めず、予備便を待った。半刻遅れたが必要期限には間に合う。
速い道でも、安全札を押しのけなかった。
麦は問題なく一日短縮。陶器は橋の小さな振動で箱の中が鳴り、詰め物を増やした。低温薬は、水路の温かさで保冷石が早く減ったため、休憩小屋で交換する。
同じ道でも、荷物によって条件が違う。『管理道を通れる』の一印だけにせず、壊れ物と温度札をそのまま使った。
宿の予約も試した。
御者二人、水番一人、荷物棚一列。レナが作った予約札には、食事、寝具、馬の餌、荷物保管を別々に選ぶ欄がある。水番は寝具だけ、御者は食事と馬、荷物は棚。
誰かの善意で余った食事を分けるのではなく、使った分を運送費へ含める。
一週間で三便が通り、街道の雪が深い日にも交易所へ着いた。
水路町には通行維持費、宿へ食事代、工房へ金具代、運送組合へ新路手当。誰か一人の無償協力へ寄せない。
一台あたりの費用は、元の街道より少し高くなった。管理道の維持費と小屋代があるからだ。一方、御者と馬の一日分の食費が減り、急ぎ品の遅延料も小さくなる。
普通の麦は、雪が浅い日なら元の街道が安い。期限の短い薬や、街道が雪で閉じた日は管理道が有利。
全荷物を新路へ移すのではなく、出発札へ『安い道』『短い道』『現在通れる道』の三つを並べ、荷主が選ぶ。選んだ理由を残す。
一週間の試験で、管理道を使ったのは全体の三割だった。それでも交易所の滞留は減り、元の街道の混雑も少し軽くなった。
過去に僕が助けた場所が、今度は互いを支えた。
ただ、関わる人が増えた分、会議も増えた。
橋を止める判断はネルか、ボルクか。荷物棚が埋まったらレナか、マルテか。低温薬の保冷石を誰が発注するか。国境で遅れた時、御者へ宿代を誰が出すか。
全員が善意で答えようとし、答えが重なった。
ある朝、同じ橋へ『通行可』『水路点検で停止』『小型のみ可』の三枚が同時に掛かった。
役割が増えすぎて、誰が最後に決めるのか分からなくなっていた。




