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第110話 増えた理由、減った理由

五つの倉庫の報告表には、新しい一列が加わった。


『昨日から増減した理由』。


文章を長く書く欄ではない。入荷、出荷、湿気補正、袋交換、廃棄、測定修正。その中から形札を一つ選び、必要な時だけ一行を添える。


最初の案では、理由を自由に文章で書いてもらった。


中央は『昨日、商会の荷車が来て麦を北へ送ったため減少』。北は『受け入れたが一部は夕方の計測後』。西は『雨が降り、袋がやや重いと思われる』。


事情はよく分かるが、五倉庫を毎日読む領都の担当者には長い。同じ出来事でも、『移送』『出荷』『入荷』と呼び方が違う。


そこで、よく使う六つだけ形札にした。倉庫間移動は、出す側と受ける側で同じ二本矢印。売却出荷は外向き一本矢印。農家からの入荷は内向き。湿気は水滴。袋交換は麻袋の絵。測定修正は測定石。


札だけでは足りない例外へ、一行を使う。文章をなくすのではなく、毎日同じ理由を書く手間だけ減らした。


ルカは、運送組合の荷札と同じ形を選んだ。倉庫員が新しい印を覚えず、荷物の札と報告を見比べられる。


初日の中央倉庫は、五十袋減。理由は出荷。北は重量が十二減。理由は乾燥と、二十袋の出荷。西は補正後の在庫に変化なし。元の重量だけ三十増。理由は朝霧。


倉庫間移動は、出す側と受ける側へ同じ番号を付けた。中央で『移送七、五十減』、北で『移送七、五十増』。二枚を並べれば領内合計は変わらない。


最初の三日、番号を付け忘れた移送が一件あった。領都は二つの別の出来事だと思い、一時的に五十袋増えたと集計した。


数字がおかしいと気づいた担当者は、以前なら五倉庫へ問い合わせていた。今回は、二本矢印の札だけを探し、時刻と荷車番号から同じ移送だと分かった。


報告表へ番号欄を足し、荷車の木札をそのまま写す。新しい番号を倉庫で作らない。


小さな抜けを一度直すと、翌日から領内合計は合った。


領都の担当者は、合計の差を見るたび各倉庫へ手紙を出さなくてよくなった。


「数字が動かないのではなく、動いた理由が分かるようになりました」


領主府は、数字が合った日だけ丸を付ける評価をやめた。代わりに、差の説明が付いているか、元の数字へ戻れるかを見る。


大雨の日には、五倉庫全てで元重量が増えた。それでも補正後の量と袋数は合い、水滴札が並んだ。以前なら最大の異常日だった日が、最も説明しやすい日になった。


逆に、数字がぴったりでも理由札がない増減は確認する。合う数字を作ることより、何が起きたか分かることを優先した。


書記たちは、自分の報告が領都でどう使われたか、週に一度返事を受け取るようになった。『受領』だけでなく、『冬の移送計画へ使用』『湿気傾向を確認』と書く。書いて終わりではなく、役立った先が見えた。


完全に同じ数字を作ることが目的ではない。食料は入って、出て、乾き、袋を替える。動くものを止めた数字にするより、変化を説明できるほうが使える。


一週間後、五倉庫の袋数と補正重量の差は、一パーセント以内に収まった。以前は最大で四パーセント近くあった。


ドーガは領主府の会議で、初めて『山ほどある』ではなく、冬の終わりまで何日分あるかを説明できた。


「皆が二杯ずつ食べても、この量なら春まで百二十日。南の余りを北へ三十日後に動かす!」


声は相変わらず大きいが、笑いの下に数字があった。


報告の理由札を一月分並べると、一つだけ不自然な列が見つかった。


薬草棚は在庫全体の一パーセントにも満たない。以前の総量報告では、麦の大きな数字に隠れていた。


理由札を品目ごとに並べたことで、小さな棚だけ毎日同じ方向へ減るのが見えた。『総量は合っている』だけでは見つからない変化だった。


僕たちは、異常という言葉をすぐ使わず、『説明待ち』の黄色札を置いた。盗難、誤記、使用、破損。可能性を一つに決める前に、現場へ聞く。


倉庫員の勤務記録も見たが、不自然な持ち出しはない。診療所の受領書は全てそろう。鍵の開閉回数も、出荷日と合っていた。


数字を疑って人を疑う順番ではなく、数字が生まれる作業を見る順番に戻した。


食料袋の増減は、出荷や入荷と合っている。薬草の棚だけ、『使用』の札がほぼ毎日付く。診療所へ送った記録より、倉庫から減った量が二倍近い。


「盗まれている?」


領主府の担当者が緊張した。


ドーガはすぐ、薬草棚を管理する若い倉庫員を呼ぼうとした。僕は、その前に実物を見せてもらった。


棚には、乾燥した薬草の束が並ぶ。数は帳面と合う。扉の鍵も壊れていない。


一束を持ち上げると、葉がぱらぱらと床へ落ちた。


「送る前に、崩れた分を除いています」


倉庫員が説明した。


崩れた葉を除く量は、日によって小さく違った。倉庫員は毎朝、診療所が受け取りやすいよう束を整え、見た目の悪い葉を自分の判断で外している。


「誰に頼まれましたか」


「最初に診療所から、粉が多いと量りにくいと言われて。それからずっとです」


親切で始めた作業だった。診療所は助かっていたが、廃棄の量は共有されず、倉庫員だけが『使った』へ足して帳尻を合わせた。


診療所へも聞くと、粉になった薬草を全て使えないとは言っていない。種類によっては粉のほうが調合しやすい。互いに相手を助けようとして、必要な確認が抜けていた。


倉庫員には、ミナが来るまで束を整える作業を止めてもらった。診療所には、粉を受け取れる種類の一覧を作ってもらう。


診療所へ使った量とは別に、粉になって使えない分を廃棄していた。しかし報告札には『廃棄』が食料の腐敗を示す印しかなく、薬草を傷めたと思われるのが怖くて、『使用』へまとめていた。


責められたくなくて数字を隠したのではない。正確に書ける理由が用意されていなかった。


「いつから崩れやすくなりましたか」


「麦の保存方法を変えた頃です。倉庫を乾かすようになってから」


麦にとってよい乾燥が、薬草には強すぎるのかもしれない。


ミナへ、葉の欠片と保存記録を送った。


翌朝、彼女から短い返事が来た。


『触らず、その棚だけ乾燥魔道具を止めてください。私が見ます』

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