第六話 『妹に寄り添うと約束して』
「大丈夫。兄ちゃんも、ちゃんとそばにいるから」
「……私と一緒にいてくれるの?」
「ああ。前に言ってただろ? 俺を秘書にしてくれるって。今日からお前は議員なんだろ? だったら、俺はお前の秘書になるよ」
妹のこんな無茶苦茶な挑戦に付き合う以上、俺にもそれ相応の肩書きくらいは必要だった。
秘書という立場なら、もっと近くで彼女の政務を支えることができる。それだけじゃない。常にそばにいることで、彼女を守り、よからぬことを企む人間から遠ざけることもできる。
あんな幼い彼女を利用して、権力の道具にしようと企む大人たちが現れるのは目に見えている。そんな奴らから彼女を守れるのは……俺しかいない。
「ということは、私は兄ちゃんの上司になるんだよね? じゃあさ、これからこの家での私の立場って、兄ちゃんより上になるの?」
妹は呆けたような顔で、そんな疑問を口にした。
「それとこれとは別の話だろ。家では当然、俺のほうが兄なんだから。たとえ議員になったとしても、お前は俺の妹だ」
ただ、このことだけは譲れない。もし幼い頃から「重要な役職に就けば、周りの人間より自分のほうが偉い」なんて考えを持たせてしまったら、あいつはいつか醜い大人になってしまう。
そして、そんな人間が高い地位に就けば、間違いなくこの社会そのものを泥沼へと引きずり込むことになる。
だからこそ、俺にできることは、彼女のそばにいて正しい価値観を教え、そして常に見守り続けることだ。
どう考えても面倒な役目だ……。おかげで、これから俺がゲームをする時間も大幅に減ることになるだろう。
「じゃあ……これからどうすればいいの?」
「まず最初にやるべきことは、学校に数ヶ月ほど休学の許可をもらうことだと思う。世間の注目や批判が最も強い今の時期を避けて、外でしつこく追い回してくる記者たちから一時的に距離を置く。その間に自分たちのペースを整えて、これからの方針を決めるんだ」
学校をしばらく休むこと自体は、俺にとって大した問題ではなかった。もともと学校では目立たない存在だったし、親しい友人もそれほど多くない。それに成績も中の上くらいは維持していて、自分で勉強を進める程度の力もある。
「……うん、分かった。兄ちゃんの言う通りにする」
不満そうな様子ではあったが、玲も今の状況を理解していた。二つの生活を同時に両立することが不可能なのは分かっている。俺たちに残された選択肢が多くないことも理解した上で、彼女は渋々ながら俺との妥協案を受け入れてくれた。
「そういえば、確かお前は今の与党から推薦されて立候補したんだったよな?」
俺がこの質問をした理由は、先ほど口にした「今後の方針を練る」という話につながる。
一見すると曖昧な言葉に聞こえるかもしれない。だが、何かを始める前には、まず現状を正確に把握する必要がある。
味方は誰なのか。敵は誰なのか。そして、俺たちはこれからどう動くべきなのか。
そう考えた時、真っ先に頭に浮かんだのは……玲を議員として送り出した、あの与党だった。
「うん。今日の配信の時も、あの党の人たちが来て、私を連れて行ってくれたんだ」
「詳しく話してくれるか?」
「えっと……思い出してみるね……たぶん、こんな感じだったと思う……」
玲はしばらく記憶を探るように考え込んだ後、ゆっくりと俺に話し始めた。
玲の話を聞き終えた俺は、頭の中で情報を整理する。要するに、状況はこういうことだった。
ある日、玲はネットを見ている時に、ある広告を見つけたんだ。
そこには「政治活動に興味のある高校生以下の女子生徒を募集しています」と書かれていた。
その特別な経験が進学の際に有利になると思った玲は、応募フォームに基本情報や連絡先、住所、本人確認に必要な情報などを記入し、自分の写真を添付して送信した。
数日後、玲の携帯に一通のメッセージが届いた。
『玲華様。厳正なる審査の結果、我が党の国会議員候補者として選出されましたことをお知らせいたします。なお、今回の社会実験的な立候補活動において当選された場合は、改めてこちらからご連絡いたします。』
選挙期間中の動きなど、玲自身はほとんど気にも留めていなかった。ところが開票日を迎えると……結果はまさかの圧勝。圧倒的な票差で対立候補を破り、議員の座を手に入れてしまったのだ。
そして、その結果を知った直後の玲が何をしたかというと……休日の朝、俺の上に乗って飛び跳ねながら起こしてきたのだった。
「……個人情報や写真を、よく分からない怪しいサイトに送るなよ」
「だって、『これは怪しいサイトじゃありません。安心してください』って書いてあったんだよ? だから大丈夫だと思ったの。」
「いや、それをわざわざ書く時点で怪しいって気付くべきだし、俺からすればそんなことを書く時点で逆に怪しさを増してるんだけどな。」




