第五十二話 『妹の目から見れば(下)』
「一応聞いておきたいんですけど、お兄ちゃんのどこが好きなんですか? あの人、そんなに女の子にモテるタイプでもないですよね。瑤曦さんも、顔だけで人を好きになるタイプには見えないし」
「私も……よく分からないんです。ずっと一緒にいるうちに、なのか。顔なのか、話しているときの感じなのか、それとも他の何かなのか……」
瑤曦さんは私の質問を受けて、しばらく真剣に考え込んだ。
そして頬を赤らめながらも、まっすぐに答えた。
「気がついたら、もうすごく好きになっていました。私にとって『好き』って、たぶんそういう……うまく理由を説明できない気持ちなんだと思います」
その言葉から、彼女のまっすぐで純粋な想いは十分すぎるほど伝わってきた。
少なくとも、見た目に惹かれただけで近づいてきたとか、軽い気持ちでお兄ちゃんと付き合ってみたいとか、そういう人では絶対にない。
それだけは、私にも分かった。
「うんうん……認めました。これからは私のこと、玲って呼んでいいですよ」
胸の奥にはまだ少しだけモヤモヤしたものが残っている。
それでも、瑤曦さんが本当に素敵な女の子だということは分かった。
どうしてもお義姉ちゃんができるというのなら、この人なら悪くないかもしれない。
「本当? じゃあ、玲ちゃんも私のこと、曦ちゃんって呼んでいいよ。それって、玲ちゃんは私の恋を応援してくれるってこと?」
「……一応、邪魔はしません。でも、先に言っておきますけど――」
私は少しだけ間を置いた。
「お兄ちゃんのことを好きなのは、瑤曦さんだけじゃないかもしれませんよ?」
直接聞いたことはない。
でも、妹の勘がそう言っている。
林主任――葛欣姉さんも、たぶんお兄ちゃんのことが好きだ。
「……他にもいるの? 私が知る限り、亞洛って他に親しい女の子はいないと思うけど。まさか……玲ちゃん?」
「ち、違うよ! なんでそうなるの!? 私たち兄妹だよ!?」
そう言われた瞬間、心臓がどくんと大きく跳ねた。
頬も、火がついたみたいに一気に熱くなる。
私、もしかして……自分で思っているより、お兄ちゃんのことが好きなのかな?
いやいや、そんなわけない。
絶対、曦ちゃんがいきなり変なことを言い出したから、びっくりしただけだ。
そう。
絶対そう。
間違いない。
「……そうなんだ。じゃあ、誰なんだろう?」
ここで「葛欣姉さんかも」なんて断言するのも、なんだか違う気がする。
そもそも、私だって本人に確かめたわけじゃない。
こういうことは、あとは成り行きに任せればいいか。
「なんとなくだけど、お兄ちゃんって意外と女の人から好意を持たれることがあるみたいだから」
「妹の勘?」
「妹の勘だよ」
その後は曦ちゃんとしばらく雑談をして、面接は無事に終了した。
話してみた感じ、人柄にも問題なし。
仕事に対する姿勢も真面目。
私の中では、ほぼ合格だった。
曦ちゃんを見送ってから、しばらくして――。
「玲、話は終わっ――」
ゴンッ!
「痛っ!?」
戻ってきたお兄ちゃんの肩に、私は無言で拳を叩き込んだ。
とりあえず一発。
理由は自分でもよく分からない。
「この浮気者! 他の女の子なんか好きになっちゃダメ!」
「……うおっ。いきなり脈絡もなく何言ってんだ、お前。それに、お前は俺の彼女じゃないんだから、そういう台詞やめろって」
お兄ちゃんは殴られた肩をさすりながら、呆れたようにツッコんできた。
「そうだよ! 彼女じゃなくて妹だよ! バカ!」
今度は反対側の肩に、ぽかぽかと拳を連打する。
もうっ、腹立つ!
彼女なんか作るな!
このバカ! 大バカ!
「何なんだよ、さっきから……」
「知らない!」
お兄ちゃんなんて知らない!
私はくるっと背を向けると、部屋の隅に置かれている大きなビーズソファまでずんずん歩いていく。
そして――。
「とうっ!」
ぼふん!
そのまま勢いよくビーズソファに飛び込んだ。
ビーズソファが私の身体を受け止めて、ぐにゃっと大きく沈む。
私はそこに埋もれるように身体を預けると、膝を抱えて頬をぷくっと膨らませた。
「…………」
むかつく。
なんでこんなにむかつくのかは、自分でもよく分からない。
でも、とにかく今はお兄ちゃんの顔を見たくない。
……ほんのちょっとだけ。
私は頬を膨らませたまま、ビーズソファの中へずぶずぶと身体を沈めていった。
柔らかな感触に包まれていると、さっきまで胸の奥でぐるぐるしていたモヤモヤも、ほんの少しだけ薄れていく。
……それでも、今はまだお兄ちゃんの顔を見たくない。
ぼふっ。
すぐ隣から、何かが沈み込む音がした。
「…………」
顔は動かさず、視線だけをそちらへ向ける。
お兄ちゃんが、隣に置かれていたもう一つのビーズソファにごろんと寝転がっていた。
私と同じように身体を深く沈めながら、ぼんやりと天井を眺めている。
「……何しに来たの」
「別に。俺も座りたくなっただけ」
「……真似しないで」
「してねえよ」
「ふん」
また顔を背ける。
しばらく、どちらも何も言わなかった。
それでもお兄ちゃんはどこかへ行くこともなく、ただ隣でぼーっとしている。
やがて、しばらくしてから。
「……で」
お兄ちゃんが天井を見たまま、ぽつりと口を開いた。
「何かあったのか?」
「…………」
「さっきから変だぞ、お前」
「……別に」
「別にって顔じゃないだろ」
私は答えず、ビーズソファの中でもう少しだけ身体を丸めた。
お兄ちゃんも、それ以上は聞いてこなかった。
ただ、そこにいる。
私が話す気になるまで待つつもりなのか、それとも本当に何も考えていないのか。
この人の場合、たぶん後者な気もする。
…………。
でも。
こういうところなのかな。
ふと、そんなことを思った。




