第四十九話 『人事任命では利益相反を避けるべきだ(下)』
「なるほど……そういうことだったのか。でも、瑤曦がこんな無茶をするなんて珍しいな」
俺は、彼女がおずおずとこちらへ差し出してきた本物の履歴書を受け取った。
それにしても意外だ。
あんなに大人しくて真面目な瑤曦が、正体を隠すために変装し、偽の履歴書まで用意して面接に潜り込んでくるなんて。
そこまでしてこの仕事に就きたいということは、よほど政治や政務に興味があるのだろう。
ひょっとすると、彼女の胸の内には、俺が今まで気づかなかったほど強い政治への情熱と覚悟が秘められているのかもしれない。
「瑤曦って、そんなに政治に興味があったのか?」
「ううん……一番の理由は、あなた」
「俺?」
「最近、すごく頑張ってるでしょ? でも大変そうだし、忙しそうだし……。だから私も、何かあなたの力になれたらって思ったの。できるなら、近くで支えたいなって」
瑤曦は恥ずかしそうにそう言うと、頬を赤らめながら俺に微笑んだ。
「そうだったのか。ありがとう。友達にそこまで心配してもらえるなんて、ありがたいな」
「……う、うん。友達……だね」
なぜか瑤曦の笑顔が一瞬だけ引きつった。
そのとき、隣からじっとりとした視線を感じた。
玲だ。
玲は瑤曦を見て、それから俺を見る。
もう一度瑤曦を見る。
そして再び俺を見る。
「……お兄ちゃん」
「なんだ?」
「ううん。なんでもない」
そう答えながら、玲は深々とため息をついた。
なんなんだ、一体。
「まあ、事情は分かった。それじゃあ、一応ここからはちゃんと面接を続けようか」
「うん。お願いします」
瑤曦はそう答えると、改めて姿勢を正した。
「でも……一つだけお願いしてもいい?」
「なんだ?」
「私があなたの知り合いだからって、それだけで特別扱いはしないでほしいの」
「特別扱い?」
「うん。私、あなたの力になりたくてここに来たけど……だからって、知り合いだから採用してもらいたいわけじゃないから。ちゃんと他の人と同じように私自身を見て、それでも必要だと思ったら選んでほしい」
なるほど。
やっぱり瑤曦は真面目だ。
自分からそんなことを言えるあたり、誠実さもある。
……プラス一点。
「お兄ちゃん」
「なんだ?」
「今、評価上げたでしょ?」
「……なんで分かった?」
「顔に書いてある」
玲は呆れたようにため息をついた。
いや、でも今の発言は普通に評価すべきところだろう。
俺はそう思いながら、瑤曦から受け取った本物の履歴書に目を落とした。
学歴――まだ高校生なのだから、特筆するほどのものではないが、まあ問題ないだろう。
経歴――同上。
受け答え――真面目。
責任感――ある。
人柄――俺がよく知っている。優しいし、気遣いもできる。
それに美人。
……いや、最後のは仕事には関係ない。
ともかく。
こうして改めて考えてみると、かなり優秀な人材なんじゃないか?
というか――。
「……採用でいいんじゃないか?」
「早いよ!」
玲のツッコミが飛んできた。
「まだまともに面接始めてないじゃん!」
「でも瑤曦だぞ? 性格なら俺も知ってるし、能力だって――」
「それ! それがもうダメなんだって!」
「何がだよ?」
「『知り合いだから性格は保証できる』って、最初から評価に私情入りまくってるじゃん!」
「…………」
言われてみれば。
俺はもう一度瑤曦を見る。
瑤曦は少し困ったように微笑んでいた。
履歴書を見る。
また瑤曦を見る。
……採用したい。
かなり採用したい。
「お兄ちゃん」
「……はい」
「面接官、交代」
「……はい」
玲は俺の手から履歴書をひょいと取り上げた。
どうやら俺は、面接官の座から一時的に追放されたらしい。
「それじゃあ、ここからは私が質問するね。瑤曦さん……でいいのかな?」
「う、うん。よろしくお願いします、玲華議員」
さっきまで俺と話していたときとは打って変わって、瑤曦は少し緊張した様子で背筋を伸ばした。
玲も玲で、俺から奪い取った履歴書を机の上に置き、これまでの応募者たちと同じように質問を始める。
仕事をするうえで得意なこと。
人と接するときに心がけていること。
急な予定変更や予想外の問題が起きたとき、どう対処するか。
瑤曦は最初こそ少し言葉に詰まることもあったが、一つ一つの質問にきちんと考えて答えていった。
派手さはない。
だが、真面目で丁寧だ。
分からないことを無理に分かったふりもしないし、自分にできないことについても正直に認めたうえで、覚える努力をすると答えている。
……うん。
やっぱり採用でいいんじゃないか?
「お兄ちゃん」
「何も言ってないぞ」
「顔に書いてある」
なんでこいつはさっきから俺の思考を読めるんだ。
とはいえ、玲も瑤曦の受け答え自体には悪い印象を持っていないらしい。
何度か頷きながら履歴書に何かを書き込み、次の質問へ移った。
「じゃあ……この仕事をするうえで、一番やりたいことは?」
「一番やりたいこと……」
「うん。採用されたら、どんなふうに私たちの役に立ちたい?」
瑤曦は少し考え込んだあと――ちらりと俺を見た。
「……支えたいです」
「俺を? 玲じゃなくて、俺のことを?」
「えっ……」
瑤曦の視線は、まだ俺に向けられたままだ。
玲もそれに気づいたらしい。
ゆっくりと俺を見る。
それから瑤曦を見る。
もう一度俺を見る。
そして、再び瑤曦を見る。
「……なるほど」
玲は一人で何かに納得したように、うんうんと頷いた。
いや、何がなるほどなんだよ。
「もちろん、玲華議員のお仕事もちゃんと支えたいです。でも……その……彼もずっと玲華議員を支えていて、大変そうだから。私ができることを少しでも引き受けられたら、彼の負担も減らせるかなって……」
瑤曦はそう言いながら、だんだん声を小さくしていった。
なるほど、相変わらず友達思いのいい子だな。
「じぃー…………」
玲が何やら言いたげな目で、俺の顔をじっと見つめてくる。
「なんだよ」
「……別に」
「言いたいことがあるなら言えよ」
「お兄ちゃんって、ほんっとこういうことには鈍いよね」
「急になんの話だ?」
「なんでもない」
意味が分からない。
玲は小さくため息をつくと、再び瑤曦へ向き直った。
「じゃあ、次の質問ね」
玲はそう言って、再び瑤曦へと視線を向けた。
「瑤曦さんとお兄ちゃんって、どれくらい仲がいいの?」
今度の質問は、仕事の能力でも志望動機でもない。
俺と瑤曦の交友関係についてだった。
「……待て。それは仕事と何の関係がある?」
「あるよ?」
玲はさも当然のように答える。
「採用されたら一緒に働くことになるんだから、既存のメンバーとの人間関係を確認するのも大事でしょ?」
「……なるほど」
確かに一理ある。
「それで、二人きりで遊びに行ったことは?」
「やっぱり関係ないだろ!」
……いや、こいつ絶対ただの興味本位で聞いてるだろ。




