第四十八話 『人事任命では利益相反を避けるべきだ(上)』
それからというもの、面接は嘘のように順調に進んでいった。
次の人は普通。
その次も普通。
さらに次も――普通。
ちゃんと会話が成立する。志望動機を聞いても玲への歪んだ愛を叫び出さない。水着という単語も出てこないし、突然ハスハスし始めることもない。
……なんだ。
ちゃんと普通の人もいるじゃないか。
しかも、応募者の多くは経験こそまだ浅いものの、受け答えもしっかりしていて、仕事に対する意欲も十分に感じられた。少し経験を積ませれば、十分に戦力になってくれそうな人材ばかりだ。
どうやら、さっきの一件で危険人物はほとんどふるい落とせたらしい。
俺は心の中でそっと胸を撫で下ろす。
ほら見ろ。やっぱり普通の人間が多数派なんだ。
正規分布は間違っていなかった。
「驚くくらい順調だね。みんな真面目に働こうとしてる感じだし、私のファンだっていう人も、ちゃんと節度をわきまえてる範囲だし」
「ああ。戦力になってくれそうな人も結構いたな。俺の中では、もう何人か候補も絞れてる。二次面接は……もう一度面談するくらいでいいだろう。そこで特に問題がなければ、正式に採用ということで」
そんな調子で面接は驚くほど順調に進み、とうとう最後の一人を残すだけとなった。
そう。あと一人。
この一人さえ終われば、今日の面接はすべて終了だ。
二次面接については、今度は玲と応募者だけでもう一度話をしてもらおうと思っている。
これから自分たちの上司となる玲と、一対一でじっくり話せる機会を設けるわけだ。
何しろ、採用された彼らが今後直接仕えることになる相手は、俺ではなく玲なのだ。
ならば、最終的な相性くらいは玲自身に判断してもらったほうがいい。
そこで玲が違和感を覚えたり、一緒に働くのは難しいと感じたりした人がいれば、その時点で候補から外す。
つまり、俺の目を通した後は、実際に上司としての玲自身の目でも確かめてもらう。
それで問題がなければ、晴れて正式採用だ。
「こ、こんにちは……」
控えめなノックの音とともに、そっと扉を開けて入ってきたのが、今日最後の面接者だった。
声からして、どうやら女性らしい。
その声はなかなか綺麗なのだが、話し方にはあまり自信が感じられない。
体のラインに沿ったロングコートを身にまとい、帽子にマスクまで着けている。わずかに見える手足や全体のシルエットから察するに、かなり細身の女性で、身長もそれほど高くはなさそうだ。
それにしても、この格好――
まるで意図的に素顔を見られまいとしているかのように、全身をすっぽりと覆い隠していた。
「あの……どうぞ、座ってください」
「……はい」
彼女は小さく返事をすると、言われたとおり素直に椅子へ腰を下ろした。
握りしめた両手を膝の上に置き、背筋を伸ばす。
柔らかな声。
どこかぎこちない仕草。
かなり緊張しているようだが、それでも少しでも自分をよく見せようと、懸命に振る舞っているのが伝わってきた。
少なくとも、この面接に真剣なのは間違いない。
だからこそ、俺は一つだけ気になっていたことを尋ねる。
「あの、一応俺たちも、あなたの顔を確認しておく必要があります。もしよければ……帽子とマスクを外してもらえませんか?」
「……」
俺の言葉を聞いた彼女の体が、ほんのわずかに固まった。
とはいえ、こちらとしても譲るわけにはいかない。
どんな事情があるにせよ、顔すら分からない人物をそのまま採用するなんてことはできないのだから。
「……わ、分かりました。それじゃあ、外しますね」
彼女も納得したように頷くと、素直に帽子やマスクといった、顔や素性を隠していたものを外していった。
そこから現れたのは、とても綺麗な顔だった。
彼女は目を細めて俺に微笑みかけると、小さく手を振って挨拶してくる。
……この子完璧だ。
結婚してください。
――じゃなくて。
なんで俺に手を振ってるんだ?
いや、そもそも――なんで彼女なんだ?
なんでここにいる?
「瑤、瑤曦!? なんでここにいるんだ!?」
俺は驚きのあまり、彼女を見つめながら声を上げた。
まさか今日最後の面接者が、俺の知り合いだったなんて夢にも思わなかった。
「お兄ちゃん? この人、知り合いなの?」
玲が俺たち二人を見比べながら、不思議そうに首を傾げる。
「っていうか……お兄ちゃんに女の子の友達なんていたの?」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ?」
「……異性絶縁体?」
「帰ったら覚えてろよ。……それより瑤曦、どうしてここに? 本当にこの仕事に応募するつもりなのか?」
俺は隣の妹に呆れた視線を向けてから、再び瑤曦のほうへ顔を戻す。
そして、そのまま話を本題へと戻した。
「……うん。友達として、私もあなたの力になりたいなって思って……それで、ここを受けてみようかなって。でも、すぐに私だってバレるのも嫌だったから、事前に偽の履歴書を送っておいたの。本物はこっち。はい」
そう言って、瑤曦は本物の履歴書を俺に差し出してきた。
……ああ、そういえばそうだ。
今俺が手にしている履歴書の内容は、目の前にいる瑤曦本人とはまるで一致していない。
設定上は海外帰りの家庭で育った娘ということになっていて、当然ながら名前も偽名だ。
英語で書かれたその名前は――『Summer Yoshi』。
まあ、確かに訳しようによっては「夏瑤曦」になる……のか?
それにしても、『Yoshi』か。
なんだろう。
任○堂のゲームに出てくる、キノコを食べて大きくなる赤い帽子の配管工、その相棒である緑色の乗り物……じゃなかった、生き物を思い出す名前だな。




