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第四十七話 『知ってた。まともな人間なんてほとんどいない(下)』

「はい! まず最初にお伝えしたいのですが、私は玲華議員の大ファンです!」

「……はい」


 嫌な予感がした。


「特に、あの水着写真を見たときの衝撃は忘れられません! あの可愛らしいお姿を毎日拝めるのなら、給料なんていりません!」


「いや、給料はちゃんと受け取ってください」


「もちろん仕事もします! 玲華議員のお側で働けるのなら、どんな仕事でも喜んで――」


「……お兄ちゃん」


 隣から玲の小さな声が聞こえてくる。


「……やっぱり、最初に志望動機を聞くようにして正解だったね」

「……ああ」


 俺も小声で返す。

 開始数十秒。俺たちの新しい面接方式は、早くもその効果を発揮していた。


 俺と玲は顔を見合わせる。

 そして、何も言わずに同時に頷いた。

 結論は一つだった。


「君、アウト」

「バイバイ」


 そして、次の面接者が入ってきた。


「失礼いたします。本日はよろしくお願いいたします」


 姿勢よく一礼し、静かに椅子へ腰掛ける。

 その一連の動作を見て、俺は思った。

 ……普通だ。服装も問題ない。

 言葉遣いも丁寧。表情も穏やか。

 これまでの面接者たちとは明らかに違う。

 もしかして――。

 ついに、まともな人間が来たのか?

 俺はそんな淡い期待を抱きながら、最初の質問を口にした。


「では、志望動機からお聞かせください」

「玲華議員が大好きだからです!」

「……そうですか」

「自宅には玲華議員の水着写真を飾った専用の祭壇があります!」

「……」

「毎朝そこでお祈りをして、夜は自作した玲華議員の等身大抱き枕を抱いて眠っています!」

「…………」

「そして休日には――」

「そこから先は結構です」


 俺は営業用の笑顔を保ったまま、静かに手を上げた。

 ――まともな人間は、今日も来なかった。

 ひと通りの面接を終えたところで、俺は彼を帰らせた。


「なんとなくだけど……次もこんな感じになる気がするんだよね」

「やめろ、縁起でもない……頼むから、そうならないでくれ……」


 前の面接者が帰っていくと、玲は出入口の扉をじっと見つめたまま、俺にそんな予感を語った。

 俺としては、どうかその予感が外れてくれることを願うばかりだった。


 だって、いくらなんでもおかしな人間が応募者の大半を占めるなんて、そんなことがあるわけないだろ。

 普通の人が「普通」なのは、正規分布の中で大多数を占めているからこそ普通なのだ。


 ……少なくとも、俺はそういうことにしておいた。


 こうして――。


「はい、どうぞ。座ってください。まずは志望動機から」

「玲華議員と付き合いたいです!」

「不純な動機ですね。お帰りください」


 次。


「座ってください。志望動機をどうぞ」

「ニュースを見ました。あの水着姿を見て、心を奪われました。給料なんていりません! なんなら、僕がお金を払います! だからここで働かせてください! 毎日、玲華議員を見ていたいんです!」

「キモい。帰ってください」


 さらに次。


「座れ。動機」

「水着!! ハス、ハス、ハス!! 議員様! ペロペロペロペロ!!」

「それもう人間の言語じゃないだろ! お前が何だろうと関係ない! 何の生物でもいいから、とっとと出ていけ!」


 俺は一人、また一人と怪しい連中を追い返していった。

 ……ここは地獄か?


 そう思いながら隣を見ると、玲は額を押さえていた。

 苦笑しているのか、それとも怒り笑いなのか。

 なんとも言えない顔で、玲は小さく呟いた。


「はは……私のファンって……もしかして、全員変態なの?」


 いつもは妙に元気な玲が、あんなふうに目を虚ろにして、見るからに精神的に疲れ切っている姿を見るのは、かなり珍しいことだった。


「……ほら、あれだ。『サイレント・マジョリティー』っていう言葉があるだろ? 自分から積極的に声を上げたり、自分の意見を主張したりする人間なんて、もともと少数なんだ。だから、こういうファンもきっとそんなに多くない。大半の人は、黙って応援しながら、ひっそりと玲のことを好きでいてくれてるんじゃないか」


 玲のあまりにも疲れ切った様子を見て、俺は適当に思いついたことを並べながら、なんとか彼女を慰めようとした。


「本当に?」

「本当本当。それより、この状況を何とかするためのいい方法を思いついた」


 そう言い残して、俺は椅子から立ち上がった。


「え? お兄ちゃん、どこ行くの?」

「ちょっと、確認したいことがあってな」


 俺はそう答えると、面接者たちが集まって順番を待っている大きな会議室へ向かった。

 壇上に立ち、困惑したような視線を一身に浴びながら、部屋の隅々まで届くような声で告げた。


「皆さん! 今日ここに来た理由が、玲華議員に対する邪な目的だという方は、今すぐお帰りください!」

「……」


 予想どおり、誰からも返事はない。

 ……まあ、そうだろうな。

 だが、俺にはまだ切り札がある。


「それと、もしこのあと俺が『こいつはちょっと気持ち悪すぎるな』と思った人を見つけた場合、その時点で不審者として警察に通報します。もちろん、情状酌量は一切なしです」

「……」


 それでも、誰も口を開かなかった。

 その代わり――。

 ギィッ、ギィッ、と椅子が床を擦る音。

 そして、パタパタと移動していく足音。

 気づけば、会議室にいた人の三割ほどが席を立っていた。

 ……やはり、法律こそが最強の武器だった。


「では、残った皆さんは予定どおり、順番に面接を続けます。次の方は五分後に入ってきてください」


 俺は残ったの応募者たちにそう告げると、何事もなかったかのように玲のもとへ戻った。

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