第四十六話 『知ってた。まともな人間なんてほとんどいない(中)』
彼女が去ったあと、事務所には俺と玲だけが残された。
俺たちは何とも言えない表情のまま、しばらく無言で顔を見合わせていた。
先に口を開いたのは俺だった。
「えっと……どう思う?」
「どう思うって何!?」
待ってましたと言わんばかりに、玲が勢いよく食いついてきた。
「なんでこの仕事を本気でやりたい人がいないの!? なんで面接に来る人、全員私の熱狂的なファンなの!?」
「いい質問だな」
「だから、そこは感心するとこじゃないでしょ!?」
玲は机をばんっと叩いた。
「これからどうするの!? こんな動機が不純な人たちを採用して、本当に大丈夫なの!?」
「それもまた、いい質問だな」
「質問ばっかり褒めないでよ! 答えを出してよぉぉぉ!」
「……うん。俺も知りたいな」
すっかりツッコミモードに入っている玲とは違い、俺は頬杖をつきながら、頭の中で状況を整理していた。
そもそも、政治に関わる仕事に応募しようと思う人間なんて、俺たちの所属する政党の支持者か、あるいは政治家個人の魅力に惹かれてやって来る人がほとんどなのだろう。
玲の個人的な魅力が特別に強いせいなのか、それとも別の要因があるのかは分からない。
ただ、少なくともここまでの面接では、俺が最初に挙げた「所属政党の支持者」というタイプには、まだ一人も出会っていない。
本来なら、こうした政治関係の仕事に応募してくる人間の中では、むしろそのタイプが中心になるはずなのだが。
とはいえ、ファンだからというだけで、採用を全面的に否定するわけではない。
「まあ、ファンでも仕事ができる人なら問題ないだろ。実際、これまでにも能力の高い人はいたし」
「うん。それはそうなんだけどさ……」
玲は腕を組んで、少し考える。
「もし将来、チームで会議をして、私が前に立って真面目に報告してるとするじゃん?」
「ああ」
「そのとき、会議室にいる全員が、さっきの人みたいな熱い目で私を見ながら、順番にウインクしてきたら……」
……玲はそこで一度言葉を切る。
「私、会議どころじゃないと思う」
「それは確かに嫌だな」
玲は困った顔でこめかみを揉みながら、俺にそんな会議の光景を語っていた。
俺もつられて、その光景を頭の中に思い浮かべてみる。
……いや、待て。
これ、妙にリアルじゃないか?
むしろ、数週間後には本当にこうなっていても、俺は驚かない気がする。
「だったら、ある程度の採用基準を作って、熱狂的すぎるファンは弾くようにしたらどうだ?」
「うん、それがいいと思う」
「……とはいえ、どこまでを『熱狂的すぎる』と判断するんだ?」
「そうだなぁ……色欲に支配されてるような人とか? ほら、私の超セクシーな水着写真を見て応募してきた人なんかは、絶対ダメでしょ?」
いや、超セクシーには程遠いだろ。
この子、ちょっと自己評価が高すぎないか?
「いや、そもそもお前の写真のどこがセクシーなんだよ。可愛いなら分かるけど、あの平坦な体つきで」
「お兄ちゃん、妹の体型をそこまで辛辣に評価する必要ある!?」
「あるだろ。兄として事実を指摘しているだけだ」
「そういう問題じゃないよ!」
「まあ、もし本当にそんなロリコンが来たら、面接どころじゃない。即刻追い出す。……いや、警察を呼ぼう」
「だから、きっといるってば。ニュースにも大きく載ったんだから」
玲は困ったように肩をすくめる。
……まあ、否定はできない。
世の中には、アイドルや有名人に異常な執着を見せる人間だっている。
なら、俺たちのところに現れないとも限らない。
「よし。これからは、学歴や職歴より先に志望動機を聞くことにしよう」
「うん、そのほうがいいと思う! それなら変なところも早めに分かりそうだし」
なにしろ、ここまでの面接では、志望動機を聞いた瞬間に、その人の人間性に何かしらの問題が発覚するというパターンが続いている。
だったら、最初に地雷を確認しておけばいい。
俺たちはそう結論づけ、面接の順番を変更することにした。
コンコン、と扉がノックされた。
「どうぞ」
俺がそう声をかけると、次の面接者が入ってきた。
「失礼します。今日はよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ。では、まず志望動機からお聞きしますね」
さっそく新しく決めた順番で質問する。
すると、彼は一瞬だけ玲のほうを見て、どこか嬉しそうに頬を緩めた。
「実は……玲華議員の水着写真を拝見しまして」
「……」
俺と玲の動きが、同時に止まった。
――来た。
よりにもよって、さっき話していたタイプが、本当に一人目から来てしまった。
「……やっぱり、警察呼ぼう」
俺は机の下に置いてある鞄へ手を伸ばし、スマホを取り出そうとする。
しかし、その瞬間。
玲の手が俺の手首をがっちりと掴んだ。
「……待って」
玲は口元を手で隠しながら、俺の耳元に顔を寄せる。
「……とりあえず、話だけ聞こうよ。ここで警察を呼んだら、またニュースになっちゃうから」
「いや、でもこいつは――」
「ニュースになるのは嫌なの!」
小声なのに、その主張だけは妙に力強かった。
玲にそう言われ、俺は眉間を揉みながら大きく深呼吸する。
……落ち着け。
ここは面接会場だ。目の前にいるのは、まだただの応募者。
そう自分に言い聞かせながら、俺は営業用の笑顔を作った。
「ふぅ……分かった。じゃあ、とりあえず君のことを聞かせてもらおうか」
こうして俺は、通報を一旦保留にして面接を再開した。




