第四十五話 『知ってた。まともな人間なんてほとんどいない(上)』
話し方や立ち居振る舞いからして、かなり信頼できそうな人物に見えた。
受け答えも落ち着いていて、かといって必要以上に自分を大きく見せようとする様子もない。多少の緊張は感じられるものの、終始礼儀正しく、少なくとも一緒に仕事をするうえで厄介そうな人には見えなかった。
学歴についても、超一流の名門校出身というわけではないが、偏差値で見れば十分に高い学校を卒業している。
職歴を見ると、卒業後はずっと金融業界で働いてきたらしい。現在も比較的安定した仕事に就いているようだ。
そんな彼女が、なぜわざわざ議員事務所の仕事に応募してきたのか。
政治そのものに関心があるのか。それとも、人の役に立つ仕事に魅力を感じているのか。
いずれにしても、その志望動機については詳しく聞いてみる必要がありそうだ。
隣を見ると、玲が何度も小さく頷いていた。
その様子を見る限り、どうやら彼女も、この人のことをかなり気に入っているらしい。
「現在のお仕事も順調で、かなり安定しているように見えますが、それでもこちらに応募された理由をお聞かせいただけますか? 何か特別な抱負や、きっかけがあったのでしょうか?」
彼女の自己紹介が一区切りついたところで、俺は核心とも言える質問を投げかけた。
「えっと……それは……」
彼女はスカートの裾を指先でつまみ、落ち着かない様子で俯いた。
先ほどまでの流暢な受け答えとは明らかに違う。
急に歯切れが悪くなったところを見ると、どうやら何か事情があるらしい。
……まさか、ここに来た理由そのものに何か問題があるのか?
「大丈夫ですよ。ここでは何を話しても構いません。人に笑われてしまいそうな夢でも、誰にも言えなかったような動機でも、安心して話してください。私たちは決して笑いませんから」
玲はそう言って、彼女に明るく微笑みかけた。
その表情には、面接官というよりも、誰かの背中を押してあげようとする優しさがあった。
「うぅ……でも……やっぱり、その動機は……ちょっと言いづらくて……」
彼女はそう呟きながら、さらに強くスカートの裾を握りしめた。
……ここまで言いにくそうにする理由って、一体何なんだ?
「話してみてください。あなたのように優秀な人が、どうして今の仕事を辞めてまでこちらに来ようと思ったのか。俺たちも気になりますし、何を聞いても笑ったりしませんから」
「わ、分かりました……。そ、それじゃあ……正直に言います!」
俺たちの後押しを受け、彼女はついに覚悟を決めた。
勢いよく立ち上がると、大きな声で自分の思いと志望動機を叫ぶ。
「玲華議員、あなたが可愛すぎるんです!! 私はあなたのために働きたい!! どうか私を家畜のようにこき使ってください!!」
そして彼女は、熱に浮かされたような目で俺の妹を見つめていた。
もしこの場面がアニメ化されたなら、このときの彼女の目にはハートのエフェクトでも浮かんでいたんじゃないだろうか。
大げさな話ではない。本当に、それくらいの熱烈な恋慕が、その視線からありありと伝わってきた。
それと、「家畜のようにこき使ってください」というのは、さすがにちょっとどうかと思う。
もし性癖的な意味で言っているのだとしたら、正直少し気持ち悪い。
仕事の話として言っているのなら、別に家畜のように働かせるつもりはない。
俺たちはそこまでブラックな職場じゃないからな。
「ちょ、ちょっと! そんなふうに言わないでよ! 私まで変な人に見えてくるじゃん!」
玲は困ったように視線を泳がせながら、ちらりと目の前の女性を見た。
すると彼女は、そんな玲の仕草一つ一つにも感動しているのか、なぜかますます目を輝かせている。
ダメだ。
何をやっても喜ぶタイプだ、これ。
さっきのドMじみた発言も含めて、俺の直感が告げている。
……この人、めちゃくちゃ危険だ。
「と、とりあえず座ってください! まだ面接は終わってませんから!」
「はいっ!!」
「コホン……まあ、とりあえず面接を続けよう」
玲の言葉に、彼女は勢いよく返事をした。その声量に、玲の肩がびくっと跳ねる。
こうして、面接は彼女の異様なまでに高いテンションのまま、再び始まった。
玲は俺があらかじめ用意しておいた質問リストを手元に置き、その中からいくつか質問を選んで面接者に尋ねていく。
「では、以上で大丈夫です。本日はわざわざ面接に来ていただいて、ありがとうございました」
その後もしばらく質問と回答を繰り返したところで、玲は最後に彼女と握手を交わし、予定通り面接を終了した。
「ありがとうございました!」
彼女は深々と頭を下げ、満面の笑みで部屋を出ていく。
……と思った、その瞬間だった。
閉まりかけたドアの隙間から、彼女がひょいと顔を出す。
そして玲に向かって、パチンッとウインク。
さらに――。
チュッ。
大胆にも投げキッスまで寄越してきた。
先ほどまでの、緊張してスカートの裾を握りしめていた女性と同一人物とは思えない。
玲も目を丸くして固まっている。
……やっぱり、この人も大概だった。




