第四話 『バカな妹を家で叱る』
「(君の妹の配信、すごかったね)」
授業が始まってしばらくすると、隣の瑤曦が先生に気づかれないよう、こっそりと小さく折りたたんだ紙切れをこちらへ滑らせてきた。
そっと開いてみると、そこにはこう書かれていた。
俺はそれを読み終えると、短く返事を書き添えて瑤曦へ返した。
すると、しばらくしてまた彼女からメモが返ってくる。
そんなやり取りを、俺たちは互いに繰り返していた。
「(いやいや、どこがだよ。あれはもう災難以外の何ものでもない)」
「(案外人気が出るかもしれないよ。政治家って、変わってる人ほど人気が出たりするし)」
「(そういうものなのか?)」
「(そういうものだよ、大バカお兄さん)」
「(頼むから、これ以上俺をからかわないでくれ……)」
「(ごめんごめん。まあ、冗談でからかうのはこの辺にしておくね。それはそれとして、君の妹さんって本当に明るくて面白い子だよね)」
「(いやいや、そんなことないって。あいつが瑤曦の半分でも、君みたいに大人しくて可愛い子だったらよかったのにな)」
そこまで書いた瞬間だった。
なぜか瑤曦は机に突っ伏したまま、しばらく動かなくなった。
いつもならすぐに返ってくるはずの紙切れも、今度ばかりは戻ってこない。
……一体、どうしたんだ?
まあ、きっと疲れたのだろう。
無理もない。そう思いながら、俺は隣からこっそりと瑤曦の様子を確認する。
伏せた顔は、少しだけ赤く染まっているように見えた。
……たぶん、最近急に寒くなってきたからだろう。
俺はそう結論づけた。
寒くなってきたことに加えて、担任先生のいつもの眠くなるような授業だ。
疲れて眠くなってしまうのも、十分ありえる話だろう。
自分で考えた理屈に納得した俺は、そのまま瑤曦と同じように机に突っ伏し、深い眠りへと落ちていった。
ほんの少しだけ寝るつもりだったのだが。
目を覚ました頃には、授業も終わりに近づいていた。
これはさすがに反省しないとな。
これからはもう少し生活習慣を見直して、夜更かししてゲームをするのは控えたほうがよさそうだ。
「それでは、今日の授業はここまでにします」
放課のチャイムが鳴り、先生が授業終了の言葉を告げた瞬間。
俺は誰よりも早く鞄を持って教室を出た。
この後、きっと大勢の人間が俺のところへ押しかけてきて、あれこれ質問してくるに違いない。
記者だけではなく、ただ面白がって集まる野次馬もいるだろう。
もしうっかり取材のような状況になれば、面倒なことになるのは目に見えていた。
教室を出ようとした時、瑤曦が周囲に気づかれないよう、小さく手を振っているのが見えた。
視線が重なると、彼女は少しだけ笑ってくれる。
俺はそれに軽く頷き返し――
次の瞬間には、まるで何かから逃げるように教室を飛び出していた。
帰宅途中、俺は記者っぽい人影を見つけるたび、徹底的に避けながら進んだ。
人通りの多い大通りなんて論外だ。
少し遠回りになろうが、細い路地を見つければ迷わずそちらへ入り、ひたすら目立たない道を選んで帰った。
そして最終的に俺は、何か悪事でも働いたかのような気分で、家の裏口からこそこそと入り込む羽目になった。
……別に何かやましいことがあるわけじゃない。
それなのに、どうして俺は自分の家に帰るだけで、こんな犯罪者みたいな真似をしているんだろうか。
「ふん……ようやくお帰りか」
暗いままのリビングでソファに座り、わざと照明もつけず、声を低くしてラスボスのような雰囲気を演出している人物。
考えるまでもない。
間違いなく、うちのアホ妹だった。
「だから前から言ってただろ?私はもう、立派な議員様なんだよ」
まるで勝ち誇ったような口調で、妹はそう言い放った。
その腹立たしい口調のまま、玲は足を組み、顎を高く上げる。
そして、手に持ったミルク入りのワイングラスを一口飲むと、「すべて私の計画通り」とでも言いたげな、謎の自信に満ちた笑みを浮かべて俺を見つめた。
というか、なんでわざわざ牛乳をワイングラスに入れているんだ。
別に赤ワインじゃないだろ、それ。
「いやいや、待て待て。何をそんな得意げな顔してるんだよ!お前のせいでこっちは一日中どれだけ大変だったと思ってる!いいから、そこに土下座しろ!」
目の前の光景を見た瞬間、俺の中に残っていた兄としての情けは完全に吹き飛んだ。
そして俺は、妹に向かってこう言い放つ。
――今すぐそこに跪いて、反省しろ。
「ぎゃあああ! ちょ、ちょっと待って! ポニーテール引っ張るのは反則でしょ!痛い痛い痛い痛い!分かった! 私の負け! 降参! 降参だから!」
散々俺に説教された末、ようやく玲を大人しく座らせることに成功した。
今、俺と玲はフローリングに向かい合って座り、互いの顔を見ながら真剣に話をしていた。
さっきまでのふざけた空気は消え、珍しく兄妹二人で真面目な時間を過ごしている。
「うぅぅぅ……ひどいよ、こんな乱暴なことするなんて。今どき体罰とか、怒鳴って言うことを聞かせる教育なんて古いんだからね」
さっき玲のポニーテールを引っ張って痛がらせてしまったせいで、今、玲は俺の前で涙ぐみながら不満を訴えている。
うーん……これは、見ているとさすがに少し胸が痛む。
それに、玲の言い分もあながち間違ってはいない。
冷静になって考えてみれば、今回ばかりは俺のほうが少しやりすぎたのかもしれないな。
……反省しよう。
「はいはい、分かったって。悪かったよ、兄ちゃんがちょっとやりすぎた。その代わり、今度アイス買ってやるから、それで許してくれ。」
哀れそうに涙を浮かべたその瞳を見て、俺は降参するようにそう告げた。
「やったー!じゃあ、期間限定のハー○ンダッツ買って!あと、二つだからね!」
「……お前、もしかしてわざとやってないか?」
「ち、違うってば!」
あれだけ泣いていたくせに、あっという間に機嫌を直したかと思えば、今度は少しお高めのアイスを要求してくる始末。
その切り替えの早さと手慣れた流れには、さすがの俺も一瞬こう思ってしまった。
――こいつ、もしかして最初から俺を利用してアイスをせびるつもりだったんじゃないか?
とはいえ、玲はあの通りのアホだ。
そんな器用な計算をしていたとは、さすがに思えない。
たぶん、ただ性格が単純で、少しばかり馬鹿なだけなのだろう。




