第三話 『ライブ配信』
「えっと……もう始まってますか?」
聞き慣れた声と、見慣れたポニーテール。
そして、カメラに近づきすぎた玲の顔が画面いっぱいに映し出され、クラス中の視線を一身に集めていた。
教室のスクリーンいっぱいに映し出されているのは、紛れもなく俺の妹だった。
しかも今この瞬間、あいつは全国の視聴者に向けて生配信をしている。
……そんな姿をクラス全員と並んで眺める日が来るなんて、少し前までの俺なら想像すらしなかっただろう。
何とも言えない、複雑な気分だった。
玲はカメラの前で右へ左へと顔を動かしながら、機材が正常に動いているかを確認していた。
……だが、本人はまだ知らない。
その様子が、すでに全国へ向けて配信されているということを。
「え、えっと……李議員。その……もう配信の準備は完了しています。ちなみに、今の状態も含めて……すでに全国の視聴者へ向けて放送されています」
しばらくして、後方にいたスタッフが小さな声で教えてくれたことで、ようやく玲は自分の置かれている状況を理解した。
慌ててカメラから適度な距離まで下がると、何事もなかったかのように姿勢を正して座り直す。
……どうやら、自分が全国中に配信されていたことには、本当に気づいていなかったらしい。
「えっ!? 本当!?じゃ、じゃあ……さっきのあれ、全部見られてたの!?うわぁぁぁ……最悪……恥ずかしすぎるよぉ……」
自分が先ほどやらかしたことを理解した瞬間、玲は真っ赤になった顔を両手で隠し、必死になって首を左右に振った。
どう見ても、恥ずかしさでいっぱいになっている様子だ。
しかし――
全国へ配信中のカメラの前でそんな反応をすることが、むしろ視聴者の注目をさらに集めていることを、本人だけは全く分かっていなかった。
……やっぱり、どう考えてもこいつは議員向きじゃない。
何しろ、兄である俺を安心させるような妹になることすらできていないのだ。
そんな奴が、ましてや全国の人々から信頼される政治家になれるなんて……正直、今の俺には想像もできなかった。
「大丈夫ですよ、議員さん。そんなに気にしなくても大丈夫ですから、顔を上げてください。これからこちらからいくつか質問をします。あなたは普段通り、思ったことを答えてくれればそれで構いません」
スタッフたちは状況を察すると、すぐに立て直しへと動いた。
どうやら現場で、玲が一人で演説する形式にはまだ不慣れだと判断したらしい。
そのため、予定していた配信内容を急遽変更し、スタッフ側が質問を投げかけ、それに玲が答えるというインタビュー形式へ切り替えた。
……こういう時の対応力を見ると、やはり専門のスタッフというものは凄い。
政治家という表舞台に立つ人間の裏側で、黙々と仕事を支えている人たちがいる。
それは、様々な業界から集まったプロフェッショナルたちだ。
こういう人たちの働きがあるからこそ、表に立つ者は安心して役割を果たせるのだろう。
……改めて考えると、本当に頭が下がる思いだった。
「えっ? あ、うん……ああ、はい。分かりました」
スタッフの指示を受けた玲は、慌てて姿勢を正した。
ぎゅっと握った両拳を揃えた膝の上に置き、まっすぐ前を向いて次の質問を待っている。
いつもの元気な様子とは違い、その小さな仕草からも、まだ緊張が抜けきっていないことが分かった。
「では、まず最初の質問です。議員、今回の選挙で勝利し、議員として選ばれた今のお気持ちを聞かせていただけますでしょうか」
「応援してくださった皆さん、本当にありがとうございます。まだまだ未熟な私ですが、これからもどうかよろしくお願いします。玲は、これからも一生懸命頑張ります!」
よかった。
少なくとも最初の質問に関しては、内容も受け答えも特に問題はなかった。
あまりにも普通すぎるくらい、無難なやり取りだった。
……まあ、途中で嬉しそうにカメラへ向かってピースサインをしていたところは、さすがに議員としてはどうかと思ったが。
それ以外は、受け答えも内容も特に問題なし。
少なくとも、最初の質問は無事に乗り切ったと言っていいだろう。
それにしても、こういう模範解答のようなコメントも、「中年の政治家のおじさん」が言うのと「中学生の少女」が言うのとでは、やはり印象が全然違うものだ。
玲の言葉には、どこかアイドルがファンへ感謝を伝える時のような雰囲気があった。
そこには、脂っこい中年政治家のおじさんとは違う、爽やかさが感じられた。
……なるほど。
美少女だからという理由だけで票を投じる人間がいることも、少しだけ分かった気がする。
結局のところ、どちらも何もできないただの飾りだという前提なら、むさ苦しいおじさんより、可愛らしい女の子のほうが見ていて楽しい。
我ながら酷い考え方だとは思うが、そう感じてしまう気持ちも理解できてしまった。
「では、続いて二つ目の質問です。玲議員、これから国会議員としてどのようなことを目指していきたいのか。今後の活動における理想や目標について、聞かせていただけますでしょうか」
「愛と平和です!Love & Peace!私は、この国の皆さんに愛と平和を届けたいです!」
玲は迷うことなく、まっすぐな瞳でそう答えた。
そう言い終えると、玲はカメラに向かって笑顔を見せ、いくつかのハートポーズを作った。
やばい。
不意打ちで、もう早速やらかし始めている。
……いや、ちょっと待て。
その立ち振る舞い、どう見ても政治家のものじゃないだろ。
国民へのメッセージというより、完全にアイドルのファンサービスじゃないか。
「……はい。では、続いて三つ目の質問です。議員、経済や国際情勢について、今後の方向性や考えをお聞かせいただけますか?」
画面には、スタッフたちが一瞬だけ「今の答えで大丈夫なのか」と言いたげな表情を浮かべる様子まで映っていた。
だが、そこはさすがプロと言うべきか。
わずかな戸惑いを飲み込むと、すぐに表情を戻し、何事もなかったかのようにインタビューを続けていった。
「えっと……たぶん、友達になること……です。どうすればいいのかはまだ分かりません。でも、私は地球にいるみんなと、いつか仲良くなれるように頑張りたいです」
スタッフの質問について少し考えた後、玲はどこか自信なさげな口調でそう答えた。
いや、待て待て。
お前、その『大方向 』ってやつをもう少し具体的にできないのか?
今聞かれているのは国際情勢への方針だぞ?
『今年はクラスのみんなと仲良くしたいです』みたいな学校生活の目標を聞かれているわけじゃないんだぞ。
……どうして議員への質問に対する答えが、優等生の学級目標みたいになっているんだ。
「では、最後の質問です。議員、最後に全国の視聴者の皆さんへ向けて、何か伝えておきたいことはありますか?」
もはや玲の予想外な発言にも慣れ始めたのか、スタッフたちは以前ほど動揺することもなくなっていた。
そして、いつも通りの冷静な進行で最後の質問をする。
こうして、どこか普通ではない全国向けのライブ配信を、無事に締めくくろうとしていた。
「えっと……テレビの前の皆さんに、ちょっと告げ口があります!うちのお兄ちゃん、私が議員になったって言っても全然信じてくれなくて、嘘つきだって言ったんですよ!なので、この場を借りて全国の皆さんに訴えたいと思います。私のお兄ちゃんは、大バカ者です!もしこれを見てるなら――」
「――お兄ちゃんの大バカ!べーっ!」
玲は最後に、満面の笑みでカメラへ向かって舌を出した。
こうして、めちゃくちゃな配信は、全国民が見守る中で、妹が俺に向かって画面越しに舌を出すという形で幕を閉じた。
その後の話だが、噂によるとその日一日、俺は全校の生徒や教師たちから「大バカ兄」というあだ名で呼ばれていたらしい。
……最悪だ。これ以上ないくらい恥をかかされた。
家に帰ったら覚えていろよ、あのアホ妹。
さて、どうやって仕返ししてやろうか。




