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第三十話 『最適な物件選び』

「いらっしゃいませ。○○不動産へようこそ」


 三十歳前後と思われる男性の営業担当が、営業用の笑顔を浮かべながら俺たちのもとへ歩み寄ってきた。


「手短に言います。選挙民向けの相談窓口として使える物件を探しています。できれば家賃は安めで、設備はそれなりに整っていて、築年数もあまり古くないもの。あと、繁華街からは少し離れているほうがいいです」


 俺は簡潔に、こちらの希望条件を一通り伝えた。


「「あと、少女趣味の内装で!」」


「……それは却下」


「お兄ちゃん嫌い」


「……チッ」


 俺が即答で却下すると、後ろの二人の女性は揃って頬を膨らませ、そのまま左右へ散っていった。

 二人とも壁に貼られた物件情報を眺め始める。

 ……まったく。

 林主任が来てくれたときは、これで心強い味方が増えたと思ったのに。

 蓋を開けてみれば、玲と一緒になって俺の頭を悩ませる人が一人増えただけだった。


「これだけ条件が揃っている物件となると、正直なところ、なかなかないと思います。ただ、お客様方が興味を持ちそうな物件でしたら、いくつかご紹介できますよ」


 営業マンは、安くて何でも揃っているような都合のいい物件など、そうそう存在しないことをやんわりと伝えながら、棚から一冊のファイルを取り出して俺の前に置いた。


「分かりました。見せてもらえますか?」


 手渡されたファイルを開いてみる。

 中には、それぞれの物件の写真と、簡単な概要や設備などをまとめた資料が綴じられていた。

 これだけでは実際の物件の状態まで詳しく把握することはできない。

 それでも、広さや住所といった基本的な情報なら、ページをめくっていくだけでも確認できる。

 掲載されている写真からも、内装や設備の状態くらいなら大まかに判断できそうだった。


 内装については、最初のページに載っていたカラフルすぎる物件を、俺は何気ない顔でスルーした。

 もちろん、後ろの二人には見せない。

 こんなのを見つけられたら、また「可愛いほうがいい」なんて話が始まってしまう。

 それにしても……。

 内装がちょっと違うだけで、どうしてこんなに家賃が高くなるんだ?


「何か気に入った物件はありますか?」


「そうですね。これと、これと、これ……この辺りを詳しく見せてもらえますか?」


 資料を眺めながら、価格と立地のバランスが比較的まともそうな物件をいくつか選び、営業マンに詳しい説明を求める。


「では、パソコンでご説明しますね」


 営業マンはそう言うと、モニターを起動して俺を隣へ招いた。

 画面に映し出されたのは、物件の内部を撮影した映像だった。

 それぞれの部屋をさまざまな角度から見ることができる。

 ……便利だな、パソコン。

 これなら、わざわざ現地まで行かなくても、ある程度は物件の様子が分かる。テクノロジーってすごい。


 ……待て。今の俺の感想、完全に時代についていけていない老人じゃないか?

 まだ政治家として何も始まったばかりなのに、政界に足を踏み入れただけで精神年齢だけ先に老け込んでいる気がする。


 冗談はさておき、営業マンが見せてくれた物件は、どれも環境としてはなかなか悪くなさそうだった。

 ただ、問題はやはり値段だ。

 できることなら、もう少しくらい値引きしてもらいたい。


「なるほど……どれもなかなか良い物件ですね」


「ですよね。お客様、お目が高いです」


「ただ、価格については……もう少し融通を利かせてもらえませんか?」


 さて、ここからは価格交渉だ。


 不動産というものは、買い手側が値引きを求めることを前提として、あらかじめある程度高めの価格を設定しておくことがある。

 いわば、暗黙の了解というやつだ。

 俺個人としては、こういう回りくどいやり方はどうにも非効率に思えてならない。

 だが、金銭が絡む話というのは、どうやら何事もそう単純にはいかないらしい。


 とはいえ、今日は家を買うわけではなく、ただ借りるだけだ。

 それでも、試しに値段交渉をしてみるくらいなら、別に損はないだろう。

 最悪、話がまとまらなければ別の不動産屋を当たればいい。

 こういうものは、いくつか比較してから決めたほうが損をしない。


「……うーん。こちらで提示できる金額ですと、このくらいになりますね」


 少し考えたあと、営業マンは白い紙にいくつか数字を書き込み、それを俺の前に差し出した。

 そこに並んでいたのは、先ほど見せてもらった物件それぞれの家賃だった。

 こちらから値下げをお願いしたこともあって、最初に提示された金額よりは少し安くなっている。

 俺は並んだ数字をじっと見つめ、目を閉じて考え込んだ。


 ……毎月これだけの金額を払うのは、俺たちにとって本当に大きな負担にならないだろうか。

 議員事務所の家賃には補助金が出るし、この程度なら予算内に十分収まる。

 それでも、毎月出ていく固定費となると、やはり慎重に考えたくなる。


 腕を組み、目の前に並んだ数字を見つめる。

 家賃、補助金、今後の経費――頭の中でさまざまな要素を一気に並べ、これから先のことを素早く考えていく。

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