第二十九話 『ピンク色こそ乙女心』
「それにさ、毎日ずっと党本部にこもって仕事してるんだよ? もう退屈で退屈で、死にそう。私だって一応、青春真っ盛りの美少女なんだから、友達と遊びに行ったりしたいんだよ……。でも、同年代の友達ってあんまりいなくてさ」
そう愚痴り始めると、主任は次から次へと日頃の不満を口にし始めた。
聞いている限りでは、なかなか哀愁漂う話である。
……それにしても、自分で「美少女」と言ってしまうあたりは、うちの妹と少し似ているな。
どうりで、あの二人が妙に気が合うわけだ。
では、なぜ主任には同年代の友達が少ないのか。
その理由なら、俺にも何となく想像がつく。
こんな若さで、党の裏側を取り仕切り、さらには一つの政党を実質的に率いるところまで上り詰めたのだ。
それを単なる幸運だけで片づけることはできない。
きっと、その裏では相当な努力をしてきたのだろう。学生時代の大半を政治のために費やすくらいでなければ、ここまでの地位には到底たどり着けない。
そう考えれば、友達と遊んだりする時間がなくなってしまうのも当然なのかもしれない。
そして政界に入ってからは、今度は年齢層の違いが大きすぎて、気軽に付き合える友達ができなかったのだろう。
それに、この誰もが何かしらの思惑を抱えているような環境では、近づいてくる人間の大半が何らかの利益を求めている。
そんな中で、本当の意味で友達になれる相手を見つけるのは、なおさら難しいはずだ。
そう考えると、彼女の身近にいる人間の中で最も境遇が近いのは、むしろ俺たちなのかもしれない。自分よりさらに年下で、まだ若さゆえの打算や駆け引きとは無縁な俺たち二人。
だからこそ、主任は俺たちと気兼ねなく付き合えるのかもしれない。
「そういえば、二人はどんな事務所にしたいとか、希望はあるの?」
「あるよ。でも、お兄ちゃんが私に選ばせてくれないの」
玲は唇を尖らせ、不満を隠そうともせずに俺を睨んできた。
どうやら、自分が事務所選びに口を出せないことを、まだ納得していないらしい。
しかし、俺にも譲れない理由がある。
事務所をピンク色で統一して可愛くしたいというだけで、余計な金を使うわけにはいかない。
そもそも、事務所選びで考えるべきなのは内装だけではない。
立地はどうか。
仕事をする上で十分な機能があるか。
経費に対して見合った物件なのか。
そして何より、地元の人たちから見てどう映るのか。
考慮すべき点は山ほどある。今回ばかりは、玲のわがままをそのまま通すわけにはいかなかった。
「俺は特にないです。主任は何かおすすめとかあります?」
ちょうど主任もいることだし、せっかくだから意見を聞いてみることにした。
俺たちよりもずっとこういう事情には詳しいはずだ。
それに、ついでに玲にも少しくらい言い聞かせてもらえるかもしれない。
「私? そうだなぁ……カラフルで、少女趣味な感じはどう? せっかくなんだし、可愛いほうがいいんじゃない?」
ところが、少し考えた末に主任が口にしたのは、予想外にも玲とまったく同じ方向性の意見だった。
「……なんで玲と同じレベルなんですか?」
「ほらほら、葛欣姉さんもそう思うでしょ? 可愛いほうがいいよね」
「そうそう。足りなかったら、私が何とか予算を工面してあげるから」
主任からの専門的な意見を密かに期待していた俺だったが、蓋を開けてみれば玲と同じ意見を突きつけられる始末。
……類は友を呼ぶ、というやつだろうか。
妙に気の合う二人から揃って圧をかけられ、俺は可愛らしい内装の事務所を探す羽目になりそうだった。
玲がわがままを言うくらいなら、まだいい。
所詮は子供の駄々だ。少しくらい機嫌を損ねたところで、俺がどうにかできないこともない。
でも、林主任の場合はそうはいかない。
何しろ、本当に札束を抱えてきて、「はい、これで可愛い事務所にしよう」と言い出しかねない人なのだ。
……ありがたい話ではある。
ありがたい話ではあるのだが、これ以上彼女に借りを作るのは勘弁してほしい。
それに、俺が心配しているのは金の問題だけではない。
選挙民からの印象だってある。
もし何か真面目な相談をしに来た人が事務所の扉を開けて、そこに待っていたのがキラキラの装飾と虹色の内装だったらどうする。議員と真面目な話をしに来たはずなのに、まるでアイドルのファンルームにでも入ったような気分になるだろう。
……これで、どうやって真面目な雰囲気を作れというんだ。
「まあ、また考えましょう。良さそうな物件が見つかったら、そのときに」
そう言って二人を適当にいなす。
……考えただけでも、思わず冷や汗が出てきた。
そんな未来は何としてでも避けたいところだ。そんなことを考えているうちに、車はゆっくりと不動産業者のいる場所へと到着した。




