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第二十五話 『金、マネー、諭吉さん』

「林主任が押し付けてきたこの本でも、少し読んでみるか」


 食卓の片付けと食器洗いを終え、特にやることもなくなった俺は、今日党本部でもらったガイドブックを手に取ってページをめくった。

 この本には、林主任が俺たちのために書いたらしい、かなり細かいアドバイスや説明が載っている。

 こうして見ると、なんだかんだで俺たちのことを気にかけてくれているらしい。

 役に立ちそうな章はいくつもあったが、その中でも俺が特に気になったのは、活動費や各種補助金についての項目だった。


「……へえ? 議員の給料って、こんな仕組みになってるのか」


 本給や公費についてはいったん置いておくとしても、細々としていて、いまいち何のためにあるのかよく分からない補助金を合計していくだけで、かなりの金額になる。


「……議員って、こんなに色々ともらえるのか」


 子供たちには分かりにくいかもしれないので、ここで少し説明しておこう。

 言うまでもなく、現在、世界で最も強大な国として広く認められているのはA国である。

 そのため、国際的な通貨の価値も基本的にはA国の通貨を基準として扱われている。

 俺たちの国の通貨であるT通貨とA国の通貨との為替レートは――

 1A通貨=0.031T通貨。

 ……まあ、簡単に言えば、A国の通貨一枚に対して、こちらでは0.031枚分の価値しかないということだ。なお、アニメや漫画で有名なJ国の通貨との為替レートは、1T通貨=4.92J通貨だ。


 宿泊補助費――二十一万六千円。

 海外視察費――三十二万四千円。

 文房具・郵便・携帯電話費――四十二万円。

 ガソリン補助費――三十一万四千八百八十円。

 立法研究補助費――十万円。

 高速道路通行券費――五万七千六百円……などなど。


 さすがに全部は書かないでおこう。

 気になる人は、その気になって調べればネットでも見つかるはずだ。


 林主任からもらったこのガイドブックによれば、政府が一年間に一人の国会議員へ支給する金額は、およそ九百万円にもなるらしい。

 一般人からすれば、決して小さな金額ではない。

 ちなみに、俺たちの国で暮らす一般的な人間の平均月収は、四万五千円前後である。


 さすがに、これほど大きな金額を玲に好き勝手使わせるのは、何か違う気がする。


 というわけで、この金は俺が管理して、使い道も考えることにしよう。

 思えば、子供の頃の俺は、正月にもらったお年玉を親に預けさせられるのが嫌で、よく文句を言っていた。けれど今、自分がやろうとしていることも、それと似たようなものだ。

 ……なんとなく、あの頃の親の気持ちが分かったような気がする。

 まあ、お年玉と政治活動に使われる予算じゃ、金額の規模がまるで違うんだけどな。


「まあ、高官ともなれば、仕事の都合上ある程度の金を使って体面を保つ必要があるのは分かる。内外に対して恥ずかしくない格好をする必要もあるだろう。でも、こういうものって本当に必要なのか?」


 改めて、補助金の話に戻る。

 例えば、文房具の補助だけで、これほどの金額が必要なのだろうか。

 正直、疑問を抱かずにはいられない。

 こうして見ていると、使い道がいまひとつ明確ではない項目まで税金から支給されているように見えてしまう。

 ……これでは、公金の無駄遣いだと思われても仕方がないんじゃないだろうか。


 手元の資料を眺めているうちに、林主任が言っていた「この国の政治には、清流が必要だ」という言葉が、少しだけ分かったような気がした。

 税金って、結局は国民が働いて納めた金だ。

 それを誰かの都合や私利私欲のために無駄遣いするのは、やっぱり違うだろう。


 それにしても、実質的な与党党首である林主任でさえ、こうした悪しき風潮を止められていない。

 ならば、この問題はきっと、今に始まったものではない。

 長い年月をかけて積み重なり、もはやこの国の政治そのものに根を張ってしまった腐敗なのだろう。

 そんなものを相手に、政治家になったばかりの俺たちに何ができるのか。正直、今の俺にはまだ分からない。


「……さて。次は玲の仕事を取ってこないとな」


 林主任は、指南書の中にいくつものメディア関係者や番組制作会社の電話番号を残してくれていた。

 俺はスマートフォンを取り出し、そこへ一件ずつ電話をかける。


「もしもし。お世話になっております。玲華議員の秘書をしております。○○番組制作のご担当者様でよろしいでしょうか? こちら、玲華議員のインタビュー企画についてご相談がありまして――」

「○○ラジオ局様でしょうか? 玲華議員の出演について、一度お話を伺えればと――」

「こんにちは。○○雑誌様でしょうか? 玲華議員について、少し企画のご相談をしたいのですが――」


 電話をかけては話をし、また次の番号へ電話をかける。


 そんなことを繰り返しているうちに、気がつけばかなりの数の新聞社や雑誌、テレビ番組、ラジオ局と連絡を取ることができていた。

 思っていた以上に、メディア側も議員との仕事を歓迎してくれているらしい。

 今の玲には、議員としての肩書きだけでなく、若さと可愛らしさ、そして話題性がある。

 玲を番組に出演させること自体が、向こうにとっても視聴率や購読者数、ネット上のアクセス数を伸ばすためのメリットになるのだろう。


 これから玲のメディアへの露出が増えていけば、きっと他の番組からも出演依頼が舞い込んでくるようになるだろう。

 どうやら、これからは忙しくなりそうだ。……そのうち俺も、スーツに鞄、きっちり整えたオールバックが似合う男になっていくのだろうか。

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