第二十二話 『アイドルになろう!』
家に帰ってきた俺と玲は、向かい合ったまま、しばらく言葉を失っていた。
何となく分かったような気もするし、結局何も分かっていないような気もする。
党本部で林主任と話したのは楽しかった。
それだけじゃない。彼女が表では決して見せない、知られざる顔まで知ることができたのだから。
とはいえ、結局のところ、俺たちはまだ頭の中が混乱したままだった。
例えるなら、突然バットケイブに連れていかれて、ブルース・ウェイン本人から「実は俺、バットマンなんだよ」と教えられたようなものだ。
本人から直接、隠された秘密を聞かされた。
そりゃ頭も混乱する。
「……まさかね。葛欣姉さんが実質的な党首で、しかも大統領だったなんて」
「うん。あの二人の立場に隠されていた秘密には、本当に驚かされたよね」
林百攝と林葛欣。
この二人の権力関係は、俺たちが最初に想像していたものとは完全に逆だった。
大統領である『百攝』は、何でも取り仕切る摂政どころか、表舞台に置かれた『飾り』に過ぎない。
一方で『革新党』という政党そのものは、広報部主任に過ぎないはずの林葛欣が一から作り上げた、実質的な『葛欣党』だった。
「お兄ちゃん、葛欣姉さんがこれから自分たちで何をするのか考えてほしいって言ってたけど……私、全然思いつかないよ」
「実は俺も、何をすればいいのか明確に決まってるわけじゃない。
でも、今日お前たちが話しているのを聞いていて、少しだけ考えが形になってきたんだ」
林主任が言っていた通り、票や支持を得るための方法は、議員によって様々だ。
地域の面倒ごとを引き受け、地元の人々に頼られる存在になる者。
テレビに頻繁に出演し、政治について発言する者。
個人SNSを積極的に活用し、ネット上で知名度を高める者。
では、玲の場合はどうだろう。
ここ数日の彼女の言動。
そして、ネット上での反応。
それらを冷静に並べてみれば――。
俺には、もう答えが分かっていた。
「うん。聞かせてよ。お兄ちゃんの完璧なプラン」
「玲。アイドルになろう! 俺がお前を、全国一のアイドルにしてやる!」
俺は自信満々に、我ながら天才的なアイデアを披露した。
……いや、待て。
これ、完全にアニメとかでありそうな台詞じゃないか?
「……お兄ちゃん? 大丈夫? いきなり何を言い出してるの?こういう馬鹿なことを言うのは、普通は私の役目じゃない?」
答えを聞いた玲は、思ったほど大きな反応を見せなかった。
それどころか、心配そうな顔で俺の顔をじっと覗き込むと、額に手を伸ばして熱を測ろうとしてくる。
まさか自分が、玲から馬鹿だと言われる日が来るとは思わなかった。
「先ピザを頼むか。食べながら説明するよ」
「そうそう、それ大事! ピーマン尽くしの夕食が続いた後の、記念すべき第一食なんだから。お兄ちゃん、早く! お腹空いた!」
せっかくの大サイズを頼むと小サイズが無料になるキャンペーン中だったので、俺は大きなサラミピザと、小さなシーフードピザを一枚ずつ注文した。
やがて宅配員が料理を届けてくると、俺は飲み物とピザをテーブルに並べる。
そうして俺たちは、先ほどの話の続きを始めた。
「つまり、アイドルになるのが、今後の俺たちには一番有利なんだ」
「んごご……どゅーしょ? あいどぅ……?」
「……何言ってるか1ミリも分からん。いいから飲み込め。話はそれからだ」
玲はピザを口いっぱいに詰め込みながら、必死に何かを伝えようとしている。
当然、そんな状態でまともに喋れるはずもない。
結果、俺の耳に届いたのは、もはや言語ですらない何かだった。
……正直、この食べ方を見ていると、俺は自分の計画そのものを見直したくなってきた。
これがアイドルの食事風景なのか?
違うだろ。
どう見ても野良犬だ。
頼むからもう少し文明的に食べてくれ。
「むむむ。私が言いたいのは、どうしてアイドルなのかってことだよ。私たち、議員になるんじゃなかったの?」
ようやく食べ物を飲み込んだらしく、今度はちゃんと人間の言葉が返ってきた。
「もちろん議員だ。ただ、玲の見た目や売り出し方をアイドル寄りにする。中身はそのまま、外箱だけちょっと変えるようなものだと思ってくれ」
「もぐもぐもぐもぐ」
「……だから咀嚼音を自分で実況するな」
それにしても、こいつさっきから食ってばっかりだけど、本当に俺の話を聞いてるのか?
まあ、いいか。
とりあえず話を続けることにした。
「考えてみろ。年齢は若い。見た目は可愛い。ネットの住民からも愛されている。しかも、自分についてきてくれる熱心なファンまでいる。そんな玲が、いつも元気いっぱいにキラキラ輝きながらステージに立って、国民に夢と希望を届けるんだ。どう考えても、玲に最適な政治家のイメージは――『アイドル』しかないだろ!」
玲は、この方面において非常に恵まれた資質を持っている。だからこそ、大きな可能性を秘めている。
それに、このイメージは、彼女が前回の番組で行った初めての公開発言ともよく噛み合っている。
もし、あの時テレビ番組であんなことを語ったのが、中年で頭の禿げた、いかにも政治家然としたおっさんだったらどうだろう。
きっと「現実味がない」と批判されるだろうし、「綺麗事ばかり並べた『空疎な理想論』だ」と叩かれていたに違いない。
だが、それをキラキラと輝く美少女アイドルが語ったなら、話はまったく違ってくる。
夢や希望に満ちた言葉であっても、世間はそれほど疑問を抱かない。
むしろ――その言葉そのものではなく、「誰がそれを語ったのか」が、人々の受け取り方を大きく左右するのだ。




