第十九話 『大統領との面会』
「大統領?テレビにいつも出てる、あのおじさんのこと?」
「ああ、そうだ」
俺は電話でケビンを呼び、彼の運転する車で党本部へ向かうことになった。
移動中、俺と玲は今回の面会について意見を交わしていた。
大統領の顔くらいなら、さすがに俺でも知っている。
自分の国のトップなのだから当然だ。
現在の大統領『林百攝』は、五十代くらいの小柄でぽっちゃりしたおじさんである。
いつも目を細めて、少し恥ずかしそうに笑っている。
親しみやすい人柄で人気もあるらしい。
だが、その柔らかな表情の裏には、簡単には読み取れない何かを感じさせる人物でもある。
大統領就任後の数年間、彼の支持率は過去最高を更新し続けているらしい。
数字を見る限り、この党が国民の支持をしっかり掴んでいることは間違いない。
……そういえば、広報主任も林という名字だったな。
たぶん、二人は親戚か何かなのだろう。
そう考えると、主任があんなに若くして政治の世界に入れた理由も分かる気がする。
もちろん本人の才能もあるはずだ。
でも、それと同時に家族の後押しもあったのではないだろうか。
いわゆるコネというやつだ。
政界では……いや、別に政治の世界に限った話じゃない。
世の中では、こういうことは案外どこにでもある。
「到着です、議員さん。それと、お兄ちゃんさん」
「「ありがとう」」
俺たちは一旦ケビンに別れを告げ、二人で党本部の中へ入った。
受付で身分を確認してもらうと、向かうべき会議室を案内された。
そして、会議室の扉を開けた瞬間。
テレビの中でしか見たことのなかった、あの親しみやすい顔が目の前にあった。
「こんにちは。玲華議員、それにお兄さんだね。君たちの話は聞いているよ」
まさか大統領自らが扉の前で俺たちを出迎えてくれるとは思わず、俺も玲も一瞬言葉を失った。
「……それで、本日はどういったご用件で俺たちを呼ばれたのでしょうか」
先に正気を取り戻した俺が聞いた。
「ああ、そうだ。党首は中で待っているよ。二人ともどうぞ」
「え? 大統領さんって、党首じゃないんですか?」
「違うの? おじさんじゃないの?」
思いもよらない情報を聞かされ、俺たち二人は揃って驚いた。
「名目上ではそうだ。だが、裏で『革新』を導いている人物は、私ではない」
相変わらず穏やかな笑顔を浮かべたまま、大統領さんは俺たちを中へ案内した。
会議室の長机の奥。
そこには一人の人物が回転椅子に座り、こちらに背を向けていた。
「二人とも、来たんだね」
俺たちの足音に気づいたその人物は、回転椅子をくるりと回してこちらを向いた。
ようやく俺たちは、その人物の姿を見ることができた。
その人物は、俺が思い描いていた「裏の支配者」という存在からは大きくかけ離れていた。
若い。
美しい。
そして……どこか、知っている顔だった。
「林主任?」
「えっ、この前テレビで会ったお姉さん?」
まさかと思った。
そこに座って俺たちを見ていたのは、以前番組で出会い、名刺を渡してきて、今日ここへ呼んだ人物。
林葛欣主任、その人だった。
だから、番組が終わった直後に声をかけてきたのか。
だから、俺たち兄妹にあれほど興味を示していたのか。
だから、電話で今日はもっと「正式な」面会になると言っていたのか。つまり、俺たちはすでに一度顔を合わせていたということだった。
全てを動かしていたのは、彼女だったからだ。
おそらく、玲の資料を見つけ出し、議員に選んだ張本人も彼女なのだろう。
しかも、『革新』という党名は、彼女の本名である葛欣とも妙に重なっている。
「……理解しました。要するに、隣にいるこの国の大統領も、あなたの傀儡ってことですね?」
「傀儡って言わないで。一応、私の実の叔父なんだから」
「ははは。葛欣が赤ちゃんだった頃は、おむつだって替えたんだぞ」
「そ、それは言わなくていいですから!」
目の前で、明らかに大物である二人が気軽に雑談している。
そのおかげで、先ほどまで張り詰めていた空気は少しだけ和らいだ。
まだ出会ってからそれほど時間は経っていない。それでも、林主任が本当に不思議な人だということだけは分かってきた。
表向きでは、彼女は優秀で切れ者の広報主任。
だが裏では、一つの政党をその手で動かすほどの実質的な指導者でもある。
そんな肩書きを忘れてしまえば。
彼女は今こうして気軽に話し、少しも気取ったところのない一人の女の子だった。
俺より少し年上ではあるものの、年長者らしい威圧感はまったくない。
何というか……彼女は普通の人とは少し違う。決められた型には決して収まらない、そんな人物だった。
なんとなく分かった。
この人は、玲と同じ種類の人間だ。
……つまり、俺が一番相手にするのが苦手なタイプ。
「ゴホン。さてさて、二人とも。この数日間、疑問に思っていることも色々あるだろう?今だけ特別大サービス。遠慮せず、全部聞いてくれ」
林主任は咳払いを二回して、叔父との親戚らしい会話を中断した。
その後、まるで友達と話すような軽い調子で、質問タイムの開始を宣言する。
……いや。待て。
これ、本当に「正式な面会」だったんじゃなかったのか?
まあ、もういいけど。
「……主任」
「はい。どうしたの? お兄ちゃんさん?」
林主任は机に肘をつき、両手で頬杖をついたまま、まるで子供のような無邪気な表情で俺の問いかけを待っていた。
「……疑問がありすぎて、どこから聞けばいいのか分からないです」
情報が多すぎる。
そのせいで、むしろ何を聞けばいいのかすら分からなくなっていた。
「そうなんだね。じゃあ、隣の玲華議員はどうかな?」
「……えっと、まだ『議員』って呼ばれるのには慣れてなくて。主任のお姉さんも、普通に名前で呼んでくれて大丈夫です。私も、何を聞けばいいのか分からなくて……」
「分かったよ、玲華ちゃん。それなら、私のことも主任って呼ばなくていいからね」
……待て。俺は?
俺の名前は?
俺だけ扱いが「お兄ちゃんさん」で固定なの?
『議員になったのは玲華であって、俺は関係ない』、その考え自体は否定しない。
だが、それにしても扱いが雑すぎる。
想像すると頭が痛くなる。
これから先、外に出るたびに誰かから「お兄ちゃんさん」と呼ばれる未来。
俺は玲の秘書。つまり、立場的にはこの党の関係者でもあるわけだ。
……これ、党のイメージ的に問題ないのか?
「じゃあ……葛欣姉さん?」
少しだけ迷った後、玲は言われた通りに呼び方を変えた。




