第一話 『民主社会の弊害?』
「こんにちは。失礼ですが……玲華議員のお兄様でいらっしゃいますか?」
「少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか。いくつかお話を伺わせていただきたいのですが?」
「いくつかの政治的な話題について、ご見解をお聞かせいただけますでしょうか?」
「失礼ですが、現在はまだ学生でいらっしゃいますか? ご両親にも少しお話を伺いたいのですが、ご在宅でしょうか?」
「すみません! 通ります! ごめんなさい! 学校、遅刻するんです!」
家の前を完全に占拠しているマスコミの群れを必死にかき分け、俺は鞄を背負ったまま全速力で走り出した。
目的はただ一つ。後ろから飛んでくる質問攻めから逃げることだ。
俺の名前は李亞洛。高校二年生の男子だ。
最近、ゲームや漫画を通じて少しばかり外国語を覚えたことで、自分の名前が別の国では「野郎」みたいな意味で読まれることを知ってから、俺はこの名前をあまり好きではなくなった。
少し話が逸れてしまったな。本題に戻そう。俺が話したいのは、今日遭遇した奇妙な出来事についてだ。
そして、外に出た瞬間、矢継ぎ早に投げかけられる質問の嵐。
……どう考えても、こんなことが起こるはずがない。
父親が海外を転々としている放浪作家だという点を除けば、俺たちの家はごく普通の、どこにでもあるような家庭だ。
だからこそ、政財界の著名人やアイドルが受けるような扱いを、俺たちが受ける理由なんてどこにもないはずだった。
しかし、あの記者たちの質問の中には、一つだけどうしても違和感を覚えるものがあった。
玲華? 玲華議員って……。
まさか……それって、うちの玲ちゃんのことなのか?
あの馬鹿な妹が、本当に自分で言っていた通り議員になったっていうのか?
エイプリルフール……いや、違う。
仕込みの役者か? いやいや、あいつにこれだけの人数のエキストラを雇う金なんてあるはずがない。
ということは……。
週末、玲が俺に語っていたあの話は、全部ただの冗談じゃなかったっていうのか?
いやいやいや、落ち着け俺!
玲はまだ中学生だぞ? 中学生が国会議員なんて、そんなのあり得るわけないだろ!
そもそも、誰かがあいつに投票するかどうか以前の問題だ。
法律上の条件だけで考えても、玲は立候補できる年齢に達していない。しかも、法的にはまだ制限行為能力者の立場にあるんだ。
俺は政治なんてほとんど興味がない人間だが、学校で習う程度の常識くらいはさすがに知っている。
いくらなんでも、法治国家である民主社会が、こんなことを認めるはずがない。
……あ、そうだ。これはきっと何かの勘違いだ。そうに決まってる。
いや、待て。
ここで悩み続けても仕方ないだろ。スマホで検索すれば一発じゃないか。
もし玲が本当に議員になったなんて大事件が起きているなら、ネットなんてその話題一色になっているはずだ。
「……よし、確認してみるか」
記者たちから逃れるため路地裏へ駆け込みながら、俺は鞄からスマホを取り出した。
そして、頭文字が「G」の有名な検索エンジンを開き、「議員」と入力して検索をかける。
「『前代未聞、史上最年少議員誕生』、『現役中学生が議員に?』、『話題の美少女議員』、『議会を変える一人の少女』、『中学生議員、圧倒的支持で当選』……。
「……え? ええ? いやいやいや、待て待て待て! 嘘だろ!?」
画面には、信じられないほど大量の記事や関連リンクが並んでいた。
これだけの検索結果を見る限り、もはや疑う余地のない事実だった。
「……ありえない」
自分の目に映った情報がどうしても信じられず、俺はネット上の記事をさらに詳しく読み漁った。
自分が毎日のように様々なゲームや流行りの娯楽に夢中になっているその裏で、自分の知らない政治の世界では一体どんな大きな変化が起きていたのか。それを理解しようと、俺は調べ続けた。
これが、俺が調べた情報を整理して導き出した結論だ。
簡単に言えば――。
少し前、四年に一度行われる大統領選挙が終わった。
改革を求める新興政党の候補者とその陣営が、下馬評を覆してまさかの勝利を収め、正式に政権を発足させたのだ。
そして彼らが掲げた方針は、あらゆる政策を民意を出発点として決定することだった。
人々が本当に関心を寄せている問題を調査し、多数派である国民の意見を最大限に反映しながら、社会の変革を進めていく。
そうすることで、より調和の取れた、より良い社会を実現することを目指したのだ。
結論から言えば、彼らはネット上に寄せられた大量の意見を参考にし、そこからいくつかの要点を導き出した。
『多くの国民は、政党同士の醜い争いにうんざりしている。』
『政治家たちの、何度も繰り返される口先だけの約束にはもううんざりしている。』
『汚い大人たちの利権争いには、もううんざりしている。』
『次の世代を代表する若い新しい力に、政治の場で声を上げてほしい。』
『可愛い美少女が、テレビで発言する公人として登場してくれれば、もっと見ていて楽しいものになるのに。』
「以上を踏まえると――」
「既存の派閥とは無縁の政治素人。純粋で裏表がなく、国民を騙すようなこともしない。権力争いや利権に執着せず、新しい世代の意見を代弁する若者。そして、見た目も魅力的な女の子……。そういった様々な意見を広く取り入れ、融合させた結果、与党は前代未聞の決断を下した。それは――」
「――可愛らしく、活気に満ちた中学生の少女を議員候補として擁立する。そして、そのためだけに特別な法案を提出し、正式な立法手続きを経て、被選挙権年齢そのものを引き下げたのだ。」
画面に表示された文字を読み上げながら、俺はその情報を理解しようと必死に頭の中で整理していく。
「……は?」
「は? はぁぁぁ?」
これ、俺の目がおかしくなったのか?
いや、違う。
目を擦ってからもう一度見ても、そこに書かれている文字は何も変わっていなかった。
「……この国、もう終わってるんじゃないか? こんなことになるなら、もっと早く政治に関心を持っておくべきだった」
いや、待て。そもそもおかしいのは、立候補できたことだけじゃない。
あいつ……本当に当選してるじゃないか。
つまり、問題があるのは政治家たちだけじゃない。この国の国民までもが、相当重症なのかもしれない。
政治家同士の足の引っ張り合いに嫌気が差して、何か新しい風を求める気持ち自体は理解できる。
国の財政を食い潰すような、意味のない争いを終わらせてほしいと思うのも分かる。
だけどさ……「無意味な争いをやめる」のと、「もう考えること自体を放棄する」のは、さすがに別物だろ。
ネットを漁れば漁るほど、さらに大量の関連スレッドが出てきた。
しかも中には、明らかにアクセス数稼ぎとしか思えないような記事まである。
『美少女議員の知られざる十の魅力』
『玲華議員が当選した本当の理由』
『現役中学生議員の盗撮写真』
おいおいおいおい! 最後のやつ、明らかにヤバいだろ!
勝手に人様の妹を盗撮してんじゃねぇよ、この野郎!
幸い、子供に関する法律に引っかかるような内容はなかった。
もし一線を越えた内容を載せていたら……絶対に法的措置を取ってやるところだった。
「頭が痛い……。いや、何が一番困るって、どうしてよりによって俺の妹なんだよ」
俺にはどうしても理解できなかった。
いったいどんな巡り合わせがあれば、あいつが偶然にも政治家たちと繋がり、国会議員になることなんてできるというのか。
今の気持ちを言葉にするなら、まるで後頭部を突然誰かに殴られたような感覚だった。頭の痛みと、山のような疑問だけが残っている。
今日帰ったら、あのアホな妹には絶対に全部説明してもらわないとな。
ちなみに、国会議員を英語で表す場合、「Legislator」や「Member of Parliament」とするのが一般的なのは知っている。
ただ、俺としては「Councilor」のほうが語感がいい。
だから、この作品ではあえて「妹Councilor」と呼ばせてもらおう。




