第十五話 『真っ直ぐな心こそ必殺技』
「……私」
長い間考え込んだ後、玲は少し迷うように口を開いた。
「私の父は、海外で活動している作家です。家に帰ってくることはほとんどありませんが、定期的に生活費を送ってくれています。母は、私が幼い頃に亡くなりました」
「ここ数年は、兄と二人で支え合いながら暮らしてきました。兄は少し口うるさくて、いつも私のことを『馬鹿だ』なんて言います。でも、本当はすごく私のことを大切にしてくれる、優しい大馬鹿者です」
「毎日学校へ行って、授業が終われば家に帰る。兄が作ってくれたご飯を食べて、気持ちのいいお風呂に入って、布団に潜り込んで眠りにつく。そして、また新しい一日を迎える。そんな平凡で、でも確かな日々を繰り返してきました。何日も、何年も。私はただの、どこにでもいる普通の中学生でした」
「たまたまネット上で自分の情報を送ったことがきっかけで、いつの間にか議員候補になっていました。そして、まさか当選して、今こうして皆さんの前に立っている。正直に言えば、まだ実感がありません。今までの普通で、でも大切だった日常が大きく変わってしまったことに、今でも戸惑っています」
「ここだけの話ですが、私はこの番組に出る直前まで、政治について分からないことを調べ続けていました。まだ知らないことも、足りないこともたくさんあります。だからこそ、皆さんが私に議員としての資格があるのか疑問に思うのも当然なのだと思います」
「……ですが、知識を身につけていく過程で、私は少しずつ気づいたことがあります。それは、自分自身が何を大切にしたいのかということです」
そこから玲華は変わった。
先ほどまで迷いを滲ませていた声は、次第に揺るぎないものへと変化していく。
もう彼女の顔に怯えはない。
玲華は真剣な眼差しでカメラを見据え、自分の言葉を全国へ届けていた。
「私が何気ない日常を愛しているのは、そこにあるものが大切だからです。私が暮らしてきたこの土地。
そして、そこに生きる人々。そのすべてが、私にとって守りたいものだからです」
「かつての私に、なぜ議員になったのかと尋ねても、きっと答えを見つけることはできなかったでしょう。ですが、今の私は違います」
『私は、皆さんの笑顔を守りたい。』
「この国で暮らすすべての人が、大切な家族や友人と共に、穏やかで幸せな日々を送れるように。かつての私の日常を守るために。そして、この土地に生きる一人ひとりの、何気なくもかけがえのない毎日を守るために」
言葉を終えると、多くの出演者や一部の観客からは、肯定するような拍手が送られた。
演説として見ても、あの発言は間違いなく誠実で、人の心を動かすものだった。
……正直、俺ですら少し感動してしまったほどだ。
正直、最初は玲が失敗しないかと心配していた。
だが、蓋を開けてみれば、予想以上にしっかりやり遂げていて、俺のほうが驚かされる結果になった。
番組が終わったら、ちゃんと褒めてやらないとな。
ご褒美として、明日の夕飯は玲に好きなものを決めさせてやろう。
その後は、番組内で出演者たちが時事問題について好き勝手に意見を述べ始めた。
玲はと言えば、俺の言いつけを守って余計な発言はせず、ひたすら笑顔。
完全に「可愛いマスコット枠」として振る舞っていた。
「最後に、本日は玲華議員から貴重なお話をいただきました。今回の自己紹介を通じて、視聴者の皆様にも、より一層あなたへの理解が深まったことと思います。今後のご活躍と、議員としての新たな歩みが実りあるものとなることを心よりお祈りしております。それでは、『ニュース・フェイス・トゥ・フェイス』、本日の放送は終了です。また明日、同じ時間にお会いしましょう」
司会者の進行のもと番組は終幕へと向かい、やがてスタジオの照明が少しずつ暗くなっていった。
収録が完全に終わり、出演者たちがそれぞれ帰り支度を始めた頃。
その時、周囲にいる誰よりも小さな影が、小走りで俺のもとへ近づいてきた。
まるで「頑張ったでしょ?」と言わんばかりに、褒め言葉を待ち望むような満面の笑みを浮かべながら。
別に俺は、子供だからという理由だけで無条件に褒めるようなタイプではない。
……それでも、こんな可愛い顔で期待されたら、断れる人間なんているのだろうか。
「よくやった」
俺は玲の頭にそっと手を乗せ、そのまま優しく撫でた。
本来なら、その役目はここにいない両親が果たすべきものなのだろう。
「えへへ、すごいでしょ?昨日の夜、お兄ちゃんが気づかないうちに、こっそり演説の原稿を考えてたんだ」
「まったく、負けたよ。だから勝手に喋るなって言っておいたのに。……まあ、結果的には大手柄だったけどな」
俺と玲が、初めて人前に立った彼女の大勝利を喜び合っていた、その時だった。
俺たちのもとへ、もう一人分の足音が静かに近づいてきた。
「失礼します。玲華議員、お疲れさまでした。ところで……そちらの方は、どなたでしょうか?」
「あ、どうも。隣にいるのは、私の秘書で……それから、お兄ちゃんです」
「なるほど。だからお二人は、あんなに仲が良さそうだったんですね」
俺たちに声をかけてきたのは、先ほど番組内で玲を擁護してくれていた、あの若い女性だった。
「失礼ですが、革新党の広報主任をされている林さんでお間違いないでしょうか。その上で、玲華議員にお声がけされたご用件をお聞かせいただけますでしょうか」
相手の立場を考えれば、彼女の目的はただの雑談ではなく、仕事上の話をするためだと推測できた。
そのため、俺も意識して言葉を選び直した。
今後は公の場で、ただの兄ではなく、玲華議員の秘書として対応しなければならない。




