第十四話 『続く攻防』
「ありがとうございます、小武さん。玲華議員について、私たち与党から少しお話しさせていただきます」
司会者へ静かに一礼した彼女は、先ほどまでの激しい言い争いとは対照的に、冷静な表情のまま画面の前の視聴者へ語りかけ始めた。
「まず申し上げたいのは、政治参加年齢の引き下げは、議会で定められた正式な手続きを経て審議され、多数の賛成によって成立したものだということです」
「次に、玲華議員についてですが、彼女は選挙において歴代最多得票を獲得し、国会議員に選ばれた人物です。このような結果を、単に『運が良かった』という一言で片付けることはできません。むしろ、史上最も人を惹きつける魅力を持った政治家の一人と言っても、決して過言ではないでしょう」
「最後に申し上げたいのは、年齢だけを理由に相手の能力を判断することが、本当に正しいのかということです。玲華議員は、これまで政治に関わる機会を持てなかった若い世代を代表する存在でもあります。だからこそ、まずは彼女がどのような力を持っているのかを見守るべきではないでしょうか。政治参加年齢の引き下げとは、本来そうした新しい世代の声に耳を傾けるためのものなのです」
鈴の音のように優しい女性の声。
しかし、その声から紡がれる言葉には、大人としての確かな重みがあった。
彼女は、美しい外見だけで注目を集める人物ではない。
冷静に、そして論理的に物事を整理しながら、人々へ説明し、玲華議員への批判にも真正面から向き合っていた。
これまで見てきた年配の政治家たちよりも、むしろ彼女のほうがよほど大人に見えた。
反対意見をただ否定し、攻撃するのではない。
不平不満をぶつけ合うのではなく、冷静に問いかけ、議論し、問題と向き合う。
そこにあったのは、批判ではなく、本来あるべき政治の姿だった。
少なくとも、俺にはそう思えた。
感情的な罵り合いや相手を否定することではなく、冷静に考え、議論する姿勢。
彼女のような理性的な思考こそが、法治と民主主義の土台なのだろう。
「えへへへ」
俺が林さんの貫禄に圧倒されていた一方で、小玲はまったく違う反応を見せていた。
自分が褒められていると気付いたのか、彼女は照れくさそうに頭をかきながら笑っている。
そして、その無邪気な笑顔は、今この番組を見ている全国の人々の目に映っていた。
……おい! いつまでその間抜けな得意顔をしているつもりだ!
味方がせっかく絶好のアシストをしてくれているというのに、そこで足を引っ張るなよ、このバカ!
せっかく隣の林さんがあれだけ君のことを褒めて、まるで有能な政治家であるかのような印象を作ってくれているというのに……。
「おいおいおいおい! 今、あの子が随分と呆けた顔で笑ったのを見ただろう?」
もちろん、俺だけが気付いたわけではない。
辛辣な発言で知られる周さんも、その隙を見逃すはずがなく、すぐさま視聴者へ向けて指摘を始めた。
「いえ、決してそうではありません。笑うことは創造性を高め、ユーモアは健康にも良い影響を与えます。常に笑顔でいることは、決して愚かさではなく、前向きに物事へ向き合う力の表れです。むしろ、その点については周さんのほうが玲華議員から見習うべきなのではないでしょうか」
林さんは再び玲華を擁護した。
しかし今回はただ反論するだけではなく、柔らかな笑みを浮かべながらの発言だったため、会場の出演者たちから自然と笑いが起こった。
彼女の言っていることは、まあ確かに一理ある。
だが、うちの妹が本当にアホなのは間違いない。
これは兄である俺が保証する。
「な、何だと? よくもこの私を愚弄してくれたな?」
まるで次の瞬間にでも倒される悪役が吐きそうな台詞を、周さんは屈辱を受けたかのような表情で吐き出した。
まあ、あれだけプライドの高そうな人なら当然の反応なのかもしれない。
何と言っても、本人は「子供に負けている」と真正面から突きつけられたわけだからな。
そんな現実、彼女のような人間が簡単に認められるはずもなかった。
「いえいえ、ただの忠告ですよ。いつもそんなに険しい顔をしていたら、せっかくのお顔にしわが増えてしまいますから」
「あなた……!」
周さんは両手を机に叩きつけ、勢いよく立ち上がった。
普段通りの辛辣な言葉で反撃しようと口を開いた、その瞬間だった。
「皆様、ありがとうございました。それぞれ貴重なご意見をいただきましたが、ここからは玲華議員ご本人にもお話を伺いたいと思います」
主持人は場の空気を敏感に察知し、絶妙なタイミングで流れを切り替えた。
出演者同士の対立がただの言い争いへ変わってしまう前に、冷静に番組の方向を修正したのである。
「玲華議員、今回初めて政治の場に立たれたことで、視聴者の皆様もあなたについて知りたいことが数多くあると思います。せっかくの機会ですので、これまでのことや、今後政治家としてどのような未来を目指しているのか、皆様へお聞かせいただけますか」
質問を受けた小玲は、すぐには答えず、少し考えるように俯いた。
事前に俺が、番組では不用意な発言を避けるため「必要以上に話さないように」と伝えていたためだ。
しかし、当然ながら政治家として出演している以上、答えを求められる場面は必ずやってくる。
そして今が、まさにその時だった。
どれだけ話すべきなのか。
何を伝えるべきなのか。
その言葉にはどんな意味が生まれ、どんな影響を与えるのか。
そして、それを聞いた人々は彼女をどう見るのか。
これは、政治家がテレビの前で言葉を発する時、必ず向き合わなければならない問題なのだろう。
これから先、政治の世界を歩いていくなら、一つの発言が自分を支える力になることもある。
しかし同時に、その一言が未来の自分を破滅へ導く可能性だってあるのだ。
こんな大事な場面で、俺にできることと言えば、彼女が何とか上手く誤魔化して乗り切ってくれるよう祈ることだけだった。




