第十二話 『舌戦の幕開け』
「本番入りまーす! 皆さん、所定の位置についてくださーい!」
ディレクターなのか、それともフロアディレクターなのか。
誰かのよく通る張りのある声がスタジオに響くと、スタッフも出演者たちも一斉に持ち場へと動き始めた。
「じゃあ、行ってくるね」
「ああ、頑張れ」
玲は俺に軽く手を振ると、小走りで自分の席へ向かっていった。
名前の書かれたプレートの前へ立つと、一度小さく深呼吸をし、ぎこちないながらも背筋を伸ばして姿勢を正した。
周囲を大人の出演者たちに囲まれると、玲の小柄な姿はなおさら際立って見えた。
「皆さん、こんにちは。『ニュース・フェイス・トゥ・フェイス』へようこそ。司会の小武さんです」
有名な弁護士であり、テレビ番組の司会者でもある武さんのオープニングトークによって、いよいよ番組の収録が始まった。
「まず、本日のゲストをご紹介します。向かって右側から、著名なメディア評論家の周さん、社会観察者の朱さん、草党元議員の王さんです。」
そして案の定、玲の向かい側、つまり右側の席に並んでいるのは、俺があらかじめ警戒していた相手ばかりだった。
……どうやら俺の番組前予想は、無駄に精度が高かったらしい。
「左側からご紹介します。海党元市議員の鍾さん、革新党広報主任の林さん。そして本日の注目ゲスト――我が国史上最年少議員、李さんです。」
司会者の紹介に合わせて、カメラが出演者たちを順番に映していく。
他の面々はさすが経験者なのか、余裕のある笑顔で視聴者へ手を振っていた。
そして玲の番。
……案の定というべきか。
玲も一応は手を振っていたが、その顔には「何をすればいいのか分かっていません」と書いてあるような、引きつった笑顔が浮かんでいた。
そんな玲の緊張は、ステージの下にいる俺にも痛いほど伝わってきた。
「さて、番組開始早々ですが、まずは本日の注目ゲストにお話を伺いたいと思います。史上最年少議員の李議員、よろしくお願いします」
「あ、はい。司会者さん、よろしくお願いします」
まさか番組が始まってすぐ、司会者が玲に話を振るとは思わなかった。
それでも、玲の挨拶は意外にも落ち着いていて、特に問題はなさそうだった。
「与党の推薦を受け、当選を果たした我が国史上最年少の政治家として、きっと多くの考えや意見をお持ちのことと思います。ぜひ、画面の前の視聴者の皆さんへ、何かお話しいただけますでしょうか」
「こ、こんばんは。皆さん、こんばんは。晩ご飯の時間は、しっかり食べてくださいね」
突然の質問に、玲は必死に頭を回した結果、口から出てきたのはそんな当たり障りのない台詞だった。
「李議員、なかなかユニークな方ですね。画面の前の皆さんも、彼女の言う通り、ちゃんとご飯を食べてくださいね」
玲の言葉に対して、司会者は一切動揺することなく、柔らかな笑みを浮かべながら自然に話題を繋ぎ、進行を続けた。
「ふん……まったく、与党の考えには呆れるばかりです。どうしてこんな幼い子供を議員として認めたのか。さらには法改正によって参政年齢の壁まで下げるとは。政治を子供の遊びにしているとしか思えません。あまりにも馬鹿げた話です」
そして、誰よりも早く玲への批判を始めたのは、向かい側に座る周さんだった。
相変わらず、あの刺々しい口調と大きな声で彼女は言い放った。
正直に言えば、彼女の声は聞いていてあまり心地のいいものではない。しかも、こうして現場で直接聞くと、なおさらそう感じた。
「少し誤解があるようですね。我が党は法治と民主主義の原則に従って政治を行っています。今回の決定も、国民の声を受け、正規の手続きを通じて決められたものです」
玲の隣に座る林さんが、すかさず援護に回った。
記憶が正しければ、彼女も与党である革新党に所属する人物だ。役職は党の広報主任。
少なくとも所属する陣営だけを見れば、玲側の人間ということになる。
「そうは言いますけどね。まさか、こんな年齢で能力も経験もない子供に、国の大事を任せられると思っているわけではありませんよね?」
どうやら周さんだけでは終わらないらしい。
社会観察家の朱さんまで、追い打ちをかけるように言葉を続けた。
たぶん、オタク特有の同族嫌悪というやつなのだろう。
だが、正直に言って俺はこの男が好きになれない。
自分も大した生産活動をしているわけでもなく、社会に何か大きな価値を生み出しているわけでもないくせに、なぜテレビに出て、ああだこうだと他人のことに口を出せるのか。
それに、ことあるごとにサブカルチャーを消費の対象として扱うような姿勢も、俺にはどうにも鼻についた。
「正直なところ、私は与党が何を考えているのか理解に苦しみますね。もしこんな愚策が、本当に社会を良い方向へ導き、何の混乱も引き起こさないというのであれば……私はこの国で一番高いビルから飛び降りてみせましょう」
……また始まった。
賭け好きで有名な草党の王さんは、今回も視聴者の前でお決まりの賭けを口にした。
しかも今回は、いつもの比ではない。
何せ、この国で最も高いビルは、誰もが知っている通り百階建てなのだから。




