第十一章 〝将軍〟ギ・ナカ 英雄色を好む
若干十五歳で、各地の戦場を百以上も駈け廻ったジョルジュは、その無法ぶりにも関わらず、無双の強さ、あっと言う間に戦争を終わらせるコスパの良さで、当時あちこちの傭兵隊から長期契約を持ち掛けられていた。
各地の王侯貴族や富裕層の雇用主も、傭兵隊と契約するときは、ジョルジュがいると知れば、契約金を三倍、四倍にした。それでも安上がりなのだ。
何十何百もの人間を数週間、数ヶ月雇用することを考えれば。
契約の形態にもよるが、期間が短ければ、食費や消耗品や武具の補修費など実費弁償が少なくて済む。
ときには、ジョルジュがその隊にいることを要求しさえした。
それゆえ、長期契約の申し込みが殺到した。
だが、納得のいかないことはしないジョルジュは一切を断り、フリーランスで戦い続けていた。
彼女が参加すると戦争が早く終わる。勢い、一ヶ月で三つ、四つの戦場に龍馬を馳せることが普通だった。最大で一ヶ月の間に十三ヶ所の戦場を回ったこともある。
彼女にとって戦場が娯楽であり、休日だった。どちらかと言えば、飢餓に近い。
「物足りない」
いつもそう想っていた。No satisfied. 満たされぬ想い。
その頃、名を上げつつあった傭兵隊があった。
ナーガ氏族の英雄ギ・ナカ・ナーガルージュ、通称〝将軍〟が率いる隊だ。
ギ・ナカは身の丈二メートル、強靭な筋骨の大豪傑で、虎の眼と龍の叡智を持ち、常に機略奇襲を用い、奇抜な作戦を果敢に実行し、無敗であった。
大羚羊に跨って、垂直の断崖を駈け下り、大軍勢の敵陣の背後から奇襲したり、バッファローの群れに燃える松明をくくりつけて狂奔させて敵を動揺させたり、ギ・ナカ自身が唐突に単身で百万の軍のど真ん中を突っ切ってみせるなど、常識を逸脱した戦術で敵の度肝を抜く。
異能の英雄であった。
ジョルジュはギ・ナカが契約した戦争にフリーランスとして参加していた。
それは山岳地での戦闘。
将軍は縦横に躍動し、的確な指揮と、その都度その都度、臨機応変、かつ、変幻自在に意表を突く作戦で敵を翻弄し、雄叫びで味方の士気を上げる。
将軍ギ・ナカの才能は、自ら最強の英雄であり、兵たちの崇敬の的であり、かつ、先陣を切って「我とともに死ね」と鼓舞し、兵士たちを死を恐れぬ無敵の鬼神にしてしまう才能であった。
さすがのジョルジュも一目置いた。
「なかなかの漢ぶり」
そう言って、契約を決意した。
幾月かが流れ、いくつかの戦いを経た。ジョルジュの強さは圧倒的で、将軍すらも遙かに凌いだ。もし、彼女に野心の欠片でも見られれば、暗殺か追放され、犠牲者も大変な数になったであろう。
しかし、ジョルジュにはそんな気は全くなかった。彼女が愛し、欲望するのは、ただ、戦闘のみであった。
戦いは常に勝利であった。勝利の後はいつも宴である。
その夜も、報酬を金貨で配り終え、山岳で篝火の酒盛りとなった。
山岳の夜に燃える炎は異形の面持ちを持って滾る。
神秘的であった。
人を夢幻的な気持ちにさせる。
ジョルジュはこの頃はまだ酒を飲まなかったが、獣脂滴る炙り肉をかぶりと喰らいついて齧り、引き千切り裂く。
宴が夜半を過ぎ、ほとんどがその場で雑魚寝のように眠り始めた。ジョルジュも鎧を外してマントに身を包み、うとうとして眠り始めたが、気配を感じて抜剣しながら立ち上がる。
ギ・ナカがいた。
どうやら夜這いだ。
ジョルジュは歯噛みしたが、剣を収めた。しかし、捨てゼリフは吐く、
「気に食わない」
ギ・ナカは面白がっている表情。
「やはり処女か」
「気色悪い。所詮、男ごときにはわからぬか。女と惟われることが既に超不快」
暫時睨み合っていた。緊迫の間が過ぎる。
ギ・ナカはジョルジュの双眸に凜々と熾え赫き滾る炎を認めて微笑し、
「ふふ、まあ、いいだろう。今日は」
ギ・ナカには愛妾がいた。愛人も何人かいる。
ジョルジュに背を向けると、その夜は愛人の許へ行った。英雄色を好むというが、英雄とは常人とは異なるスケールで生きているのだから、小人なみに好色と言われるような小事を気に掛ける必要はない、とも解釈できる。そういう意味で、ギ・ナカは次元の違う漢であり、凡庸な羊が嘆息して見上げる遙か天穹の彼方を疾駈するのであった。
誰もがそれを嫌悪しない。英雄の英雄たる所以であろう。
ジョルジュの耳にはその後、女の声とは思えぬ獣のような喜悦の咆哮が一晩中入ってきた。
眠れぬ夜を過ごす。
常に戦場で暮らすギ・ナカは愛妾も武人で、常に馬をならべて戦っていた。武将の娘で、名をエリアーナと云った。剛腕強力で三叉戟を以て暴れ、強きことこの上ない。
ある日、戦場で一人の将の首を争って諍いとなった。エリアーナが狙った武将の首をジョルジュが眼前で切り落とす。
「この泥棒猫が」
エリアーナが息巻く。泥棒猫、その意味するところがジョルジュには如実にわかった。三叉戟でジョルジュの喉を突かんと構えている。
「愚かな女よ、やむを得まいか」
ジョルジュも剣を構えた。
そこにギ・ナカが割って入ってくる。
「馬鹿者ども、神聖なる戦場を何と心得るか。
ここは女こどもの遊び場じゃないぞ、いい加減にせんか」
エリアーナが叫ぶ、
「しかし、殿、此奴があたしの」
そういう女を浅ましく思い、ジョルジュは、
「お前の言うとおりだ、隊長」
そう言って愛妾に背を向け、闘いに戻ろうとした。が。
「逃げるな」
三叉戟が背を狙う。
神剣『銀月の剣』が軽く弾く。戟が落ちた。
「戦場のさなかだから敢えて折らなかった。次にやれば、お前は死ぬぞ、女狐。戟を切断するだけではすまぬ。お前の頭から尻まで一刀両断する」
そう言って、龍馬を駈り、戦いの渦中に還る。
その夜であった。
独りで焚き火にあたって炙り肉を喰らうジョルジュの前に、エリアーナがあらわれ、
「来い、話がある」
「隊の中の決闘は御法度だ」
「話だけだ」
「ふ、その殺戮の眼差し、到底、話では済むまい。嫉妬とは怖しいものだ」
「他人事のように気取りおって。お前だって」
「くだらん」
ジョルジュが顔を背けるも、エリアーナは三叉戟を構え、
「ならば、ここで」
実は、このことを予測していたジョルジュはいつもと違い、敢えて周囲に人のいない場所を選んで、火を起こしていた。他の者たちは酒盛りで、一向にこの様子に気づく気配はない。
ジョルジュは射抜く眼差しで立ち上がった。
エリアーナは狡猾な笑みを浮かべ、
「お前の眼にも情念の炎が燃え上がっておるわ、気取っていても、所詮」
ジョルジュは歎息し、瞼を閉じて眼を瞑り、心を鎮め、炎を消し去った。
その瞬間だ、激しい叫びと鬨の声、怒号、大きな炎が上がった。
「敵襲? バカな」




