第十二章 英雄の死
ギ・ナカの憤死。
「南無三っ!」
ジョルジュとエリアーナは疾風のように巖を駈け、木々を抜け、急いで本隊の野営する中枢に近づく。
赤々とした炎の光が揺れているさまが、木立の狭間から見えた。
「まずい!」
森を出た。
開けた岩場に出る。火の海だ。
傭兵たちの亡骸が積み重なっている。ごつごつした大岩の上に重なり、小山をなして炎に炙られるかのように。恐らく潰滅に近い。
ジョルジュには俄かに信じがたい思いであった。
「何ということか」
明らかな奇襲だ。だが・・・
「・・・こんな、あり得ない、こんな一瞬で」
ジョルジュが歯噛みする。
「殿!」
エリアーナがギ・ナカを呼ぶ。
ジョルジュは舌打ちし、
「ち」
しかし、周囲を見渡せば、骸しか見えない。それともこの死地を脱したか。
少なくとも何人かは逃れたはずだ、そのはずだ。しかし、そうだとしても・・・こんな短時間でこれほど殺せるのか、百戦錬磨の猛者たちを。
「いや、できる。この私ならば。しかし、私同様のものがこの世にいるのか」
エリアーナはどこへ行ったのか。・・・それにしても。
「いない。敵が。
敵が見えない。いったい」
戦闘が始まったのが、せいぜい十分より前ではあるまい。もし去ったのだとしても、まだ一分も経つまい。
どういうことなのか。
そのとき、ジョルジュは感じた、轟轟たる闘気を。巖すらも、氣で砕きそうなほど、激烈な闘争の氣を。あろうことか、ジョルジュの背に寒気が走り、震えた。
「バカな、この私が恐れをなすのか」
怒りを込めて見上げる。
黒い鎧兜で武装した魁偉なシルエット、爛々と炎滾る双眼だけが漆黒にくっきり浮かぶ。炎熱が起こす風のせいか髪がゆらゆら蠢くように見えた。
恐怖、生まれて初めてそれを感じた。
その双眸の凄まじさ。
「人間か」
彼女は我が眼を疑った。
瞳孔が細い縦の亀裂であった。人間のものではない。
全く表情がない、魂まで凍てつかせるような非情性。
その血の通わぬ蛇眼の黒い巨体が跳躍する、まるで、飛翔だ。軽々と数十メートル舞い上がり、剣を振り翳すが、
「見えない、剣が」
ジョルジュが呻く。
漆黒の大剣、黒い炎、黒龍、全てが闇に溶け込んでいた。
辛うじて避ける。躱せたことが奇跡に思えた。空振りは大磐に深く刺さり、砕き裂く。
體の芯が震撼した。
勝てない。そう直感した。桁が違い過ぎる。震えた。
「エリアーナは無事か」
先ほどから姿が見えない。ギ・ナカと合流したか? そうではなかった。
よく見渡せば、ジョルジュの戦いも眼中になく、必死に、
「殿! 殿ーっ、殿は、殿っ!」
と叫び続けている。
遂にはエリアーナはギ・ナカを探すために炎に飛び込んだ。
ジョルジュは鼻尖を不満げに鳴らし、嘲りの苦笑いをした。
『くだらない女だ、恋情に眼が眩んでいる』
ジョルジュは炎に照らされて初めて敵の姿をまじまじと見た。
何という魁偉、身の丈は八フィート(5.45キュビット、約二メートル四十五センチ)、ドーベルマンのように筋肉質で獰猛な痩せ方、漆黒の鎧、大角をつけた兜。
全身から光芒する闘気は禍々しい毒素で灼熱している。ときどき怨霊の顔がちらちらと見えた。
「くそ」
どこかに勝機はないか。命懸けでそれを探った。しかし、ない。
「これまでか」
何万何十万と人を殺してきたこの躬、惨殺されようとも已むなし。そう覚悟を決めた。
その頃、ギ・ナカは憤り、悔しがって歯噛みし、
「何ということか、あのメタルハートがあらわれるとは。しかも、あれほどまでとは。あれほどまでに強いとは」
側近の武将、ガネーリャが言う、
「強い者の存在に惹かれて来ると言います。恐らくは」
ギ・ナカが眉を険しく顰めた。
「俺のせいか。
俺も超弩級の大豪傑のうちに入る。かなり強い。その自負はある。だが、メタルハートの獲物はそれ以上のはずだ。桁外れに強い者のみであると聞く。
俺程度ではあるまい。もっともっと強い奴だ。神に愛されたとしか言いようがない奴。たとえば、昨今聞く、ジャン・マータのような奴だ」
優男ながら無敵を言われた侍、ヒグラシが言う、
「しかし、この場に他に誰がいましょうか。しかし、今、それは問題ではござらん。いかに死地から出するかです」
そのとき、背後から咆哮が。
「や。あれは」
大槍のネイと大剣のチコとが同時に構える。
大弓のグヮクメウが射る。
しかし、メタルハートは簡単に弾き返す。
何も通じない。
「くそ、化け物め!」
「おい、あれは」
ガネーリャが叫び、指差す。
メタルハートは片手に何かをつかんでいた。瀕死のエリアーナであった。意識はない。
縦裂けの亀裂なる瞳孔の、爛々たる蛇眼で轟くよう大音声した。
「ギ・ナカよ、今日は已むなく、お前を殺して飢餓を満たそうぞ」
女武将のヴァンガーネが龍馬を嘶かせる。
彼女は武将であり、かつ、ギ・ナカの側室でもある。もとは主君の姫であった。
「将軍、ここはわたくしが食い止めます。どうか、逃れください。大将さえいれば、軍は滅びません。負けではありません」
走り出す。
「愚かな、おまえら女を死なせて、おめおめ生き残れるものか」
猛将ヴァンガーネが一振りで裂かれた。
怒り狂った龍のごとくギ・ナカが天翔け躍る。
「喰らえ、メタルハート!」
熾え迸り破れ牽き千切れ裂け爆ぜ砕けるかのごとく。凄絶なる血飛沫の霧、縦裂、真っ二つになって憤死した。
ジョルジュの運命は。




