第97話 残されたもの
エルム村を出て、半刻。
誰も、口を開かなかった。
足音だけが、乾いた道に響く。
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最初に喋ったのは、ライラだった。
「……生き残りは?」
「近隣の農家に避難していた」
ガイウスが答える。
「村長に確認した。死者は出ていない」
「……間に合ったのね」
メイラが、小さく息を吐く。
「今回は」
その一言に、全員が沈黙した。
「今回は」——という言葉の重さを、
誰もが分かっていた。
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道の脇に、朽ちた石碑があった。
王国の古い紋章が刻まれている。
ライラが足を止め、それを一瞥した。
「この辺、昔は栄えてたのかしらね」
「そうだな」
ガイウスが、前を向いたまま答える。
「帝国が来る前は」
「……そう」
ライラは、それ以上何も言わなかった。
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しばらく歩いて、一行は小高い丘の上に出た。
眼下に、エルム村が見える。
煙は上がっていない。
家々は、そのままそこにある。
ただ——静かだった。
「……ガイウス」
セリスが、隣に立つ。
「あの人の最後の言葉」
「聞こえてた」
ガイウスは、答えない。
「『合理的ではないな』って」
一拍。
「あれ、どういう意味だったと思う?」
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風が吹く。
草が、ざわりと揺れる。
ガイウスは、しばらく黙っていた。
「……分からない」
「皮肉かもしれない」
「あるいは——」
そこで止まる。
「あるいは?」
セリスが、促す。
「初めて、合理の外を見た、ということかもしれない」
静かな声だった。
断定ではない。
ただ——そう感じた、という言葉。
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「……あいつは、ずっとそれだけで生きてきたんだろう」
ガイウスが、続ける。
「数値。効率。最適解」
「それ以外は、全部誤差だと思っていた」
「だから——俺も誤差だった」
「告発した時も」
「汚名を着せられた時も」
「ただの——計算のズレだった」
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セリスは、何も言わなかった。
言える言葉が、なかった。
ただ——隣に立っていた。
それだけだった。
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「……でも」
ガイウスが、ぽつりと言う。
「最後に笑ったな」
「うん」
「あれは、なんだったんだろうな」
「……私には分からない」
セリスは、正直に答えた。
「でも」
一拍。
「笑えたなら——何か、見えたんじゃないかな」
「計算の外側に」
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ガイウスは、しばらくエルム村を見下ろしていた。
そして——
「……ああ」
短く、頷いた。
それだけだった。
それで——十分だった。
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「行くぞ」
ガイウスが、踵を返す。
「次の目的地は?」
ライラが地図を広げる。
「ここから南東に二日。帝国との国境に近い中継点がある」
「ガウスの情報では、そこに——」
「魔導石の輸送ルートが通っている」
セリスが引き取る。
「ガウス先生の話では、そのルートを押さえれば」
「帝国の北部補給線に、楔を打ち込める」
「……大きく出たわね」
ライラが、苦笑する。
「できるの?」
「分からない」
セリスは、はっきりと答えた。
「でも——やってみないと分からない」
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メイラが、小走りで追いついてくる。
手に、何か持っている。
「これ」
差し出したのは、小さな布袋だった。
「エルム村の村長さんから」
「受け取れない」
ガイウスが即答する。
「いいえ」
メイラは、袋を押し返した。
「受け取って、って言ってた」
「『命を守ってくれた人に、これくらいしかできないけど』って」
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ガイウスの手が、止まる。
布袋の中身は、乾燥した木の実と、小さなパン。
村人が、ぎりぎりまで切り詰めた生活の中から出した、
それだけのもの。
「……」
ガイウスは、しばらく動かなかった。
そして——受け取った。
無言で。
だが、その手は——
微かに、震えていた。
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「行こう」
セリスが言う。
「うん」
メイラが頷く。
「ええ」
ライラが地図をしまう。
ガイウスは、布袋を胸のポケットに入れた。
丁寧に。
大事に。
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一行は、丘を下り始めた。
南東へ。
次の目的地へ。
それぞれの「計算の外側」を、
少しずつ抱えながら。
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「……そういえば」
歩きながら、メイラが言う。
「ガイウスって、あの人のこと——許せた?」
唐突な問いだった。
ライラが「こら」という目を向ける。
だが、メイラは真剣な顔をしていた。
ガイウスは、少し間を置いた。
「……分からない」
「許す、という言葉が合うかどうかも分からない」
「でも」
一拍。
「終わった、とは思う」
「俺の中で」
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メイラは、頷いた。
「そっか」
「それで——いいと思う」
「許すことと、終わることは、違うから」
ガイウスは、何も言わなかった。
だが——
歩く速度が、少しだけ緩んだ。
ずっと前のめりだった背中が。
初めて——普通の速度になった。
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セリスは、その背中を見ながら思った。
(変わっていく)
人は、変わる。
ゆっくりと。
時に気づかないほど、少しずつ。
ガイウスが変わっていく。
メイラが変わっていく。
ライラも。
そして——
(私も)
右手を、見る。
今は何も光っていない。
ただの、少女の手。
だが——その内側には、確かに「何か」がある。
石室で触れたもの。
クラッセンの障壁を歪めたもの。
それが何なのか、まだ分からない。
でも。
(怖くは、ない)
不思議と。
今は——怖くない。
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「セリス、何ぼーっとしてるの」
ライラが振り返る。
「遅れてるわよ」
「ごめん、今行く」
小走りで追いつく。
「何考えてたの?」
「……色々」
「曖昧ね」
「うん」
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ライラは、小さく笑った。
「まあ——いいけど」
「ちゃんと前見て歩きなさい。この道、石が多いから」
「……分かった」
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空が、少しずつ明るくなっていた。
雲の隙間から、青が見える。
薄く、でも確かな青。
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風が、南から吹いた。
暖かくはない。
でも——北の風より、少しだけ柔らかかった。
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一行は、進み続けた。
次の場所へ。
次の戦いへ。
まだ見えない何かに向かって。
それでも——
確かに、前へ。
いつも応援ありがとうございます。
セリスの選ぶ「非合理な正しさ」と、それによって少しずつ変わり始める魔剣の関係性。書いていて私自身も、意志の力が世界にどう抗えるのかを考えさせられます。
実は、この『魔剣』とは正反対の「超合理的・現実的」な視点で歴史を再構築する物語も並行して執筆しています。
『室町ホールディングス再興録 〜過労死コンサル、足利義昭に転生す〜』
https://ncode.syosetu.com/n6067lz/
こちらは『魔剣』とは打って変わって、現代のビジネス知識で戦国の世を「ホワイト化」しようと奮闘するコメディ寄りの戦記です。
「意志」で戦うセリスと、「知略とシステム」で戦う義昭。
アプローチは真逆ですが、「理不尽な運命をどう塗り替えるか」という根底のテーマは共通しています。
もしよろしければ、息抜きがてら覗いていただけると嬉しいです。あちらの信長も、なかなかに「非合理」な男ですよ。




