表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【毎日更新!】魔剣に選ばれた王女 〜亡国から始まる反逆の戦記〜  作者: 筑紫隼人
第四章「真実の欠片」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

97/166

第96話 計算の外側

北の空が、重く垂れ込めていた。


 


雲の色は、鉄のように灰色だ。


 


まるで——


この戦いの結末を、すでに知っているかのように。


 



 


「排除対象、確定」


 


クラッセンの声は、変わらず静かだった。


 


血が滲む肩口を、一瞥もせず。


 


「感情値の高い個体は、予測誤差が大きい」


 


「だが——」


 


眼鏡の奥の瞳が、細くなる。


 


「誤差は、修正できる」


 



 


次の瞬間。


 


クラッセンの周囲に、青白い光が走った。


 


幾何学的な紋様が、空中に展開される。


 


六角形。


八角形。


 


さらにその外側へ——


無限に広がる、数式の網。


 


「魔導演算障壁——『ラプラスの盾』」


 


ライラが、息を呑む。


 


「……アルベルトと同系統の術式」


 


「帝国の執行官は、全員これを使えるの?」


 


「違う」


 


ガイウスが、低く答える。


 


「あいつが、開発者だ」


 



 


セリスは、その障壁を見つめた。


 


青白い光の奥。


 


絶えず流れ続ける数式。


 


(……全部、計算されてる)


 


攻撃の速度。


軌道。


魔法の出力。


 


それらすべてが処理され——


 


「無意味になる」


 


思わず、口に出ていた。


 


クラッセンが、わずかに頷く。


 


「理解が早い」


 


「では——試してみますか」


 



 


ライラが動いた。


 


三本のナイフを、異なる角度から同時に投擲する。


 


上。


横。


足元。


 


三方向同時。


 


だが——


 


ナイフはすべて、障壁の手前で軌道を歪められ、地面に落ちた。


 


「入力済みです」


 


「あなたの癖は、初撃から読んでいる」


 



 


メイラが詠唱を始める。


 


だが——三節目で止まった。


 


「——詠唱パターンを遮断しました」


 


「魔法回路に干渉しています」


 


メイラの手が、震える。


 


「……魔力を、引っ張られてる」


 


「消耗させるつもりね」


 


セリスが言う。


 


「戦わずに、削る」


 


「その通りです」


 


クラッセンは淡々と応じた。


 


「最も効率的な勝利は——戦わずして相手の戦力をゼロにすること」


 


一拍。


 


「孫子の兵法ですよ。古典ですが、有効だ」


 



 


ガイウスが、静かに剣を構えた。


 


だが——動かない。


 


セリスは、その横顔を見る。


 


(……考えてる)


 


怒りの中で。


 


それでも、思考を止めていない。


 


(変わった)


 


以前なら、もう突っ込んでいた。


 


「……セリス」


 


低い声。


 


「あの障壁、中心点がある」


 


「どこ?」


 


「胸の前——あの演算装置だ」


 



 


クラッセンの胸元。


 


薄い金属板——魔導演算端末。


 


あれが、すべてを処理している。


 


「壊せば——」


 


「終わる」


 


「だが」


 


ガイウスの目が鋭くなる。


 


「あいつは正面からの攻撃をすべて読む」


 


「動けば動くほど、データが蓄積される」


 


「……つまり」


 


セリスが、言葉を継ぐ。


 


「読めないものを、ぶつける」


 



 


沈黙。


 


ライラが、小さく笑う。


 


「言うのは簡単ね」


 


「で、どうやるの?」


 



 


セリスは、自分の右手を見た。


 


あの力。


 


空間を歪める、理解不能の力。


 


(説明できない)


 


だから——


 


(計算できない)


 


数式にできないものは、予測できない。


 


予測できないものは——


 


「防げない」


 



 


「ガイウス」


 


「私が隙を作る」


 


「その瞬間、踏み込んで」


 


一秒。


 


ほんのわずかな間。


 


そして——


 


「……分かった」


 


ガイウスは、頷いた。


 



 


「興味深い」


 


クラッセンが、静かに言う。


 


「何かを企んでいますね」


 


「入力値を増やしましょう」


 


障壁が、脈動する。


 


演算速度が上がる。


 


「次の行動は、すでに処理中です」


 


「どうぞ——動いてください」


 


「すべて、私の計算の中です」


 



 


セリスは、一歩踏み出した。


 


ゆっくりと。


 


意図の読めない動き。


 


「右から来ますね」


 


クラッセンが呟く。


 


「……いや、正面か」


 



 


その瞬間。


 


セリスは——止まった。


 


完全に。


 


ただ、そこに立つ。


 


「……?」


 


クラッセンの演算が、わずかに揺らぐ。


 



 


(今じゃない)


 


意識を、内側へ。


 


ノイエ。


 


あの力。


 


あの時は——壊した。


 


だが、今は違う。


 


(歪める)


 


一点だけ。


 


ほんのわずか。


 


演算端末の周囲——


空間そのものを。


 



 


右手が、疼く。


 


赤い光が、滲む。


 


だが——


 


(制御できる)


 


飲まれない。


 


「これは……」


 


クラッセンの声に、初めて揺らぎが混じる。


 


「演算外の入力……?」


 



 


障壁の一点が、歪んだ。


 


数式の網に——穴が開く。


 


ほんの一瞬。


 


一センチにも満たない、裂け目。


 


だが——


 


「今だッ!!」


 


ガイウスが、地を蹴る。


 


最短距離。


 


全力。


 



 


「——計算通りだ」


 


クラッセンが呟く。


 


障壁が、剣を受け止めようとする。


 


だが——


 


(そこだけ、歪んでいる)


 


軌道が、わずかに変わる。


 


クラッセンの反応が、コンマ一秒遅れる。


 


それだけで——


 


十分だった。


 



 


鈍い音。


 


魔導演算端末に、剣の柄が叩き込まれる。


 


金属が割れる。


 


光が散る。


 


障壁が——消えた。


 



 


静寂。


 


クラッセンは、自らの胸元を見下ろした。


 


砕けた端末。


 


途切れた演算。


 


「……なるほど」


 


低く、呟く。


 


「単純な発想だ」


 


「だが——実行には、“穴”が必要だった」


 


顔を上げる。


 


「その力は、計算できなかった」


 



 


ガイウスが、剣を突きつける。


 


「終わりだ、クラッセン」


 


クラッセンは、抵抗しない。


 


ただ、静かに問う。


 


「一つだけ」


 


「なぜ——命令に従わなかった?」


 



 


ガイウスは、間を置いた。


 


「目の前に、人がいた」


 


「それだけだ」


 



 


クラッセンは、その答えを受け止める。


 


そして——


 


わずかに、笑った。


 


初めて見せる表情。


 


「……合理的ではないな」


 


 


それが、最後だった。


 



 


クラッセンの体が、崩れる。


 


ガイウスは、剣を収めた。


 


何も言わない。


 


ただ——立っている。


 



 


セリスは、その隣に立った。


 


「……終わった?」


 


「ああ」


 


短い答え。


 


風が、通り抜ける。


 


乾いた、北の風。


 



 


「……計算、外れたね」


 


セリスが、小さく言う。


 


ガイウスは答えない。


 


だが——


 


握りしめていた拳が、ゆっくりと開いた。


 



 


空の色が、わずかに変わる。


 


雲の隙間から、光が差す。


 


「……行くか」


 


ガイウスが、北を見る。


 


「まだ、先がある」


 


「うん」


 


セリスは頷いた。


 


「まだ、先がある」


 



 


一行は、エルム村を後にした。


 


北へ。


 


見えない何かへ向かって。


 


それぞれの「計算の外側」を抱えたまま。

いつも応援ありがとうございます。

セリスの選ぶ「非合理な正しさ」と、それによって少しずつ変わり始める魔剣の関係性。書いていて私自身も、意志の力が世界にどう抗えるのかを考えさせられます。

実は、この『魔剣』とは正反対の「超合理的・現実的」な視点で歴史を再構築する物語も並行して執筆しています。


『室町ホールディングス再興録 〜過労死コンサル、足利義昭に転生す〜』

https://ncode.syosetu.com/n6067lz/


こちらは『魔剣』とは打って変わって、現代のビジネス知識で戦国の世を「ホワイト化」しようと奮闘するコメディ寄りの戦記です。

「意志」で戦うセリスと、「知略とシステム」で戦う義昭。

アプローチは真逆ですが、「理不尽な運命をどう塗り替えるか」という根底のテーマは共通しています。

もしよろしければ、息抜きがてら覗いていただけると嬉しいです。あちらの信長も、なかなかに「非合理」な男ですよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【開始12時間で100PV突破の注目の新作!】意志を持つ禁忌の魔剣は、彼女を守る剣か、それとも彼女を喰らう器か? 復讐に燃える王女が世界の真実を斬り拓く、本格ダーク戦記。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ