第93話 試金石の祭壇
報告書を送った翌々日の朝——それは届いた。
宿の窓を叩いたのは、公爵家が秘匿する高速通信用の魔導鳥。その脚に括り付けられた細い筒には、ヴェストファーレン公の直筆による返信が収められていた。
「……早すぎる」
メイラが、わずかに震える手で封を切る。
セリス、ライラ、ガイウスの三人が、それを囲むように覗き込んだ。
書状の内容は、驚くほど簡潔で——そして、温かかった。
『帝都での依頼完遂、大儀であった。不審な接触についても、お前の機転で大事に至らなかったようで何よりだ。お前の判断と報告を、私は全面的に信頼している』
「……気持ち悪いわね」
ライラが腕を擦りながら吐き捨てる。
「私たちの“嘘”を、そのまま飲み込んだふりをしてる。……いいえ、飲み込んだからこそ、吐き出させようとしてるんだわ」
セリスは黙って続きを読む。
そして——本題は、その先にあった。
『報告にある通り、帝都の警戒が増しているならば、こちらも予定を早める必要がある。王国内北西の渓谷にある「静寂の石室」へ向かえ。そこには帝国の魔導回路を無力化するための古い「共鳴石」が眠っている』
一拍。
『お前の報告通り、接触者が「単独」で「影響不明」であるならば、お前たちだけで十分に回収可能と判断した。期待しているぞ、セリス』
空気が凍りつく。
「……ハメられたな」
ガイウスが低く唸る。
「俺たちが“単独で、影響はない”と報告したことを、そのまま根拠にされた。もし違っていても——公爵は“お前の報告を信じただけだ”で通せる」
「つまり……」
メイラが言葉を継ぐ。
「私たちの隠し事を、“安全の証明”に変えられたってことね」
セリスは、書状を握りしめた。
「……行くしかない」
視線を上げる。
「ここで拒めば、報告が嘘だったと認めることになる。……試されてるのよ」
「何を隠したのか、じゃない」
「“どこまで隠せるか”を」
誰も反論しなかった。
それが、答えだった。
――――――――――
二日後。
一行は霧に包まれた北西の渓谷、その最奥に立っていた。
岩壁に穿たれた入口——「静寂の石室」。
古い時代の魔導遺構。
かつて、ルシファーの断片を封じる中継点として築かれた場所だと伝えられている。
内部は異様なほど静かだった。
足音すら、吸い込まれるように消える。
そして——最奥。
そこに、それはあった。
高さ三メートルに及ぶ巨大な水晶柱。
淡く脈動する光。
あれが、「共鳴石」。
だが——
「……あれ、見て」
メイラが指差す。
水晶柱の周囲に、無数の光点が浮かんでいた。
よく見れば、それはすべて“針”。
細く鋭い魔導針が、空中に静止し、すべて中心へと向けられている。
微かなハミング音。
嫌な予感しかしない。
「『拒絶の天秤』……」
ライラの顔色が変わる。
「古い防衛機構よ。侵入者の魔力の“質”を測って、不純と判断したら——」
「排除、か」
ガイウスが短く言う。
「ええ。魔法障壁をすり抜けて、肉体だけを正確に貫く。……今の術式じゃ、防げない」
沈黙。
セリスの心臓が、強く打つ。
(不純な力)
それは——自分だ。
ノイエ。
内側にある、あの力。
報告しなかったもの。
見せたくなかったもの。
だが。
「……私が行く」
「セリス!」
ガイウスが制止する。
だが、セリスは首を振った。
「公爵が見たいのは、これよ」
一歩、前に出る。
「“私がどう切り抜けるか”」
ライラが歯を食いしばる。
「普通の方法じゃ無理よ。分かってるでしょ」
「うん」
セリスは、静かに答えた。
「だから——普通じゃない方法を使う」
空気が張り詰める。
そして。
セリスが踏み出した、その瞬間。
世界が変わった。
浮遊していた魔導針が、一斉に赤く発光する。
『不純物、検知』
無機質な声。
『排除を開始します』
次の瞬間——
数千の針が、雨のように降り注いだ。
(……来る)
セリスは、目を閉じる。
(ノイエ)
呼ぶ。
応える声。
『——了解しました』
冷たい、だが確かな響き。
そして——
空間が、歪む。
セリスの周囲だけが、異質にねじ曲がる。
降り注ぐ針が、その領域に触れた瞬間——
音もなく、砕けた。
貫くはずの機構が、機能しない。
透過するはずの術式が、成立しない。
まるで、存在そのものを否定されたかのように。
針はすべて、粉塵となって消えた。
光の粒が舞う中。
セリスは、ただ歩く。
何もないかのように。
だが、その右手は——
どす黒い赤の光を帯び、血管が浮き上がっていた。
異質。
明らかに、人ではない。
それでも。
止まらない。
水晶柱の前へ。
手を伸ばす。
「……取ったわよ、閣下」
共鳴石に触れる。
冷たい感触。
確かな重み。
それを、掴み取る。
――――――――――
夜。
石室から離れた野営地。
焚き火が、小さく揺れている。
セリスの右手は、まだ震えていた。
「……見たわね」
ぽつりと、言う。
三人を見る。
「これが、私が報告しなかった力」
一拍。
「……化け物の力よ」
沈黙。
ライラは言葉を失い、ただ睨むように見つめている。
メイラは、悲しげに目を伏せた。
理解しているからこそ、何も言えない。
そして——
ガイウスだけが、動いた。
セリスの隣に座り、その肩に手を置く。
大きく、温かい手。
「……公爵は知ってたな」
低い声。
「お前が何を持ってるか。何を使うか」
一拍。
「だから、報告じゃなく——行動で証明させた」
セリスは、共鳴石を握りしめる。
「これが目的じゃないのね」
「ああ」
ガイウスは頷く。
「この石より、お前の方が価値がある」
言い切る。
「少なくとも、あの男にとってはな」
沈黙。
火が、揺れる。
セリスは空を見上げた。
月が、やけに明るい。
(……それでも)
胸の奥で、何かが揺れる。
(私は、選ぶ)
人であることを。
それとも——
それ以外を。
まだ、決まっていない。
だが。
決めるのは、自分だ。
たとえ——その選択が、自分を人から遠ざけるとしても。
世界は、皮肉なほど鮮明だった。
それが呪いなのか、祝福なのか。
セリスには、まだ分からない。
いつも応援ありがとうございます。
セリスの選ぶ「非合理な正しさ」と、それによって少しずつ変わり始める魔剣の関係性。書いていて私自身も、意志の力が世界にどう抗えるのかを考えさせられます。
実は、この『魔剣』とは正反対の「超合理的・現実的」な視点で歴史を再構築する物語も並行して執筆しています。
『室町ホールディングス再興録 〜過労死コンサル、足利義昭に転生す〜』
https://ncode.syosetu.com/n6067lz/
こちらは『魔剣』とは打って変わって、現代のビジネス知識で戦国の世を「ホワイト化」しようと奮闘するコメディ寄りの戦記です。
「意志」で戦うセリスと、「知略とシステム」で戦う義昭。
アプローチは真逆ですが、「理不尽な運命をどう塗り替えるか」という根底のテーマは共通しています。
もしよろしければ、息抜きがてら覗いていただけると嬉しいです。あちらの信長も、なかなかに「非合理」な男ですよ。




