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【毎日更新!】魔剣に選ばれた王女 〜亡国から始まる反逆の戦記〜  作者: 筑紫隼人
第四章「真実の欠片」

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第85話 決意の再出発

夜は深まっていた。


嘆きの渓谷に降る雨は、塔の石壁を静かに叩き続けている。


誰も、すぐには口を開けなかった。


焚き火の残り火が、かすかに赤く明滅するだけの沈黙。


——その沈黙を破ったのは、メイラだった。


「……そんなの、間違ってます」


震える声だった。


だが、その言葉には確かな怒りがあった。


「ルシファーを封印して……その力を搾り取って……それで成り立ってる文明なんて……そんなの……!」


言葉が続かない。


メイラは拳を握りしめ、俯いた。


ライラが、静かに息を吐く。


「でも、それが“現実”よ」


冷たい言葉だった。


だが、その瞳はわずかに揺れている。


「正義かどうかなんて関係ない。帝国はそれで栄えてる。人々はそれで生きてる。……止めたらどうなるか、分かるでしょ?」


「……っ」


メイラは言い返せなかった。


ガウス教授が、乾いた笑みを浮かべる。


「そういうことだ。お嬢さん。これは善悪の話ではない。“構造”の話だ」


壁に描かれた数式を、震える指でなぞる。


「封印は均衡だ。神と悪魔、その拮抗の上にこの世界は成り立っている。どちらかが崩れれば——世界そのものが歪む」


セリスは、じっとその言葉を聞いていた。


(……均衡)


(じゃあ私は……その均衡を壊す存在……?)


無意識に、右手が震える。


それを——


ガイウスの手が、そっと押さえた。


「考えすぎるな」


低い声。


だが、不思議と重みがある。


「世界がどうなろうと関係ない……とは言わん。だがな」


一拍置く。


「それでも選ぶのは、お前だ」


セリスは顔を上げた。


ガイウスは続ける。


「神に従うか、悪魔に呑まれるか——そんな二択をそのまま受け入れる必要はない」


「……第三の道があるって言うの?」


ライラが問い返す。


ガイウスはわずかに笑った。


「無ければ、作るだけだ」


その言葉に——


ガウス教授が、ぴくりと反応した。


「……理論上は、不可能ではない」


「教授?」


セリスが振り向く。


ガウスはゆっくりと立ち上がり、奥の棚から一枚の古い図面を取り出した。


そこには、複雑な魔導回路と——


八つに分割された“何か”を繋ぐ構造が描かれていた。


「ルシファーの魂は八つに分断されている。それぞれが“機能”を持つ断片だ」


「……機能?」


「破壊、再生、観測、干渉……そして“切断”」


ガウスの視線が、ノイエ・ジールに落ちる。


「君の剣は、その一つ。“切断”の核だ」


セリスは息を呑んだ。


「もし——」


ガウスは続ける。


「他の断片に干渉できれば、封印の“形”そのものを書き換えることができる可能性がある」


「……つまり?」


メイラが恐る恐る聞く。


「ルシファーを完全に解放するでもなく、神の支配を維持するでもない——第三の均衡を作る」


塔の中の空気が変わった。


「そんなこと……本当にできるの?」


セリスの声は、かすかに震えていた。


ガウスは静かに答えた。


「分からん。だが——」


真っ直ぐに、セリスを見る。


「それが唯一、“君が人間のままでいられる可能性”だ」


——沈黙。


雨音だけが響く。


やがて。


セリスは、ゆっくりと剣に手を置いた。


(……ノイエ)


『……はい』


(私は——)


一瞬、言葉が詰まる。


だが。


「私は、選ぶ」


顔を上げる。


その瞳には、迷いが残っていた。


それでも——


確かな意思があった。


「神にも、悪魔にもならない」


誰に言うでもなく。


それでも、全員に届く声で。


「私は、私のままで戦う」


ノイエ・ジールが、かすかに赤く光る。


『……了解しました』


その声は、どこか静かだった。


まるで——


少しだけ、嬉しそうに。


ガイウスが、小さく息を吐く。


「……決まりだな」


ライラは肩をすくめた。


「面倒な道を選んだわね」


だが、その口元には微かな笑み。


メイラは、強く頷いた。


「……一緒に行きます」


ガウスは椅子に座り直し、疲れたように言った。


「ならば、次に向かうべき場所は一つだ」


「どこですか」


セリスが問う。


「ヴァレン王国」


その名が、重く落ちる。


「かつて“観測”の断片が封じられた地。今は王国の王立機関が管理している」


「王国が……?」


「帝国ほどではないが、あちらも事情を知っている可能性が高い」


ガイウスが腕を組む。


「簡単には入れんな」


「当然だ。加えて——」


ガウスは窓の外を見る。


暗闇の向こう。


「君たちは既に、帝国にとって“最優先排除対象”だろう」


まるで、それを証明するように——


遠くで、雷が落ちた。


轟音が渓谷に反響する。


「……来るわね」


ライラが呟く。


「ええ。確実に」


ガイウスが立ち上がる。


「長居は無用だ。夜明け前に出る」


セリスも立ち上がった。


胸の奥には、まだ恐怖が残っている。


だが、それ以上に——


進むしかないという確信があった。


(復讐だけじゃない)


(これは——世界の話だ)


雨は、止まない。


だが。


夜は、必ず明ける。


「行こう」


セリスの言葉に、全員が頷いた。


嘆きの渓谷を後にし——


彼らは、新たな戦場へと向かう。


ヴァレン王国。


その先に待つのは、


真実か、裏切りか。


それとも——


さらなる“深淵”か。


赤い光が、一瞬だけ闇を裂いた。

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