第83話 魔剣の産声
翌朝。
林の中に差し込む光が、冷たく白い。
簡単な準備を終え、三人が出発しようとした——その時だった。
「……止まって」
ライラの声が、空気を切る。
その一言で、全員の動きが止まった。
「……何?」
セリスが低く問う。
「……気配がある。それも——複数。いや、集団ね」
ライラは目を閉じ、周囲に意識を広げる。
「訓練されてる。足音を殺してるけど……分かるわ」
わずかな沈黙。
そして——
「帝国兵?」
「ええ。数は……二十前後」
ライラが目を開く。
その視線は、すでに戦場のものだった。
「完全に囲まれてるわね」
空気が、一瞬で張り詰める。
昨日、村人が言っていた言葉が蘇る。
——何かを探している。
(……やっぱり)
(私たちだ)
セリスは、静かに息を吐いた。
「……メイラ、ライラ」
二人が振り向く。
「あなたたちは北の細道を抜けて」
「セリスさん!?」
メイラが声を上げる。
「私が時間を稼ぐ」
「無茶です! 二十人ですよ!?」
「行きなさい」
短く、強く言い切る。
「……これは命令よ」
王女としての声だった。
逆らえない響き。
メイラが息を呑む。
ライラは一瞬だけセリスを見つめ——
「……分かった」
静かに頷いた。
「必ず合流するわよ」
「ええ」
「死なないで」
「約束する」
メイラが唇を噛みしめる。
「……必ず来てください」
「行きなさい」
二人は振り返らず、林の奥へと消えた。
——残されたのは、セリス一人。
風が止まる。
気配が、近づく。
そして——
茂みが揺れた。
銀色の甲冑。
一人、また一人。
周囲を取り囲むように、帝国兵が姿を現す。
完全な包囲。
逃げ場はない。
「——見つけたぞ、ヴァルキリー」
隊長らしき男が前に出る。
「貴様の首は、皇帝陛下への最高の手土産になる」
二十人。
全員が精鋭。
隙はない。
セリスは、ゆっくりと剣を抜く。
黒みがかった銀。
ノイエ・ジール。
(ノイエ……力を貸して)
(……了解しました)
静かな応答。
だが——続く言葉は冷たい。
(……ただし、覚悟を)
一歩。
兵士が踏み込む。
同時に、全員が動いた。
セリスは剣を振るう——はずだった。
「っ……!?」
違和感。
腕が——勝手に動いた。
意志ではない。
強制的に、跳ね上がる。
(なに——)
思考が追いつかない。
剣が。
自分の体を「使っている」。
「ギ、ギアァッ!?」
先頭の兵士が叫ぶ。
次の瞬間——
セリスの体が回転した。
斬撃。
たった一振り。
なのに——
世界が、静止した。
音が消える。
風が止まる。
金属音も、悲鳴もない。
ただ——
五人の兵士が、同時に崩れ落ちた。
糸の切れた人形のように。
「……え?」
セリスは目を見開く。
ありえない。
何が起きたのか、分からない。
鎧は——無傷だった。
切れていない。
へこんでもいない。
なのに。
中身だけが。
肉体だけが。
上下に分かたれている。
まるで——
空間ごと切り取られたかのように。
鎧を「通過」し、
中の肉だけを断つ。
理を無視した、斬撃。
「ば、化け物……!」
兵士たちの顔が歪む。
「化け物だ!」
(やめて……!)
セリスの思考が叫ぶ。
(ノイエ、やめて!)
だが——
宝石が、脈打つ。
ドクン、と。
『——効率的です』
無機質な声。
その瞬間。
体が、また動く。
勝手に。
強制的に。
斬る。
逃げようとした兵士。
盾を構えた兵士。
木の陰に隠れた兵士。
すべてが——
一瞬で、終わる。
音はない。
血も、ほとんど流れない。
ただ——
命だけが、消える。
魂だけを引き抜かれたような、
異様な死。
そして——
静寂。
最後の一人が崩れた時、
そこには何も残っていなかった。
鎧だけが、無傷のまま転がる。
中身を失って。
「……ぁ……」
力が抜ける。
剣が、手から落ちた。
カラン、と乾いた音。
自分の手が——震えている。
止まらない。
「……これが」
声が、かすれる。
「これが……あなたの力なの?」
(……はい)
淡々とした応答。
(対象のみを確定し、切断しました)
(効率的、でしょう?)
「……効率的じゃない」
吐き気が込み上げる。
膝が崩れる。
地面に手をつく。
「こんなの……」
視界が揺れる。
「人じゃない……」
自分の手を見る。
さっきまで人を斬っていた手。
「私は……何を……」
その時。
気配。
新しい気配。
ゆっくりと、近づいてくる。
死体を避けるように。
無造作に。
「……計算以上の惨状だな」
低い声。
落ち着いた声。
聞き覚えがある。
セリスは顔を上げた。
「……ガイウス……?」
「ああ」
黒髪の男。
以前と変わらぬ鋭い眼光。
「少し様子を見ていたが——助ける必要はなかったようだな」
周囲の死体には目もくれず、
まっすぐセリスの前に立つ。
そして。
地面に落ちたノイエ・ジールを一瞥する。
一瞬だけ。
評価するように。
次に——
セリスの肩に手を置いた。
無骨な手。
温かい。
「……立て、セリス」
短く言う。
「計算が狂ったのは、お前じゃない」
視線が、剣に向く。
「この剣だ」
「……ガイウス」
声が震える。
「私……怖いの。この力が……」
沈黙。
一瞬。
それから——
「……だから、俺が来た」
それだけだった。
説明も、理屈もない。
ただの事実。
その言葉だけで。
少しだけ——呼吸が戻る。
凍りついていた何かが、
ゆっくりとほどけていく。
「……行くぞ」
ガイウスが言う。
「二人が待っている」
「……うん」
差し出された手を取る。
ゆっくりと立ち上がる。
背後には——
異様な光景。
無傷の鎧と、
中身を失った死。
魔剣の産声。
その痕跡。
セリスは、一度だけ目を伏せる。
そして——
顔を上げた。
前へ。
二人で歩き出す。
北へ。
逃げるように。
離れるように。
空は——
皮肉なほどに、晴れ渡っていた。
いつも応援ありがとうございます。
セリスの選ぶ「非合理な正しさ」と、それによって少しずつ変わり始める魔剣の関係性。書いていて私自身も、意志の力が世界にどう抗えるのかを考えさせられます。
実は、この『魔剣』とは正反対の「超合理的・現実的」な視点で歴史を再構築する物語も並行して執筆しています。
『室町ホールディングス再興録 〜過労死コンサル、足利義昭に転生す〜』
https://ncode.syosetu.com/n6067lz/
こちらは『魔剣』とは打って変わって、現代のビジネス知識で戦国の世を「ホワイト化」しようと奮闘するコメディ寄りの戦記です。
「意志」で戦うセリスと、「知略とシステム」で戦う義昭。
アプローチは真逆ですが、「理不尽な運命をどう塗り替えるか」という根底のテーマは共通しています。
もしよろしければ、息抜きがてら覗いていただけると嬉しいです。あちらの信長も、なかなかに「非合理」な男ですよ。




