第82話 帝都の外へ
帝都を出た。
巨大な城門を抜ける。
石のアーチが、ゆっくりと背後に遠ざかる。
足音が、やけに響いた。
——振り返らない。
振り返ったら。
きっと——止まる。
止まったら、戻る。
戻ったら——終わる。
「……大丈夫ですか」
メイラの声。
「大丈夫」
短く答える。
「……顔が」
「大丈夫」
それ以上は言わせない。
「……はい」
踏み込まない。
優しさだった。
「行くわよ」
ライラが言う。
「次の拠点まで——二日」
「分かった」
三人で街道へ出る。
歩き出す。
帝都の魔導灯が、背後で小さくなっていく。
一つ、また一つ。
光が消えていく。
まるで——何かを手放していくみたいに。
(……レナさん)
名前を呼ぶ。
声には出さない。
(手紙——読んでくれたかな)
返事は、もう来ない。
(怒っているかな)
あの人なら——
少し怒って、少し呆れて。
でも。
(……笑ってくれていたらいい)
そう思ってしまう。
胸の奥が、じんわりと痛む。
温かくて、苦しい。
それでも——嫌じゃない。
宝石が、かすかに光る。
(ノイエ)
(……はい)
(……前を向いて)
(……分かっています)
(……止まらないで)
(……はい)
足が前に出る。
一歩。
また一歩。
帝都が——遠ざかる。
でも。
完全には、離れない。
記憶の中で、まだ近い。
——
街道は静かだった。
人影はまばらで、風の音がよく通る。
「……妙に静かね」
ライラが言う。
「そうですね」
メイラが周囲を見回す。
「帝都の近くとは思えません」
「人が減ってるのよ」
「……避けてる、ということですか?」
「かもね」
短いやり取り。
セリスは、少し遅れて歩いていた。
「……セリス」
ライラが振り返る。
「遅れてるわよ」
「……うん」
足を速める。
「体調は?」
「大丈夫」
「ならいい」
それ以上は聞かない。
ライラは前を向く。
——
昼過ぎ。
小さな村に立ち寄る。
食料を補充する。
「旅の方ですか」
店主が声をかける。
「ええ」
ライラが応じる。
「どちらへ?」
「南へ」
「……気をつけてください」
声が落ちる。
「最近、兵が増えてて」
空気が、変わる。
「……どの辺りで?」
「この先も。巡回が多いんです」
「……理由は?」
「分かりません。ただ……何かを探してるような」
(ノイエ)
(……追跡の可能性)
(……高いです)
「……そう」
ライラが短く答える。
「情報、ありがとう」
「お気をつけて」
村を出る。
「……急ぐわよ」
「はい」
三人の歩みが速くなる。
空が曇る。
風が少し冷たくなる。
——
夕方。
林の中で野営する。
火を起こす。
メイラが食事を用意する。
簡素なスープの匂いが広がる。
「……落ち着きますね」
メイラが言う。
「火はいいものよ」
ライラが答える。
「見てると、余計なこと考えなくて済む」
「……確かに」
二人の会話が続く。
セリスは、少し離れて座っていた。
火を見つめる。
揺れる光。
その中に——思い出が重なる。
無意識に、ポケットに触れる。
紙の感触。
写真。
取り出す。
火の光にかざす。
二人で写った、一枚。
少しだけ近い距離。
触れそうな距離。
そして——
その背後。
うっすらと浮かぶ、光。
羽のような輪郭。
「……」
見間違いじゃない。
何度見ても、そこにある。
(……やっぱり)
(あの人は)
(ただの人じゃない)
でも。
それでもいい。
(……それでも)
会いたい。
それだけは、変わらない。
写真を、胸に当てる。
ぎゅっと。
宝石が、応えるように光る。
(ノイエ)
(……はい)
(……また、会えると思う?)
沈黙。
火の音だけが続く。
そして——
(……あなたが望む限り)
(……可能性は消えません)
静かな答え。
でも、確かなもの。
「……そう」
小さく呟く。
顔を上げる。
暗い森の奥。
見えない先。
「……会う」
言葉にする。
願いじゃない。
決意。
「……セリス?」
メイラの声。
「何か言いました?」
「……ううん」
首を振る。
まだ言わない。
これは——自分だけのものだから。
火が、ぱちりと音を立てる。
夜が深くなる。
帝都は、もう見えない。
それでも。
確かに繋がっている。
距離では切れないものが。
だから——
歩ける。
前へ。
いつも応援ありがとうございます。
セリスの選ぶ「非合理な正しさ」と、それによって少しずつ変わり始める魔剣の関係性。書いていて私自身も、意志の力が世界にどう抗えるのかを考えさせられます。
実は、この『魔剣』とは正反対の「超合理的・現実的」な視点で歴史を再構築する物語も並行して執筆しています。
『室町ホールディングス再興録 〜過労死コンサル、足利義昭に転生す〜』
https://ncode.syosetu.com/n6067lz/
こちらは『魔剣』とは打って変わって、現代のビジネス知識で戦国の世を「ホワイト化」しようと奮闘するコメディ寄りの戦記です。
「意志」で戦うセリスと、「知略とシステム」で戦う義昭。
アプローチは真逆ですが、「理不尽な運命をどう塗り替えるか」という根底のテーマは共通しています。
もしよろしければ、息抜きがてら覗いていただけると嬉しいです。あちらの信長も、なかなかに「非合理」な男ですよ。




