第80話 バール教大聖堂
翌朝。
「……少し、出かけてもいいですか」
セリスが言う。
「どこへ?」
「……バール教の大聖堂へ」
レナが、少し止まる。
「……なぜ?」
「……興味があって」
「そう」
レナが「気をつけてね」と言う。
「……はい」
「帝都の中枢に近い場所だから」
レナが、真剣な顔で言う。
「……目立つことはしないで」
「……はい」
「何かあれば——」
「お姉ちゃんに任せなさい」
「……そうよ」
レナが、少し笑う。
「行ってらっしゃい」
——
帝都の北区に——大聖堂があった。
バール教の聖地にメイラ、ライラと3人で合流した。
黄金の尖塔が、空に伸びている。
「……大きいですね」
メイラが言う。
「そうね」
「こんなに大きな建物、見たことないです」
ライラが「帝国の国教だから」と言う。
「参拝客に混じれば——問題ない」
三人で、聖堂に入る。
——
高い天井。
光が、差し込んでいる。
祭壇に——バールの像が立っていた。
太陽を持つ、神の像。
「……大きい」
メイラが言う。
セリスが、祭壇を見る。
(……バール)
(この神の名において——帝国は動いている)
(この神の名において——エルデンは、滅んだ)
宝石が——低く鳴る。
(ノイエ)
(……この場所は)
(何か感じる?)
宝石が、ゆっくりと動く。
(……はい)
(……何かが、あります)
(何が?)
(……まだ、分かりません)
(でも——)
宝石が、一度だけ強く光る。
(……この神は)
(本物です)
セリスが——止まる。
(本物?)
(どういう意味?)
(……ただの宗教ではない)
(実在する——何かが、ここにある)
——
その時。
聖堂の奥から——人が来た。
白い法衣。
白髪の老人。
穏やかな顔立ちだった。
「参拝ですか?」
「……はい」
老人が、セリスを見る。
一瞬だけ——その目が、止まった。
「……良ければ、奥をご案内しましょう」
「……いいんですか」
「一般の方には見せていない場所がありますが——あなたには、見てもらいたい」
ライラが「怪しい」と小声で言う。
セリスが「……行きます」と言う。
「セリスさん」
「大丈夫」
(ノイエ)
(この人は?)
宝石が——静かに動く。
(……敵ではない)
(でも——普通の人間でもない)
老人が「こちらへ」と言う。
——
奥の部屋。
壁に——古い絵が描かれていた。
神と魔神の戦いを描いた絵。
白い光の存在と——七つの影。
「……これは?」
「バール教の起源を描いた絵です」
老人が言う。
「神バールが——七魔神を封じた記録」
「七魔神」
「はい」
老人が、絵を見る。
「かつて——七つの魔神が、この世界を支配しようとした」
「……神が、封じた?」
「そう伝えられています」
老人が、セリスを見る。
「ただし」
「……ただし?」
「私は——その伝承を、信じていない」
セリスが「……どういう意味ですか」と言う。
「封じたのは——神ではない」
「……では、誰が」
老人が「……あなたは」と言う。
「ヴァルキリーですね」
セリスが——止まる。
「……なぜ、そう思うんですか」
「目を見れば——分かります」
「……」
「ヴァルキリーを——ずっと、待っていた」
老人が、絵を見る。
「七魔神を封じたのは——ヴァルキリーです」
「……神ではなく」
「神は——関係ない」
「……どういう意味ですか」
老人が「……あなたは」と言う。
「まだ、神の本質を知らない」
「……教えてください」
「今は——まだ早い」
老人が、セリスを見る。
「ただ——一つだけ」
「はい」
「あなたが持っている剣」
「……はい」
「その剣の本当の名前を——いつか、知ることになる」
宝石が——大きく、揺れた。
(……ノイエ)
(……)
答えない。
「……剣の名前?」
「その時が来たら——全てが分かる」
老人が、部屋を出ようとする。
「……待ってください」
「なんですか」
「あなたは——何者ですか」
老人が、振り返る。
その目が——一瞬だけ。
オッドアイに——見えた。
右目が金。
左目が——深紫。
「……縁があれば——また会いましょう」
老人が、歩いていく。
その姿が——廊下の奥に、消える。
セリスが、一人で立っていた。
(……ノイエ)
(あの人は——)
宝石が、低く鳴る。
(……七魔神)
(……第一位)
(……ベルフェゴール)
セリスが——息を呑む。
(……七魔神が、ここに)
(……敵では、ないの?)
(……今は)
(今は、ということは——)
(……いつかは、敵になる?)
(……分かりません)
(ただ)
宝石が、静かに光る。
(……あの者は)
(バール教を——逆利用している)
(封印を——弱め続けている)
(……なぜ?)
(……私を、解放するために)
セリスが——止まる。
(……あなたを)
(……はい)
(……ルシファー)
宝石が——大きく揺れた。
その名前を。
初めて——口にした気がした。
——
聖堂を出る。
メイラとライラが待っていた。
「……大丈夫でしたか?」
「……うん」
「何か——あったんですか?」
「少し」
セリスが、聖堂を振り返る。
黄金の尖塔が——空に伸びている。
(……神が、いる)
(七魔神が、いる)
(そして——剣の本当の名前が、ある)
(まだ——知らないことが、たくさんある)
「……行きましょう」
「はい」
三人が——歩き始める。
帝都の空が——広かった。
大聖堂を出た夜。
セリスの肩に——いつもいる鷲が、降りた。
だが。
今夜は違った。
鷲の輪郭が——滲む。
光が、広がる。
そして。
一人の男が、そこに立っていた。
銀白の髪。
オッドアイ。
「……ヴォルフ?」
「ああ」
ぶっきらぼうに答える。
「なぜ——」
「そろそろ、この形の方が便利になってきた」
「それだけ?」
「それだけだ」
沈黙。
「……」
「……」
「……」
三人が——固まっていた。
最初に動いたのは——メイラだった。
「え」
「え?」
「え!?!?」
「声が大きい」
「だってだってだって——!」
メイラが、ヴォルフを指差す。
「鷲が——人間になってる——!!」
「そうだ」
「そうだ、じゃないです!!」
「落ち着け」
「落ち着けないです!ずっと鷲じゃなかったんですか!?」
「鷲ではない」
「じゃあ何なんですか!」
「人間だ」
「今さら!!」
ライラが——腕を組む。
「……あなた、ずっとそこにいたのよね」
「ああ」
「肩に乗って」
「ああ」
「……なんで今まで人間の姿にならなかったの」
「必要がなかった」
「それだけ?」
「それだけだ」
ライラが——深く息を吐く。
「……セリスは驚かないの?」
セリスが、ヴォルフを見る。
「……少し、覚悟していた」
「なんで!」
メイラが叫ぶ。
「普通じゃない気配はしていたから」
「私は全然気づかなかった——!」
「お前は鈍い」
ヴォルフが言う。
「ひどい!」
「事実だ」
「ひどい!!」
⸻
ひとしきり騒いで。
メイラが——ようやく落ち着く。
「……一つだけ聞いていいですか」
「なんだ」
「名前、ありますか」
「ヴォルフだ」
「ヴォルフさん」
「さんはいらない」
「ヴォルフ」
「ああ」
「……よろしくお願いします」
メイラが、ぺこりと頭を下げる。
ヴォルフが——少し、止まる。
「……ああ」
ぶっきらぼうに答える。
だが——その目が。
わずかに、柔らかくなった気がした。
⸻
「……行かなければならない場所がある」
ヴォルフが言う。
「どこへ?」
「言えない」
「……いつ戻る?」
「必要な時に」
メイラが「え、もう行くんですか」と言う。
「人間の姿になったと思ったら——!」
「うるさい」
「ひどい!」
ヴォルフは——二人を一瞥して。
セリスを見た。
「……お前は正しい方向に進んでいる」
「……どういう意味?」
「そのままでいい」
それだけ言って。
夜の闇に——消えた。
⸻
しばらく。
三人が——その場に立っていた。
「……行っちゃいましたね」
メイラが言う。
「ええ」
「……なんか」
「なに?」
「鷲の時より——ぶっきらぼうですね」
「……そうね」
ライラが言う。
「でも——鷲の時も、ぶっきらぼうだったわよ」
「そうでしたっけ」
「そうよ。鳴き方が」
「……鳴き方で分かるんですか」
「なんとなくね」
メイラが——夜空を見上げる。
「……また来ますかね」
「来るわよ」
「根拠は?」
「あんな言い方で去っていく人間が——来ないわけがない」
セリスが——小さく、笑った。
「……そうね」
「必ず——来る」
いつも応援ありがとうございます。
セリスの選ぶ「非合理な正しさ」と、それによって少しずつ変わり始める魔剣の関係性。書いていて私自身も、意志の力が世界にどう抗えるのかを考えさせられます。
実は、この『魔剣』とは正反対の「超合理的・現実的」な視点で歴史を再構築する物語も並行して執筆しています。
『室町ホールディングス再興録 〜過労死コンサル、足利義昭に転生す〜』
https://ncode.syosetu.com/n6067lz/
こちらは『魔剣』とは打って変わって、現代のビジネス知識で戦国の世を「ホワイト化」しようと奮闘するコメディ寄りの戦記です。
「意志」で戦うセリスと、「知略とシステム」で戦う義昭。
アプローチは真逆ですが、「理不尽な運命をどう塗り替えるか」という根底のテーマは共通しています。
もしよろしければ、息抜きがてら覗いていただけると嬉しいです。あちらの信長も、なかなかに「非合理」な男ですよ。




