第79話 レナとセリスの夜
数日後の夜。
孤児院の子供たちが眠りについた後——
レナとセリスは屋根の上にいた。
「……ここ、好きなの」
「帝都が全部見える気がするから」
「……綺麗ですね」
魔導灯が、街を照らす。
遠くに皇城。
風が、水色の髪を揺らす。
「セラ」
「はい」
「……一つだけ、話していい?」
「もちろん」
レナが膝を抱える。
「……誰にも言ったことがない」
「……はい」
「好きな人が——いる」
セリスの呼吸が、わずかに止まる。
「……そうなんですか」
「うん」
「……どんな人ですか」
「温かい人。誠実で、賢くて、強くて——でも押しつけがましくない」
「……素敵な人ですね」
「うん」
一拍。
「……ヴァルター殿下よ」
セリスが少し目を見開く。
「……やっぱり」
「え?」
「……なんとなく」
「隠していたつもりだったけど」
「隠せていませんでした」
「……うるさい」
レナは夜景を見る。
「……でも、無理なの」
「なぜですか」
「釣り合わないから」
「……どうして」
「私は孤児。殿下は皇太子」
静かな声。
「どう考えても——無理」
「……レナさん」
「なに」
「それは——相手が決めることでは?」
レナが止まる。
「……でも」
「怖いんですよね」
「……」
「愛されるのが」
「……」
「失うのが」
沈黙。
「……そうかもしれない」
「好きだから——怖い」
「……はい」
「だから遠ざけてる」
「……それは違うと思います」
「……なぜ」
「好きなら——近づきたいと思うのが普通です」
「……普通って何」
「少なくとも——私はそう思います」
レナがセリスを見る。
「……十七でよく言うわね」
「エルマさんに教わりました」
「……あの方は、そうね」
夜景を見る。
「……考えてみる」
「はい」
「すぐには無理だけど」
「それでいいです」
「……ありがとう」
「言いたいから言います」
「……うるさい」
わずかに笑った。
——
「セラ」
「はい」
「好きな人、いるの?」
「……いません」
「本当に?」
「本当です!」
「……耳、赤いわよ」
「赤くないです」
「赤い」
「……うるさいです」
レナが笑う。
本物の笑いだった。
——
「……お願いしていい?」
「なんですか」
「……その時が来たら」
「……はい」
「全力で、応援してくれる?」
「もちろんです」
即答だった。
「……早いわね」
「考える必要がないから」
「……なんで」
「レナさんに、幸せになってほしいから」
レナが静かに息を止める。
「……セラ」
「はい」
「結婚式、来てくれる?」
「必ず」
「……約束ね」
「約束です」
レナが空を見上げる。
(……その時が来るといい)
セリスも空を見る。
(……この人の笑顔を)
(守りたい)
(初めて——そう思った)
——
「……セラ」
「はい」
「帝国が変わったら——またここで話しましょう」
「……はい」
「約束」
「約束します」
夜風が吹く。
水色の髪が揺れる。
帝都の光が、静かに瞬いていた。
いつも応援ありがとうございます。
セリスの選ぶ「非合理な正しさ」と、それによって少しずつ変わり始める魔剣の関係性。書いていて私自身も、意志の力が世界にどう抗えるのかを考えさせられます。
実は、この『魔剣』とは正反対の「超合理的・現実的」な視点で歴史を再構築する物語も並行して執筆しています。
『室町ホールディングス再興録 〜過労死コンサル、足利義昭に転生す〜』
https://ncode.syosetu.com/n6067lz/
こちらは『魔剣』とは打って変わって、現代のビジネス知識で戦国の世を「ホワイト化」しようと奮闘するコメディ寄りの戦記です。
「意志」で戦うセリスと、「知略とシステム」で戦う義昭。
アプローチは真逆ですが、「理不尽な運命をどう塗り替えるか」という根底のテーマは共通しています。
もしよろしければ、息抜きがてら覗いていただけると嬉しいです。あちらの信長も、なかなかに「非合理」な男ですよ。




