第77話 孤児院
翌日。
レナは朝から出かけていった。
「……仕事よ」
それだけ言って。
詳しくは語らない。
「……はい」
「夕方には戻るから」
「分かりました」
「屋敷にいなくていいわよ。帝都、見て回ったら?」
「……一人で?」
「一人で」
「……大丈夫ですか」
「大丈夫でしょ。昨日も一人で歩いてたじゃない」
それはそうだった。
「……では」
「何かあれば——」
レナがセリスを見る。
「帰ってきてから任せなさい」
「……それは任せていないのでは」
「細かいわね」
レナが、笑いながら出ていく。
扉が閉まる。
廊下に——一人で立っていた。
——
しばらく考えて。
セリスは孤児院へ向かうことにした。
(……リーナのことが、気になって)
(ケンジのことも)
市民区への道は、昨日歩いたから分かる。
帝都の石畳を、一人で歩く。
人が多い。
賑やかだった。
(ノイエ)
(……周囲に異常なし)
(ありがとう)
(……どういたしまして)
一人でも——一人ではない感覚があった。
——
孤児院の扉をノックする。
「……はーい」
子供の声。
扉が開く。
「……あ」
「……こんにちは」
「セラお姉ちゃんだ!」
「……はい」
「レナお姉ちゃんは?」
「……今日は、お仕事で」
「そっか!」
「……一人で来てしまったんですが」
「いいよ! 入って入って!」
有無を言わせない勢いで引き込まれる。
(……レナさんに、似てる)
思わず、笑った。
——
孤児院の中は——賑やかだった。
走り回る子供たち。
絵を描く子。
本を読む子。
昨日より人数が多い。
「……何人いるんですか」
「今日は十二人かな」
「多い日は十五人くらい」
「……レナさんが、全員の面倒を?」
「うん。あとマリアさんっていうおばさんもいる」
「……大変そうですね」
「でもレナお姉ちゃん、全然大変そうじゃないよ」
「……そうなんですか」
「うん。いつも笑ってるから」
「……そうですね」
(……いつも笑っている)
(それが——レナさんなんだ)
——
リーナが、隅で膝を抱えて座っていた。
「……リーナちゃん」
「……セラお姉ちゃん」
「一人で何しているの?」
「……みんなと、どうやって遊べばいいか」
「分からない?」
「……うん」
セリスは隣に座る。
「……私も、昔そうでした」
「え?」
「友達の作り方が分からなくて」
「……お姉ちゃんも?」
「はい」
「……どうしたの?」
「……誰かが、第一号になってくれました」
「第一号?」
「最初の友達です」
リーナが小さく頷く。
「……私も、できるかな」
「できますよ」
「根拠は?」
「……昨日、笑えたから」
少しの沈黙。
「……うん」
リーナが立ち上がる。
おそるおそる輪へ近づいていく。
「……一緒に、遊んでもいい?」
「いいよ!」
「やったー!」
すぐに引き込まれる。
そして——
リーナが笑った。
昨日より、少し大きく。
——昨日はなかった、声を伴った笑いだった。
——
ケンジは縁側にいた。
一人で空を見ている。
「……ケンジ君」
「……セラさん」
「隣、いいですか」
「……どうぞ」
二人で空を見る。
しばらく沈黙。
「……リーナは?」
「みんなと遊んでいます」
「……そっか」
「よかったですね」
「……うん」
「……俺はここでいい」
「無理しなくていいです」
「無理してないよ」
「……そうですか」
「ただ——」
空を見たまま、続ける。
「……まだ実感がなくて」
「……はい」
「急に来て、急にいなくなって」
「……はい」
「父ちゃんって、強かったんだよ」
「……そうなんですか」
「いつも笑ってて。何があっても、どんと構えてて」
「……素敵なお父さんですね」
「……うん」
少しの沈黙。
「そんな人が死ぬなんて、思ってなかった」
「……」
「だから——まだ、信じられない」
セリスが静かに言う。
「……私も、そうでした」
「……え?」
「父が死んだ時」
「……お姉さんも?」
「はい」
「……どうした?」
「……泣いたら、少し楽になりました」
「……泣いていいの?」
「いいですよ」
「……男なのに」
「関係ありません」
「……レナさんにも同じこと言われた」
「……レナさんらしいですね」
「うん」
再び空を見る。
「……笑えるようになりたい」
「なれますよ」
「……根拠は」
「レナさんが、約束してくれたから」
ケンジが、小さく頷いた。
——
昼前。
マリアが昼食の準備を始める。
「……手伝います」
「あら、いいんですか?」
「はい」
台所に入る。
野菜を切り、スープを作る。
「セラさんは、レナさんのお友達?」
「……はい」
「最近、嬉しそうなんですよ」
「……レナさんが?」
「ええ」
鍋をかき混ぜながら言う。
「あの方、友人が少なくて」
「……そうなんですか」
「仕事のことは秘密ですからね」
「……」
「でもセラさんが来てから、表情が違うんです」
「……どんなふうに?」
「……柔らかくなりました」
セリスは小さく息を吐く。
(……レナさん)
(私が来てから——)
胸の奥が、静かに温かくなる。
「……ありがとうございます」
「何がですか?」
「……教えてくれて」
マリアは優しく笑った。
——
昼食。
子供たちが一斉に席に着く。
「いただきます!」
元気な声。
「セラお姉ちゃんも一緒に!」
「……いいんですか」
「いいよ!」
席を詰めてくれる。
「……ありがとう」
リーナが隣に座る。
ケンジも、その近くに。
賑やかな食卓。
温かい時間。
(……ああ)
(こういう場所を)
(レナさんは——守っている)
(毎日来て)
(毎日笑って)
(この子たちのために)
(……私も)
(守りたい)
その気持ちが——静かに胸に落ちた。
——
食後。
子供たちと遊ぶ。
鬼ごっこ。
かくれんぼ。
絵描き。
ケンジが、少しだけ輪に入る。
端から見ているだけだが——それでも。
「……ケンジ君」
「……なんだよ」
「来てくれたんですね」
「……別に」
顔を逸らす。
だが、口元がわずかに上がっていた。
——
夕方。
孤児院を出る。
「また来てね!」
「……はい。必ず」
「約束!」
「……約束します」
リーナが大きく手を振る。
ケンジも、少しだけ手を上げた。
——
帰り道。
(ノイエ)
(……はい)
(……いい一日でした)
(……同意します)
セリスは小さく笑う。
「……珍しいですね」
(……そうですか)
(……ですが、ああいう場所は好きだと思います)
「……そうですね」
誰もいない道で、声に出した。
——
屋敷に戻ると、レナが帰ってきたところだった。
「……お帰りなさい」
「ただいま」
「どこか行ってたの?」
「……孤児院に」
「……え?」
「リーナちゃんとケンジ君が気になって」
「……一人で?」
「はい」
「……どうだった?」
「リーナちゃんが、みんなと遊んでいました」
「……本当に?」
「はい。ケンジ君も、少しだけ」
「……そうか」
レナが小さく笑う。
「……ありがとう」
「私は何もしていません」
「そんなことない」
「マリアから連絡が来てた」
「……連絡?」
「セラが頑張ってくれたって」
「……そんなことは」
「あるのよ」
当然のように言う。
「……お姉ちゃんに任せなさいって言ったでしょ」
「……でも、いない時のことです」
「いない時でも——任せてるの」
「……それは任せているんですか」
「任せてる」
レナが笑う。
温かい笑いだった。
「……ありがとう、セラ」
「……どういたしまして」
「先に言われた」
「……先に言いました」
二人が——同時に笑う。
夕暮れの光が、廊下を柔らかく染めていた。
いつも応援ありがとうございます。
セリスの選ぶ「非合理な正しさ」と、それによって少しずつ変わり始める魔剣の関係性。書いていて私自身も、意志の力が世界にどう抗えるのかを考えさせられます。
実は、この『魔剣』とは正反対の「超合理的・現実的」な視点で歴史を再構築する物語も並行して執筆しています。
『室町ホールディングス再興録 〜過労死コンサル、足利義昭に転生す〜』
https://ncode.syosetu.com/n6067lz/
こちらは『魔剣』とは打って変わって、現代のビジネス知識で戦国の世を「ホワイト化」しようと奮闘するコメディ寄りの戦記です。
「意志」で戦うセリスと、「知略とシステム」で戦う義昭。
アプローチは真逆ですが、「理不尽な運命をどう塗り替えるか」という根底のテーマは共通しています。
もしよろしければ、息抜きがてら覗いていただけると嬉しいです。あちらの信長も、なかなかに「非合理」な男ですよ。




