第73話 隣にいる理由
昼前。
中庭には、柔らかな光が落ちていた。
石畳と、手入れされた低木。
中央には、小さな噴水。
静かな場所だった。
「ここ、好きなのよね」
レナが言う。
噴水の縁に腰を下ろしながら。
「人、あんまり来ないし」
「……落ち着きますね」
セリスも少し離れた場所に立つ。
風が、ゆっくりと髪を揺らした。
「座れば?」
「……はい」
少しだけ間を置いて。
セリスも隣に腰を下ろした。
距離は、ほんのわずか。
でも――昨日より近い。
*
「で?」
レナが横目で見る。
「帝都、どう?」
「……まだ、よく分からなくて」
「まあ、そうよね」
軽く頷く。
「広いし、人多いし」
「迷うわよ、普通に」
「……昨日も、少し」
「でしょ」
くすっと笑う。
「だから言ったじゃない」
「案内してあげるって」
「……はい」
素直に頷く。
その様子を見て――。
レナは、少しだけ満足そうに目を細めた。
*
しばらく、何も話さない時間が続く。
水の音だけが響く。
けれど――。
気まずくはなかった。
「……セラ」
「はい」
「昨日のことだけど」
その一言で。
空気が、少しだけ変わる。
「……はい」
「強かったわね」
まっすぐな言葉だった。
試すでも、探るでもなく。
ただの事実として。
「……そんなこと、ないです」
「ある」
即答。
「動き、見てたから」
「……」
言葉が詰まる。
視線を落とす。
「隠さなくていいわよ」
レナは軽く肩をすくめる。
「別に、詮索する気ないし」
「……」
「でもね」
一拍。
「無理してるのは、分かる」
静かな声だった。
責めるでもなく。
ただ――見抜いている。
「……」
セリスは、何も言えない。
言えないけれど。
否定も、できなかった。
「……まあ、いいけど」
また、あっさりと引く。
昨日と同じように。
「話したくなったらでいい」
「……はい」
小さく頷く。
それだけで――。
少しだけ、楽になった気がした。
*
「ねえ」
「はい」
「なんで一人で来たの?」
今度は、少しだけ踏み込む。
でも――。
境界線は越えない。
「……」
セリスは迷う。
言うべきか。
隠すべきか。
しばらく考えて――。
「……探しているものが、あって」
それだけを言った。
「ふうん」
レナはそれ以上は聞かない。
「じゃあ、帝都に来たのもそれ?」
「……はい」
「そっか」
軽く頷く。
そして――。
「見つかるといいわね」
それだけ言った。
深くは聞かない。
でも、否定もしない。
その言葉が――。
思っていたよりも、胸に残った。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
軽く笑う。
*
風が吹く。
水面が揺れる。
「セラ」
「はい」
「一人で抱えすぎ」
また、それだった。
でも――。
今度は少し違う。
「見てて分かる」
「……そんなにですか」
「そんなに」
即答だった。
思わず、苦笑する。
「……でも」
一度、言葉を探す。
「慣れてるので」
「それが問題」
食い気味だった。
思わず、目を見開く。
レナは真顔のまま。
「慣れてるってことは」
「ずっとそうしてきたってことでしょ」
「……」
「それ、良くないわよ」
強い言葉だった。
でも――。
不思議と、嫌じゃなかった。
「……じゃあ、どうすればいいんですか」
ぽつりと漏れる。
自分でも驚くくらい、素直な声だった。
レナは、少しだけ考えてから。
「簡単」
あっさり言う。
「頼りなさい」
「……」
「お姉ちゃんに」
「……またそれですか」
思わず笑う。
「何よ、不満?」
「いえ……」
首を振る。
「……少しだけ、頼ってみます」
「最初からそうしなさい」
満足そうに頷く。
レナは少し照れくさそうに笑い、それから悪戯っぽく指を一本立てた。
「それに、あなたの『第一号』になってあげるって決めたの」
「第一号?」
「そう。これから増えていくはずの、あなたの(ともだち)。その最初の一人に私がなってあげる」
その横顔を見て――。
セリスは、ふと気づく。
(……ああ)
昨日よりも。
今日の方が。
この人の隣が――自然だった。
理由は、分からない。
でも。
確かに、そこにいたいと思った。
それはきっと。
とても、ささやかな変化で。
けれど――。
後戻りできない、一歩だった。
いつも応援ありがとうございます。
セリスの選ぶ「非合理な正しさ」と、それによって少しずつ変わり始める魔剣の関係性。書いていて私自身も、意志の力が世界にどう抗えるのかを考えさせられます。
実は、この『魔剣』とは正反対の「超合理的・現実的」な視点で歴史を再構築する物語も並行して執筆しています。
『室町ホールディングス再興録 〜過労死コンサル、足利義昭に転生す〜』
https://ncode.syosetu.com/n6067lz/
こちらは『魔剣』とは打って変わって、現代のビジネス知識で戦国の世を「ホワイト化」しようと奮闘するコメディ寄りの戦記です。
「意志」で戦うセリスと、「知略とシステム」で戦う義昭。
アプローチは真逆ですが、「理不尽な運命をどう塗り替えるか」という根底のテーマは共通しています。
もしよろしければ、息抜きがてら覗いていただけると嬉しいです。あちらの信長も、なかなかに「非合理」な男ですよ。




