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魔剣に選ばれた王女 ~その感情はエラーですか?~【完結済/一気読み推奨】  作者: 筑紫隼人
第三章「崩れていくもの」

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第71話 帝都の華

バール教暦一一五二年、秋の終わり。


帝都アドラーブルクの巨大な城壁が、ついにその姿を現した。


「……大きい」


隣でメイラが息を呑む。


「こんなに大きな街、見たことがないです」


「帝国の心臓部だからね」


セリスは外套のフードを深く被り直し、短く答えた。


地平線の彼方まで続く石造りの城壁。


昼間だというのに、魔導灯の光が爛々と輝いている。


遠くでは、魔導路面電車が鉄の音を響かせて走っていた。


かつて帝国に滅ぼされた祖国エルデンとは、あまりにもかけ離れた文明の光景だった。


「気を抜かないで」


ライラが低い声で釘を刺す。


「ここは世界で一番、帝国の『目』が多い場所よ」


「……分かっているわ」


城門の手前で、三人は足を止めた。


「ここで、一度別れましょう」


「セラ・エーレンベルクとして貴族の屋敷を訪ねるのに、旅の仲間を連れているのは不自然だわ」


セリスの提案に、ライラも静かに頷いた。


二つの小さな魔導石が手渡される。


緊急連絡用の合図だ。


「……待っていて」


「必ず、合流するから」


セリスは二人の気配が遠ざかるのを確認する。


そして一人、巨大な城門へと足を踏み入れた。



市民区を抜け、北の貴族街へと向かう道中だった。


活気あふれる市場の喧騒が、耳を打つ。


その中を通り抜けようとした、その時。


「おい、そこの姉ちゃん」


「ちょっと待ちな。……案内料、持ってるだろ?」


無遠慮な声が背後から飛んだ。


振り返るまでもない。


ガラの悪い男が二人、ニヤついた顔で距離を詰めている。


セリスは一歩身を引いた。


剣に、そっと手をかける。


その瞬間だった。


挿絵(By みてみん)


「その汚い手をどけなさい」


「耳が腐るような声を出して」


凛とした、氷のように鋭い声。


乾いた衝撃音が、二つ重なった。


一瞬だった。


男の一人の膝が砕ける。


もう一人の鳩尾に、鞘の先が深くめり込む。


二人は石畳に転がり、うめき声すら上げられない。


その中で。


水色の髪が、風に揺れた。


女は悠然と剣を鞘に収めていた。


「……大丈夫?」


挿絵(By みてみん)


振り返りもせず、淡々とした声で問う。


「……はい。助かりました」


セリスは呆然としながら答える。


そこでようやく、女がこちらを向いた。


瞳は深く、濃い青。


陶器のような白い肌に、淡いシアンの長髪が波打っている。


肢体は細身ながらもしなやかな曲線を描き、その腹部は鋭く引き締まっていた。


帝都に咲いた一輪の華。


そう呼ぶにふさわしい、冷艶な美しさだった。


「帝都はああいう手合いが多いから、気をつけなさい」


それだけ言うと、女は歩き出そうとする。


「……あの!」


セリスは思わず声をかけた。


「お名前を、聞いてもいいですか」


「いつか、お礼をしたいので」


「お礼なんていらないわよ」


「気が向いただけだから」


「それでも……言いたいんです」


「私は、セラと言います」


女は少しだけ意外そうに目を丸くした。


やがて。


ふっと、悪戯っぽく笑う。


「……レナ」


「覚えておいて、セラ」


水色の髪が、人波の中へと溶けていく。


セリスは、その後ろ姿を見ていた。


胸の鼓動が、なかなか収まらない。


違う。


これは恐怖じゃない。


憧れでもない。


なのに。


なぜか、目が離せなかった。


ヴェスターフェルト家の屋敷は、帝都の北区にあった。


門の前に立つ。


衛兵が「何者だ」と問う。


「セラ・エーレンベルクと申します。ヴェスターフェルト家にご縁があり、参りました」


衛兵が、少し考える。


「……少し待て」


中へ消える。


しばらくして、戻ってきた。


「入れ」



屋敷の中は、広かった。


使用人に案内される。


廊下を歩く。


窓から見える庭は、丁寧に手入れされていた。


応接室に通される。


しばらく待つ。


扉が開いた。


大柄な男が入ってくる。


黒髪。


鋭い目。


両手大剣の痕が、腰に残っている。


「リヒター・ヴェスターフェルトと申します。黄金獅子大隊隊長を務めております」


「セラ・エーレンベルクと申します。お世話になります」


リヒターが、セリスを見る。


値踏みするような目ではない。


確認する目だった。


「……公爵から話は聞いている」


「しばらく、ここを使ってくれ」


「ありがとうございます」


「礼はいい」


リヒターが言う。


「あなたが帝都にいる理由は、聞かない」


「ただし」


「……はい」


「ここにいる間は、屋敷の規則に従ってもらう」


「目立つな。騒ぎを起こすな。それだけだ」


「承知しました」


リヒターが立ち上がる。


「……セラ」


低く呼ぶ。


「一つだけ、先に済ませておこう」


「……?」


「殿下に、一度顔を見せておく」


短いが、有無を言わせない声音だった。


「ついてきてくれ」



屋敷の奥へ向かう。


人の気配が少なくなる。


重厚な扉の前で、リヒターが足を止めた。


わずかに、内側から声が漏れている。


「……中に人がいるな」


低く呟く。


扉には手をかけない。


「少し待とう」


「……はい」


セリスは小さく頷く。


(……ここで待つしかない)


(客人として、勝手に動くわけにはいかない)


静かな時間が流れる。


その沈黙の中に、かすかな気配があった。


その時。


「隊長!」


廊下の向こうから、兵が駆けてくる。


リヒターが視線を向ける。


「至急、ご確認いただきたい件が」


短く耳打ちされる。


リヒターの表情が、わずかに引き締まった。


「……分かった」


そして、セリスに向き直る。


「すぐ戻る」


「ここで待っていてくれ」


「はい」


迷いのない返事。


リヒターは、そのまま足早に去っていった。


足音が、廊下の奥へ遠ざかる。



セリスは一人残された。


静寂。


重厚な扉の前。


(……待つ)


そう思った、その時だった。


わずかに開いた隙間から、声が漏れる。



「……レナさん」


(……!)


心臓が跳ねる。


あの声だった。


市場で出会った、あの女。


「……はい」


「少しだけ、時間をいただけますか」


「……構いませんが」


静かなやり取り。


セリスは息を潜める。


(……聞くつもりはない)


(でも……)


足が、動かなかった。



「結婚を、急かされていまして」


一瞬、呼吸が止まる。


「……そうですか」


「レナさんは、どう思いますか」


「……殿下のお立場を考えれば」


「では、レナさんがなってくれますか」


(……え)


思考が追いつかない。


「……お戯れを」


「戯れではありません」


静かな声。


それでも、揺れはなかった。


「軍をやめて、私の妻になってほしい」


鼓動が、大きくなる。


理由は分からない。


それでも。


胸の奥がざわついた。


「……お受けできません」


はっきりとした拒絶。


それでも、どこか柔らかい。


「……私は、孤児です。それにご存知の通り、他人には言えないようなこともしてきました」


「知っています」


即答だった。


「その上で、言っています」


沈黙。


長い沈黙。


「……殿下は」


「はい」


「……ずるいです」


かすかな笑みが混じる気配。


それ以上は、聞こえなかった。


しばらくして、足音が戻ってくる。


セリスは姿勢を正す。


何も聞いていない顔を作る。


リヒターが現れた。


一瞬だけ、扉へ視線を向ける。


中の気配を読む。


そして、静かに言った。


「……一人にさせてすまない」


「いえ」


「取り込み中のようだ」


「面会は、また今度にしよう」


「……はい」


セリスは頷く。


二人は、その場を後にした。



部屋に荷物を置き、廊下へ出る。


窓から、帝都が見えた。


遠くに、皇城の尖塔が見える。


(……あの中に)


(帝国の中枢がある)


(エルデンを滅ぼした帝国が)


(今も、あそこで動いている)


それでも。


(……守るために)


(戦う)


宝石が、静かに光った。



角を曲がった瞬間。


「……っ」


誰かにぶつかりそうになった。


「……あら」


水色の髪。


濃い青の瞳。


「……市場の」


「……あの」


二人が同時に言う。


沈黙。


「こんなところで会うとは」


女が、少し目を細める。


「……ヴェスターフェルト家の方ですか」


「そう。ここに住んでいるから」


当然のように言う。


「あなたこそ、なぜここに?」


「……お世話になっていて」


「ふうん」


女が、セリスを見る。


上から下まで。


「……旅の人には見えないわね」


「そうですか?」


「うん。どこかのお嬢さんみたい」


「……そんなことはないです」


「謙遜ね」


女が歩き出す。


「朝食、まだ?」


「……まだです」


「じゃあ一緒に食べましょう。案内するわ」


「……いいんですか」


「いいに決まってるでしょ」


振り返らずに言う。


「早く来て。冷めるから」


セリスは、その背中についていく。


(……また、会った)


(不思議な人)


(どうしてこんなに、自然なんだろう)



食堂。


二人は向かい合って座る。


挿絵(By みてみん)


レナは手際よくパンをちぎった。


その半分を、セリスの皿に置く。


「これ、焼きたてで美味しいわよ」


「食べなさい」


「いつも私の分だけ余るの」


「……ありがとうございます」


セリスは少し戸惑いながら受け取る。


「でも、どうしてそんなに……」


「顔に書いてあるわよ」


「何か事情があるって」


レナはスープを口に運ぶ。


「……まあ、聞かないけど」


「話したくなったら言えばいいわ」


茶目っ気たっぷりに笑った。


「困ったことがあったら言いなさい」


「この屋敷のことも、帝都のことも」


「……レナさんは、おいくつなんですか?」


「秘密」


「乙女に年齢を聞くのはマナー違反よ」


一拍置いて。


少しだけ胸を張る。


「でも」


「お姉ちゃんに任せなさい」


「……お姉ちゃん?」


真顔の宣言。


セリスは思わず吹き出した。


「……ふふっ、あはは!」


「……なによ」


「おかしくないでしょ」


レナは少しだけ耳を赤くする。


その様子が可笑しくて、セリスは笑みを浮かべた。


「いえ……ただ、嬉しかったので」


窓から朝の光が差し込む。


二人の食卓を、柔らかく照らしていた。


それは。


戦いの中で、初めて触れる「日常」だった。


そして。


セリスは、まだ知らない。


この何気ない時間が。


どれほど大切なものになるのかを。


この出会いが。


孤独な戦いの中にいたセリスの運命を、静かに変えようとしていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。


一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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