第146話 光の神
翌朝。
協力者が——また、情報を持ってきた。
「……昨夜から——帝国の動きが、さらに変わっている」
「どう変わっていますか」
「バール教の大聖堂に——兵が集まっている」
「大聖堂に?」
「ああ。帝都の中央にある——大聖堂だ」
「何のために」
「……分からない」
「でも——これまでは、大聖堂に兵が入ることは——なかった」
「神聖な場所だから」
「その場所に——兵が入っている」
⸻
ガイウスが——地図を広げた。
「大聖堂の位置は」
「帝都の中央部だ」
「施設との関係は」
「……直接の関係は、分からない」
「でも——タイミングが重なっている」
「施設の兵が増えたのと——大聖堂に兵が入ったのが」
「同じ時期だ」
⸻
「……バール教」
セリスが——静かに言った。
「ベルフェゴールが——バール教を逆利用して、封印を弱め続けてきた」
「ええ」
「でも——バール教の頂点に——神がいる」
「光の神バール」
「……その神が」
「動き始めているということか」
⸻
ライラが——言う。
「可能性はある」
「アスタルテが消えた後——神が直接、動いているとすれば」
「バール教の組織を——直接使うことも、考えられる」
「これまでは——アスタルテを通じていた」
「でも——今は、直接だ」
「……」
「それは——神が、焦っているということかもしれない」
「あるいは——計画を、加速させているか」
⸻
「……一つ、聞いてもいいですか」
セリスが——協力者に言った。
「何でしょう」
「バール教の教皇——ベルフェゴールは、今どこにいますか」
協力者が——少し、間を置いた。
「……三ヶ月ほど前から——姿が見えなくなっています」
「姿が見えない?」
「表向きは——療養中、とされています」
「でも——実際には」
「……分かりません」
「消えた、ということですか」
「そう言っていいかもしれません」
⸻
セリスは——ガイウスを見た。
ガイウスが——少し、目を細めた。
「……ベルフェゴールが消えた」
「封印を弱め続けてきた存在が」
「その後に——神が直接、動き始めた」
「……何かが、変わったのかもしれない」
「封印に関係した何かが」
「……ええ」
⸻
「……ノイエ」
セリスが——小さく、呼ぶ。
『……はい』
「今の話——聞いていましたか」
『……はい』
「ベルフェゴールについて——何か、知っていますか」
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少し——間があった。
⸻
『……知っています』
「どんなことを?」
『……ベルフェゴールは——私の、かつての部下でした』
「七魔神の第一、ですね」
『……はい』
「彼が——封印を弱め続けてきた」
「あなたを——解放しようとして」
『……そうです』
「でも——今、消えている」
『……』
「何が起きたと思いますか」
⸻
長い——沈黙。
⸻
『……神に——消された可能性があります』
「消された?」
『……ベルフェゴールの行動が——神にとって、邪魔になったのかもしれません』
「封印を弱めることが——神にとって邪魔?」
「でも——神は、ヴァルキリーを育てようとしていた」
「ヴァルキリーが育つには——侵食が深まる必要がある」
「侵食が深まるには——封印が弱まる必要がある」
「つまり——封印が弱まることは、神にとっても都合がいいはずでは」
⸻
『……そうかもしれません』
『でも——ベルフェゴールの目的は』
『私を解放することでした』
『神の目的は——私を封じたまま、ヴァルキリーに滅ぼさせること』
「……そこが、違う」
『……はい』
「封印が弱まることは——両方にとって都合がいい」
「でも——目的が、違う」
「ベルフェゴールは——あなたを解放したかった」
「神は——あなたを封じたまま、滅ぼしたかった」
『……だから——ある段階で、対立したのかもしれません』
「封印が十分に弱まった段階で」
「ベルフェゴールが——私を解放しようとした」
「神がそれを——止めた」
『……可能性としては、あります』
⸻
「……つまり」
セリスが——前を向いた。
「今の状態は——神にとって、都合がいい段階なのかもしれない」
「封印は——弱まっている」
「でも——まだ、解放はされていない」
「この状態を——維持しながら、ヴァルキリーをさらに追い詰めようとしている」
「そのために——直接、動き始めた」
⸻
ガイウスが——言う。
「……計算が合う」
「そうですね」
「だとすれば——神の次の手は」
「ヴァルキリーへの直接的な圧力、か」
「これまでは——アスタルテが間接的にやっていた」
「でも——今は、直接だ」
「……危険が増します」
「ええ」
「でも——裏を返せば」
「神が直接動かなければならないほど——追い詰められているということでもある」
⸻
協力者が——少し、前に出た。
「……もう一つ、情報があります」
「何ですか」
「ケルドリックについてです」
「陛下が——どうかしましたか」
「……最近、ケルドリックが——バール教の礼拝に、参加しなくなっています」
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静寂。
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「……参加しなくなった?」
「ええ。皇帝は——毎週、大聖堂で礼拝をするのが——慣例でした」
「でも——ここ一ヶ月、参加していない」
「表向きの理由は」
「……体調不良、とされています」
「でも——」
「それだけではないかもしれない、と」
「そう思っています」
⸻
「……ケルドリック陛下が」
セリスが——言った。
「バール教から——距離を置き始めている」
「アスタルテが消えて——神の支配が弱まった」
「正気が戻りつつある陛下が——神の宗教を、疑い始めている」
「……そういうことかもしれません」
⸻
「……葛藤しているんですね」
メイラが——言う。
「ええ」
「長い間——操られていた」
「それが解けて——自分が何をしてきたか、見えてきた」
「でも——どうすればいいか、まだわからない」
「……辛いですね」
「そうかもしれない」
「でも——動き始めている」
「それは——確かだと思います」
⸻
午後。
協力者の家を——出た。
次の動きを——確認しながら、歩く。
「……封印核への——二度目の干渉」
「いつ行きますか」
ライラが——ガイウスに聞く。
「神が直接動いているなら——急いだ方がいい」
「でも——山への準備が必要だ」
「何日かかる」
「……三日あれば、整えられる」
「三日後に——向かう」
「わかった」
⸻
「……セリスさん」
メイラが——隣に来た。
「何?」
「神が——直接動き始めたって、怖くないですか」
「……怖いかもしれない」
「でも——怖くても、動きます」
「そうですね」
メイラが——少し、間を置いた。
「ノイエも——一緒に、動いてくれますよね」
「ええ」
「怖くても——分かろうとしている」
「昨日——そう言っていました」
「……そうね」
「ノイエも——変わっています」
「私たちも——変わっています」
「神は——変わっていないかもしれない」
「でも——私たちは、変わっている」
「それが——何かの意味を持つと思います」
⸻
「……ノイエ」
歩きながら——呼ぶ。
『……はい』
「神が——光の神バール、と呼ばれていることは、知っていましたか」
『……知っています』
「バール——その名前について、何か思いますか」
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少し——間があった。
⸻
『……引っかかります』
「なぜ?」
『……光の神、という言葉が』
「光の神、が——引っかかる?」
『……光は——本来、善いものとされています』
『でも——光の神が——これだけのことをしてきた』
「……矛盾を感じる?」
『……感じます』
「それは——人間も、よく感じることです」
「善いと呼ばれるものが——善くないことをする」
「その矛盾を——どう受け入れるか」
「難しいことです」
『……どう受け入れるのですか』
「……私も、まだ——完全には受け入れられていません」
「でも——善いと呼ばれているから、善い、とは限らない」
「それだけは——わかっています」
「行動を見る」
「言葉ではなく——行動を見て、判断する」
『……行動を見る』
「ええ」
「あなたも——そうやって、判断しています」
「私のことを——大切にしていると気づいた時」
「言葉ではなく——毎日、聞いてくれる、という行動を見た」
『……そうです』
「行動は——正直です」
『……はい』
⸻
夕方が——来ていた。
空が——少し、赤くなっていた。
⸻
(……光の神)
(でも——行動は、光ではない)
(行動を見る)
(それだけが——真実に近い)
⸻
夕暮れが——来ていた。
「行動を見る」と——セリスは言った。
その言葉が——自分自身にも、向いている気がした。
言葉ではなく——行動で。
今日も——歩いている。
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