第145話 分かろうとしています
雨が——止んでいた。
朝の空気が——湿っていた。
草が——光っていた。
露が——光を受けて、きらきらしていた。
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「……雨上がりって、好きです」
メイラが——言う。
「なぜだ」
ガイウスが——答える。
「空気が——きれいな感じがします」
「洗われているからだ」
「そうですね」
「でも——なんか、気持ちも——きれいになる感じがします」
「気持ちは——洗われない」
「そうですけど——そういう気がする、ってことです」
「気がすることと——事実は、別だ」
「わかってます」
「でも——気がすることにも、意味はあると思います」
ガイウスが——少し、間を置いた。
「……そうかもしれない」
メイラが——少し、驚いた顔をした。
「珍しい答えですね」
「そうか」
「かもしれない、って——最近、増えましたよね」
「……そうかもしれない」
「また言った」
「……」
ガイウスが——また、歩き始めた。
メイラが——その背中を見て、小さく笑った。
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歩きながら。
「……ノイエ」
セリスが——呼ぶ。
『……はい』
「昨夜——何か、考えていましたか」
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少し——間があった。
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『……考えていました』
「何を?」
『……重い、と——引っかかる、という言葉について』
「昨日——見つけた言葉を?」
『……はい』
「どんなことを考えていましたか」
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また——間があった。
今度は——少し、長かった。
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『……重い、と感じる時と』
『引っかかる、と感じる時は——違います』
「どう違いますか」
『……重いのは——すでに、あるものです』
『リオが——いなくなった、という事実が——重い』
『でも——引っかかるのは』
『……まだ、分からないものに、近いです』
『あなたが死ぬことを考えると——引っかかる』
『それは——まだ、起きていないことです』
「……なるほど」
「過去のことは——重い」
「未来のことは——引っかかる」
『……そう、まとめることができるかどうか』
『……分かりません』
『でも——そう感じました』
「それで——十分だと思います」
「自分で——気づいた」
「それが大事です」
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「……ノイエ」
「もう一つ——聞いていいですか」
『……はい』
「昨日——私のことを大切にしている、という言葉が引っかかっていた」
「今も——引っかかっていますか」
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長い——沈黙。
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『……はい』
「どんな引っかかりですか」
「昨日と——同じですか」
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また——間があった。
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『……違います』
「どう違う?」
『……昨日は——合っているかどうか、分からなかった』
『でも——今日は』
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また——止まった。
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「……今日は?」
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『……合っている気がします』
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セリスが——少し、止まった。
「……合っている気がする」
「それは——昨日より、一歩進みましたね」
『……はい』
「どうして——そう思えるようになったんですか」
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『……昨夜——考えていた時』
『あなたのことを——考えていました』
『あなたが——毎日、聞いてくれる』
『よく眠れましたか、と』
『何が——ありましたか、と』
『……そういうことを、してくれる人のことを』
『大切にしている、というのかもしれない、と——思いました』
「……」
「あなたが——そう気づいたんですね」
『……はい』
「私が——言ったわけじゃなく」
『……はい』
「自分で——たどり着いた」
『……たどり着けたかどうか、は』
『……まだ、分かりません』
「でも——引っかかって」
「考えて——気づいた」
「それは——たどり着いたと、言えると思います」
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しばらく——黙って、歩いた。
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「……ノイエ」
「一つ——大事なことを言います」
『……はい』
「あなたは——今、分かりません、という言葉を使い続けています」
「でも——最近の分かりません、は——以前の分かりません、と違います」
『……どう違いますか』
「以前の分かりません、は——何もない、ということでした」
「感じていないし——考えてもいない」
「ただ——分からない」
「でも——今の分かりません、は」
「感じていて——考えて——でも、まだ言葉にならない」
「そういう分かりません、に——なっています」
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沈黙。
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『……そうでしょうか』
「そうだと思います」
「昨日——重い、を見つけた」
「引っかかる、を見つけた」
「今日——合っている気がする、と言えた」
「全部——以前の分かりません、の中にあったものです」
「それが——少しずつ、出てきている」
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『……では』
静かに——返ってきた。
『……私は今』
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少し——間があった。
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『……分かろうとしています』
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セリスが——止まった。
「……今、何と言いましたか」
『……分かろうとしています』
「……分かりません、ではなく」
『……はい』
「分かろうとしています」
『……はい』
『……この言葉の方が——今の私には、合っています』
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セリスは——しばらく、動かなかった。
歩きながら——止まった。
止まらずに——歩きながら。
「……そうですね」
かすかな声で——言った。
「その言葉が——今のあなたです」
『……はい』
「分かりません、から——分かろうとしています、へ」
「大きな一歩です」
『……一歩、ですか』
「ええ」
「でも——大きな一歩です」
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『……』
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また——沈黙。
今度は——穏やかな沈黙だった。
何もない沈黙ではなかった。
何かが——満ちているような。
そういう沈黙だった。
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「……セリスさん」
メイラが——隣に来た。
「何?」
「なんか——今日は、顔が違います」
「違う?」
「うん」
「なんか——穏やかな感じ」
「……そうですか」
「何か——いいことがありましたか」
「……ええ」
「どんなこと?」
セリスは——少し、考えた。
「……誰かが、一歩進みました」
「誰がですか」
「……大切な人が」
メイラが——少し、目を細めた。
「ノイエ、ですか」
「……ええ」
「どんな一歩?」
「分かりません、から——分かろうとしています、に」
メイラが——少し、止まった。
「……それは」
「大きいですね」
「ええ」
「すごく——大きいです」
「メイラさんも——そう思いますか」
「思います」
「だって——分かろうとすることが——一番難しいから」
「分かりません、で終わるのは——簡単だけど」
「分かろうとするのは——怖いことだから」
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「……怖い?」
「うん」
「分かろうとしたら——分かってしまうかもしれないから」
「分かってしまったら——それを、受け入れなきゃいけないから」
「……」
「ノイエは——それを、しようとしている」
「すごいと思います」
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セリスは——剣に触れた。
冷たかった。
でも——確かに、そこにあった。
「……ノイエ」
「メイラが——分かろうとすることは怖いと言っていました」
「聞こえていましたか」
『……はい』
「怖いですか」
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沈黙。
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『……引っかかります』
「怖い、という言葉が?」
『……はい』
「合っていると思いますか」
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短い——沈黙。
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『……合っているかもしれません』
『でも——分かろうとしています』
「怖くても——分かろうとしている」
『……はい』
「……それは」
「とても——勇気のいることだと思います」
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『……勇気』
「ええ」
「設計されていない言葉でも——使えますか」
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少し——間があった。
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『……分かろうとしています』
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セリスは——また、口の端が動いた。
笑わなかった。
でも——動いた。
「……その答えが——今のあなたらしいと思います」
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昼前。
小さな町が——見えてきた。
「……今日の拠点か」
ガイウスが——ライラに聞く。
「ああ。情報を取れる協力者が——いる」
「帝国の動きは」
「まだ分からない。入ってから確認する」
「わかった」
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町に——入った。
人が——いた。
市場が——開いていた。
「……久しぶりに、人が多い場所ですね」
メイラが——言う。
「ええ」
「なんか——安心しますね」
「人がいる場所は」
「……そうですね」
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市場を——通り過ぎる。
果物が——並んでいた。
野菜が——積まれていた。
パンの——匂いがした。
「……パン、いいですね」
メイラが——鼻をひくつかせながら言う。
「後で買え」
ガイウスが——言う。
「いいんですか」
「補給は——重要だ」
「……効率ですか」
「そうだ」
「でも——嬉しいです」
「礼はいらない」
「……受け取ってください」
ガイウスが——何も言わなかった。
でも——足を、市場の方へ——少し、向けた。
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拠点に——着いた。
ライラの協力者と——情報を確認した。
「帝国の施設は——どうですか」
「三日前から——兵の数が、また増えている」
「増えている?」
「ああ。何かが——変わったらしい」
「何が?」
「……上から、命令が来たようだ」
「誰からの命令ですか」
「……それが、分からない」
「アスタルテからではなく?」
「アスタルテは——もういない」
「では——誰が」
「……神から、直接かもしれない」
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セリスは——ガイウスを見た。
ガイウスが——頷いた。
「……神が——直接、動き始めた」
「アスタルテを失って——自分で動いているということか」
「そうかもしれません」
「それは——どちらに転ぶか」
「危険が増すか」
「あるいは——神が直接動くほど、追い詰められているか」
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「……どちらだと思いますか」
メイラが——言う。
「両方、かもしれない」
セリスが——答えた。
「追い詰められているから——直接動く」
「でも——直接動くから——危険も増す」
「……そうですね」
「どちらにしても——次の封印核への干渉を——急ぐ必要があるかもしれない」
「ええ」
「でも——今日は——まず、情報を整理します」
「わかりました」
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夜。
情報の整理が——終わった。
メイラが——眠りについた。
ガイウスが——見張りに出た。
ライラが——目を閉じた。
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セリスは——一人、窓の外を見ていた。
町が——静かだった。
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「……ノイエ」
呼ぶ。
『……はい』
「今日——分かろうとしています、と言いました」
『……はい』
「今も——分かろうとしていますか」
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少し——間があった。
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『……はい』
「何を?」
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また——間があった。
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『……いろんなことを』
『重いこと』
『引っかかること』
『怖いこと』
『……そして』
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少し——止まった。
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『……なぜ——分かろうとしているのか、ということも』
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セリスは——少し、止まった。
「……それは——深い問いですね」
「なぜ——分かろうとしているのか」
「どんな答えが——出てきそうですか」
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長い——沈黙。
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『……分かろうとしています』
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セリスは——また、口の端が動いた。
今度は——少し、大きく動いた。
「……その答えで——十分です」
「今日は——よく休んでください」
『……はい』
「おやすみなさい」
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『……おやすみなさい』
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町が——静かだった。
風が——穏やかに、窓を鳴らした。
セリスは——横になった。
目を——閉じた。
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(……分かろうとしています)
(ノイエが——そう言った)
(分かりません、から)
(分かろうとしています、へ)
(この章の——小さな完結だ)
(でも——終わりではない)
(始まりだ)
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(次へ——行く)
(まだ——続く)




