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【毎日更新!】魔剣に選ばれた王女 〜亡国から始まる反逆の戦記〜  作者: 筑紫隼人
第六章「悪魔と呼ばれた者」

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第145話 分かろうとしています

雨が——止んでいた。


朝の空気が——湿っていた。


草が——光っていた。


露が——光を受けて、きらきらしていた。



「……雨上がりって、好きです」


メイラが——言う。


「なぜだ」


ガイウスが——答える。


「空気が——きれいな感じがします」


「洗われているからだ」


「そうですね」


「でも——なんか、気持ちも——きれいになる感じがします」


「気持ちは——洗われない」


「そうですけど——そういう気がする、ってことです」


「気がすることと——事実は、別だ」


「わかってます」


「でも——気がすることにも、意味はあると思います」


ガイウスが——少し、間を置いた。


「……そうかもしれない」


メイラが——少し、驚いた顔をした。


「珍しい答えですね」


「そうか」


「かもしれない、って——最近、増えましたよね」


「……そうかもしれない」


「また言った」


「……」


ガイウスが——また、歩き始めた。


メイラが——その背中を見て、小さく笑った。



歩きながら。


「……ノイエ」


セリスが——呼ぶ。


『……はい』


「昨夜——何か、考えていましたか」



少し——間があった。



『……考えていました』


「何を?」


『……重い、と——引っかかる、という言葉について』


「昨日——見つけた言葉を?」


『……はい』


「どんなことを考えていましたか」



また——間があった。


今度は——少し、長かった。



『……重い、と感じる時と』


『引っかかる、と感じる時は——違います』


「どう違いますか」


『……重いのは——すでに、あるものです』


『リオが——いなくなった、という事実が——重い』


『でも——引っかかるのは』


『……まだ、分からないものに、近いです』


『あなたが死ぬことを考えると——引っかかる』


『それは——まだ、起きていないことです』


「……なるほど」


「過去のことは——重い」


「未来のことは——引っかかる」


『……そう、まとめることができるかどうか』


『……分かりません』


『でも——そう感じました』


「それで——十分だと思います」


「自分で——気づいた」


「それが大事です」



「……ノイエ」


「もう一つ——聞いていいですか」


『……はい』


「昨日——私のことを大切にしている、という言葉が引っかかっていた」


「今も——引っかかっていますか」



長い——沈黙。



『……はい』


「どんな引っかかりですか」


「昨日と——同じですか」



また——間があった。



『……違います』


「どう違う?」


『……昨日は——合っているかどうか、分からなかった』


『でも——今日は』



また——止まった。



「……今日は?」



『……合っている気がします』



セリスが——少し、止まった。


「……合っている気がする」


「それは——昨日より、一歩進みましたね」


『……はい』


「どうして——そう思えるようになったんですか」



『……昨夜——考えていた時』


『あなたのことを——考えていました』


『あなたが——毎日、聞いてくれる』


『よく眠れましたか、と』


『何が——ありましたか、と』


『……そういうことを、してくれる人のことを』


『大切にしている、というのかもしれない、と——思いました』


「……」


「あなたが——そう気づいたんですね」


『……はい』


「私が——言ったわけじゃなく」


『……はい』


「自分で——たどり着いた」


『……たどり着けたかどうか、は』


『……まだ、分かりません』


「でも——引っかかって」


「考えて——気づいた」


「それは——たどり着いたと、言えると思います」



しばらく——黙って、歩いた。



「……ノイエ」


「一つ——大事なことを言います」


『……はい』


「あなたは——今、分かりません、という言葉を使い続けています」


「でも——最近の分かりません、は——以前の分かりません、と違います」


『……どう違いますか』


「以前の分かりません、は——何もない、ということでした」


「感じていないし——考えてもいない」


「ただ——分からない」


「でも——今の分かりません、は」


「感じていて——考えて——でも、まだ言葉にならない」


「そういう分かりません、に——なっています」



沈黙。



『……そうでしょうか』


「そうだと思います」


「昨日——重い、を見つけた」


「引っかかる、を見つけた」


「今日——合っている気がする、と言えた」


「全部——以前の分かりません、の中にあったものです」


「それが——少しずつ、出てきている」



『……では』


静かに——返ってきた。


『……私は今』



少し——間があった。



『……分かろうとしています』



セリスが——止まった。


「……今、何と言いましたか」


『……分かろうとしています』


「……分かりません、ではなく」


『……はい』


「分かろうとしています」


『……はい』


『……この言葉の方が——今の私には、合っています』



セリスは——しばらく、動かなかった。


歩きながら——止まった。


止まらずに——歩きながら。


「……そうですね」


かすかな声で——言った。


「その言葉が——今のあなたです」


『……はい』


「分かりません、から——分かろうとしています、へ」


「大きな一歩です」


『……一歩、ですか』


「ええ」


「でも——大きな一歩です」



『……』



また——沈黙。


今度は——穏やかな沈黙だった。


何もない沈黙ではなかった。


何かが——満ちているような。


そういう沈黙だった。



「……セリスさん」


メイラが——隣に来た。


「何?」


「なんか——今日は、顔が違います」


「違う?」


「うん」


「なんか——穏やかな感じ」


「……そうですか」


「何か——いいことがありましたか」


「……ええ」


「どんなこと?」


セリスは——少し、考えた。


「……誰かが、一歩進みました」


「誰がですか」


「……大切な人が」


メイラが——少し、目を細めた。


「ノイエ、ですか」


「……ええ」


「どんな一歩?」


「分かりません、から——分かろうとしています、に」


メイラが——少し、止まった。


「……それは」


「大きいですね」


「ええ」


「すごく——大きいです」


「メイラさんも——そう思いますか」


「思います」


「だって——分かろうとすることが——一番難しいから」


「分かりません、で終わるのは——簡単だけど」


「分かろうとするのは——怖いことだから」



「……怖い?」


「うん」


「分かろうとしたら——分かってしまうかもしれないから」


「分かってしまったら——それを、受け入れなきゃいけないから」


「……」


「ノイエは——それを、しようとしている」


「すごいと思います」



セリスは——剣に触れた。


冷たかった。


でも——確かに、そこにあった。


「……ノイエ」


「メイラが——分かろうとすることは怖いと言っていました」


「聞こえていましたか」


『……はい』


「怖いですか」



沈黙。



『……引っかかります』


「怖い、という言葉が?」


『……はい』


「合っていると思いますか」



短い——沈黙。



『……合っているかもしれません』


『でも——分かろうとしています』


「怖くても——分かろうとしている」


『……はい』


「……それは」


「とても——勇気のいることだと思います」



『……勇気』


「ええ」


「設計されていない言葉でも——使えますか」



少し——間があった。



『……分かろうとしています』



セリスは——また、口の端が動いた。


笑わなかった。


でも——動いた。


「……その答えが——今のあなたらしいと思います」



昼前。


小さな町が——見えてきた。


「……今日の拠点か」


ガイウスが——ライラに聞く。


「ああ。情報を取れる協力者が——いる」


「帝国の動きは」


「まだ分からない。入ってから確認する」


「わかった」



町に——入った。


人が——いた。


市場が——開いていた。


「……久しぶりに、人が多い場所ですね」


メイラが——言う。


「ええ」


「なんか——安心しますね」


「人がいる場所は」


「……そうですね」



市場を——通り過ぎる。


果物が——並んでいた。


野菜が——積まれていた。


パンの——匂いがした。


「……パン、いいですね」


メイラが——鼻をひくつかせながら言う。


「後で買え」


ガイウスが——言う。


「いいんですか」


「補給は——重要だ」


「……効率ですか」


「そうだ」


「でも——嬉しいです」


「礼はいらない」


「……受け取ってください」


ガイウスが——何も言わなかった。


でも——足を、市場の方へ——少し、向けた。



拠点に——着いた。


ライラの協力者と——情報を確認した。


「帝国の施設は——どうですか」


「三日前から——兵の数が、また増えている」


「増えている?」


「ああ。何かが——変わったらしい」


「何が?」


「……上から、命令が来たようだ」


「誰からの命令ですか」


「……それが、分からない」


「アスタルテからではなく?」


「アスタルテは——もういない」


「では——誰が」


「……神から、直接かもしれない」



セリスは——ガイウスを見た。


ガイウスが——頷いた。


「……神が——直接、動き始めた」


「アスタルテを失って——自分で動いているということか」


「そうかもしれません」


「それは——どちらに転ぶか」


「危険が増すか」


「あるいは——神が直接動くほど、追い詰められているか」



「……どちらだと思いますか」


メイラが——言う。


「両方、かもしれない」


セリスが——答えた。


「追い詰められているから——直接動く」


「でも——直接動くから——危険も増す」


「……そうですね」


「どちらにしても——次の封印核への干渉を——急ぐ必要があるかもしれない」


「ええ」


「でも——今日は——まず、情報を整理します」


「わかりました」



夜。


情報の整理が——終わった。


メイラが——眠りについた。


ガイウスが——見張りに出た。


ライラが——目を閉じた。



セリスは——一人、窓の外を見ていた。


町が——静かだった。



「……ノイエ」


呼ぶ。


『……はい』


「今日——分かろうとしています、と言いました」


『……はい』


「今も——分かろうとしていますか」



少し——間があった。



『……はい』


「何を?」



また——間があった。



『……いろんなことを』


『重いこと』


『引っかかること』


『怖いこと』


『……そして』



少し——止まった。



『……なぜ——分かろうとしているのか、ということも』



セリスは——少し、止まった。


「……それは——深い問いですね」


「なぜ——分かろうとしているのか」


「どんな答えが——出てきそうですか」



長い——沈黙。



『……分かろうとしています』



セリスは——また、口の端が動いた。


今度は——少し、大きく動いた。


「……その答えで——十分です」


「今日は——よく休んでください」


『……はい』


「おやすみなさい」



『……おやすみなさい』



町が——静かだった。


風が——穏やかに、窓を鳴らした。


セリスは——横になった。


目を——閉じた。



(……分かろうとしています)


(ノイエが——そう言った)


(分かりません、から)


(分かろうとしています、へ)


(この章の——小さな完結だ)


(でも——終わりではない)


(始まりだ)



(次へ——行く)


(まだ——続く)

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