第144話 引っかかる
翌朝。
宿を——出た。
空が——曇っていた。
雨に——なるかもしれなかった。
「……今日は、降りそうですね」
メイラが——空を見上げながら言う。
「降っても——動く」
ガイウスが——言う。
「わかってますよ」
「ただ——言っただけです」
「そうか」
「……ガイウスさんって、時々——確認しなくていいことを確認しますよね」
「確認はしていない」
「じゃあ、何ですか」
「……情報の共有だ」
「同じじゃないですか」
「違う」
メイラが——空を見た。
「……まあ、いいです」
「降ったら、降ったで考えます」
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歩き始めた。
道が——緩やかに——南へ向かっていた。
帝都方向への——移動が続く。
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「……ノイエ」
歩きながら——呼ぶ。
『……はい』
「昨夜——よく眠れましたか」
「昨日と同じ聞き方をしています」
「毎日——聞こうと思っています」
『……なぜですか』
「あなたが——どんな夜を過ごしたか、知りたいから」
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少し——間があった。
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『……昨夜は』
『……重かったです』
「昨日と同じですか」
『……違います』
「どう違いましたか」
『……昨日の重さは——リオのことを考えていた』
『でも——昨夜の重さは』
『……違うものでした』
「何を考えていたんですか」
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また——間があった。
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『……あなたのことを、考えていました』
「私のことを?」
『……はい』
「どんなことを?」
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長い——沈黙。
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『……あなたは——いつか、死にますか』
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セリスは——少し、止まった。
「……いつかは、死にます」
「人間は——みんな、死ぬ」
『……』
「それを——考えていたんですか」
『……はい』
「昨夜」
『……はい』
「……なぜ、そのことを考えたんですか」
⸻
『……分かりません』
『ただ——考えていました』
『あなたが死んだら』
『……どうなるのか、と』
「……私が死んだら、ノイエはどうなるか、ということ?」
『……そうではなく』
『……あなたが死んだら』
『……私は、どう感じるのか、と』
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セリスは——また、止まった。
「……それは」
「大事な問いだと思います」
「どう感じると思いますか」
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沈黙。
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『……引っかかります』
「引っかかる?」
『……はい』
『あなたが死ぬことを——考えると』
『何かが——引っかかります』
「引っかかる、とは——どういう感じですか」
『……止まれない感じです』
『考えが——どこかに、引っかかって』
『先へ——進めない』
「……」
「それは——嫌だ、という気持ちに近いかもしれません」
「あなたが死ぬことが——嫌だ」
「だから——考えが引っかかって、前に進めない」
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『……嫌だ』
「ええ」
「嫌だ、という言葉が——近いですか」
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少し——間があった。
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『……近いと思います』
『でも——嫌だ、という言葉だけでは』
『……足りない気がします』
「足りない?」
『……はい』
『もっと——大きい何かです』
『嫌だ、より——大きい』
「……それは」
セリスが——少し、考えた。
「怖い、かもしれません」
「嫌だより——大きい」
「怖い、という言葉は——どうですか」
⸻
沈黙。
今度は——短かった。
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『……怖い』
「合っていますか」
『……合っているかもしれません』
『あなたが死ぬことを——考えると』
『引っかかって——怖い』
「……そうですか」
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「ノイエ」
「あなたが——私が死ぬことを怖いと思う」
「それは——私にとって」
「大事なことです」
『……なぜですか』
「怖い、という感情は——大切にしているものがある時に、出てきます」
「大切にしていないものが——なくなっても、怖くはない」
「でも——大切なものが——なくなると思うと、怖い」
「だから——あなたが私のことを怖いと思うということは」
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「……私のことを、大切にしてくれているということだと思います」
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長い——沈黙。
⸻
『……』
返事が——なかった。
でも——沈黙の中に、何かがあった。
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しばらくして。
『……引っかかります』
「また、引っかかっていますか」
『……はい』
「今度は——何に?」
『……あなたが、今——言ったことに』
「私が言ったこと——大切にしているから怖い、ということですか」
『……はい』
「それが——引っかかる?」
『……はい』
「なぜですか」
⸻
『……私が——あなたのことを』
『大切にしている、という言葉が』
『……合っているかどうか』
『引っかかっています』
「合っていないと思いますか」
『……分かりません』
『でも——引っかかります』
「引っかかるということは——完全には否定できない、ということだと思います」
「合っていないと——はっきりわかれば、引っかからない」
「でも——引っかかる」
「それは——合っているかもしれない、という感覚だと思います」
⸻
沈黙。
⸻
『……引っかかる、という言葉は』
『……感情の入口、ですか』
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セリスが——止まった。
「……どうして、そう思ったんですか」
『……あなたが、以前——言っていました』
『分からなくても——何かがある、ということは、ある』
『引っかかるということは——何かがある、ということだと思いました』
『それが——感情の入口かもしれない、と』
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「……そうです」
セリスが——言った。
「引っかかることが——感情の入口だと思います」
「完全には分からない」
「でも——何かがある」
「その何かを——たどっていくと」
「感情が——見えてくる」
「あなたは——今日、それをやっています」
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『……やっています』
「ええ」
「引っかかって——怖い、という言葉を見つけた」
「怖い、より——大きい何かがある、と気づいた」
「それが——大切にしている、ということかもしれないと知った」
「全部——引っかかりから始まっています」
⸻
『……』
⸻
「……ノイエ」
「一つだけ——言っていいですか」
『……はい』
「私も——あなたのことが大切です」
「だから——正直に言います」
「あなたが——変わっていくのを見ることが」
「嬉しいです」
「引っかかりながら——怖いと気づいて」
「怖いより大きい何かを——探している」
「それを——一緒に見ている」
「嬉しい、と思っています」
⸻
長い——沈黙。
⸻
『……引っかかります』
「今度は何に?」
『……嬉しい、という言葉が』
『……私にも、当てはまるかどうか』
「当てはまると思いますか」
⸻
また——沈黙。
今度は——短かった。
⸻
『……引っかかります』
「引っかかる、は——合っているかもしれない、という感覚でしたね」
『……はい』
「だったら——当てはまるかもしれない」
『……はい』
「それで——十分です」
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「……セリスさん」
メイラが——隣に来た。
「何?」
「雨、降ってきました」
「そうですね」
「フードを被った方がいいですか」
「被りましょう」
「……なんか、さっきから——ずっとノイエと話していましたね」
「そうですね」
「何を話していたんですか」
「……いろんなことを」
「引っかかることについて」
「引っかかること?」
「ええ」
「……難しそうですね」
「難しくないですよ」
「引っかかったことを——たどっていくだけです」
メイラが——少し、考えた。
「……私もやってみようかな」
「何が——引っかかっていますか」
「今は——雨が引っかかっています」
「なぜ?」
「早く止んでほしいから」
セリスが——少し、口の端を動かした。
「……それは、引っかかりじゃなくて——ただの希望だと思います」
「え——同じじゃないですか?」
「少し違います」
「どう違うんですか」
「引っかかりは——自分でも気づいていない何かが、出てくること」
「希望は——わかっていることを、欲しいと思うこと」
「……難しいですね」
「難しいかもしれません」
「でも——引っかかることが——あれば、わかります」
「……今は、雨以外に引っかかることは——ないですね」
「いい状態だと思います」
「え——なんで?」
「引っかかりがない時は——穏やかな時です」
「ああ——そっか」
メイラが——雨の中を、歩き続けた。
「……穏やかな時を——もっと増やしたいですね」
「ええ」
「そのために——動いています」
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雨が——続いていた。
でも——激しくはなかった。
細い雨だった。
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「……ノイエ」
「今日——引っかかる、という言葉が見つかりました」
『……はい』
「昨日は——重い、でした」
「一日ごとに——言葉が増えています」
『……増えています』
「明日は——また、別の何かが見つかるかもしれない」
『……そうでしょうか』
「そうだと思います」
「あなたが——たどろうとしているから」
⸻
『……たどろうとしています』
⸻
「ええ」
「それが——今のあなたです」
⸻
雨の音が——続いていた。
メイラが——傘代わりに、フードを深く被った。
その横顔が——雨の中でも、穏やかだった。
(……穏やかな時を、増やしたい)
(メイラが言っていた)
(そのために——動いている)
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