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【毎日更新!】魔剣に選ばれた王女 〜亡国から始まる反逆の戦記〜  作者: 筑紫隼人
第六章「悪魔と呼ばれた者」

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第143話 重い

夜は——村の宿で過ごした。


小さな宿だった。


主人が——セリスの剣を見て、少し顔を強ばらせた。


でも——部屋を出してくれた。


「……ありがとうございます」


「……どうぞ」


それだけだった。



翌朝。


出発する前に——主人が、朝食を持ってきた。


昨夜より——少し、表情が柔らかかった。


「……食べていけ」


「ありがとうございます」


「……遠くから来たのか」


「山の方から」


「山か」


主人が——少し、間を置いた。


「……あの山は、近づくもんじゃない」


「そうですか」


「帝国の連中が——ずっと、あそこで何かやっている」


「知っていますか」


「知らない方が——いいことがある」


主人が——そう言って、引っ込んだ。



「……知らない方がいいことがある、か」


メイラが——パンをちぎりながら言う。


「そうですね」


「でも——知ってしまった」


「ええ」


「知ってしまったら——動くしかない」


「……そうね」


「セリスさんは——知りたくなかったと思ったことは、ありますか」



セリスは——少し、考えた。


「……あるかもしれない」


「何を?」


「アスタルテが——全部、設計していたということ」


「知らなかった方が——楽だったかもしれない」


「でも——知ってよかったとも思います」


「なんで?」


「知らないまま——戦い続けるより」


「知った上で——続ける方が、本物だから」


メイラが——頷いた。


「……そうですね」


「知ることが——怖くても」


「知った方がいい」


「ええ」



出発した。


今日は——帝都方向への移動の続きだった。


道が——平坦だった。


山から離れるほど——歩きやすくなる。



「……セリスさん」


メイラが——また、隣に来た。


「何?」


「昨日——ノイエが、処理が止まったって言っていましたよね」


「聞こえていたんですか」


「少し——また、聞こえてしまいました」


「……いいですよ」


「ノイエって——変わりましたね」


「ええ」


「前は——そういうこと、言わなかったですよね」


「言えなかったんだと思います」


「言えなかった?」


「感じていなかったわけじゃなくて——言葉がなかった」


「感じていたけど——言葉がなかった」


メイラが——少し、考えた。


「……私も、そういうことありますよ」


「ありますか」


「うん。感じているのに——何て言えばいいか、わからない時」


「そういう時は——どうするんですか」


「……しばらく、抱えます」


「言葉が出てくるまで」


「そうですか」


「ノイエも——ずっと、抱えていたのかもしれませんね」


「……そうかもしれない」



午前中の半ば。


休憩を——取った。


岩の上に——腰を下ろす。


水を飲む。


「……今日は、歩きやすいですね」


メイラが——言う。


「山の後だからな」


ガイウスが——言う。


「比べると、全然違います」


「慣れるというより——対比だ」


「それって——辛いことを経験すると、普通のことがよく見える、ってことですよね」


「そういうことだ」


「なんか——深いですね」


「事実だ」


メイラが——少し、笑った。



休んでいる間。


「……ノイエ」


セリスが——静かに、呼ぶ。


『……はい』


「昨日——処理が止まった、と言っていましたね」


『……はい』


「今日も——何か、ありましたか」



少し——間があった。



『……あります』


「何がありましたか」


『……朝』


『メイラが——リオのことを話しました』


「昨日も——そうでしたね」


『……昨日とは——違いました』


「どう違いましたか」



また——間があった。


今度は——少し、長かった。



『……昨日は——処理が止まりました』


『でも——今日は』


『……止まらなかったです』


「止まらなかった?」


『……はい』


『処理は——続いていました』


『でも』



また——止まった。



「……でも?」


セリスが——静かに、続きを促した。


急かさなかった。



『……重かったです』



セリスが——少し、止まった。


「……重かった」


「どこが?」



長い——沈黙。



『……どこ、とは言えません』


『場所が——ありません』


『でも——重かった』


「……それは」


「感情が——重さとして現れた、ということだと思います」


「場所はなくても——重さはある」


「人間も——そういうことがあります」


「胸が重い、と言ったりします」


「でも——胸のどこが重いか、と聞かれると——答えられない」


「ただ——重い」


『……そうです』


『その——重い、という言葉が』


『……一番、近いと思いました』



「……よかった」


セリスが——言った。


「言葉が——見つかった」


『……見つかった、というより』


『あなたが——示してくれた』


「私が示した言葉が——合っていたから、使えたんですよ」


「あなたが——選んだ」


『……』


「それは——あなたの言葉です」



沈黙。



『……重い』


もう一度——言った。


確かめるように。


『……これが、私の言葉です』



「ええ」


セリスが——頷いた。


「あなたの言葉です」



歩き始めた。


午後の道は——穏やかだった。


風が——少し、温かかった。



「……ノイエ」


しばらく歩いてから——また、呼ぶ。


『……はい』


「重い、という感覚——今も、ありますか」


『……あります』


「リオのことを——思い出しているから?」


『……そうかもしれません』


『リオのことを——考えると』


『……重くなります』


「それは——悲しみ、と呼ぶことが多いです」


『……悲しみ』


「ええ」


「大切な人がいなくなった時に——感じるもの」


「重くなる」


「何もしたくなくなる」


「涙が出ることもある」


「そういうものを——悲しみ、と言います」


『……悲しみ』


「あなたに——当てはまりますか」



長い——沈黙。



『……分かりません』


「分からなくていいです」


「重い、ということは——わかった」


「それが今日の——一歩だと思います」



『……一歩』


「ええ」


「毎日——一歩でいい」


「昨日は——処理が止まった、ということがわかった」


「今日は——重い、という言葉が見つかった」


「明日は——また、別の何かがわかるかもしれない」


『……そうでしょうか』


「そう思います」



『……あなたは』


静かに——返ってきた。


『……どうして、そんなに——待ってくれるのですか』



セリスは——少し、止まった。


「待っているつもりは——なかったけれど」


「……でも」


「あなたが——変わっていくのを、見たいと思っているのかもしれない」


「怖くないから」


「あなたが変わることを——怖いとは思わない」


「だから——待てる、というより」


「一緒に——いる、という感じです」



沈黙。



『……一緒に、いる』


「ええ」


『……私は』


『……今まで——一人でした』


「知っています」


「以前——言っていましたね」


「長い間、一人だった、と」


『……はい』


「今は——どうですか」



短い——沈黙。



『……今は』


『……重いです』



セリスが——少し、止まった。


「……重い?」


「一人じゃないから——重い?」



『……分かりません』


『でも——重いです』


『今は』


『昨日より——重いです』



「……それは」


セリスが——少し、笑いそうになった。


笑わなかった。


でも——口の端が、動いた。


「悲しみとは——違う重さかもしれません」


「嬉しいとか——温かいとか、そういう気持ちも」


「重くなることがある」


「胸がいっぱい、と言ったりします」


『……胸がいっぱい』


「ええ」


「良い意味で——重い」



『……』


また——沈黙。



『……どちらか——分かりません』


「どちらでも——いいと思います」


「重いことは——確かだから」


「それが——今のあなたの言葉です」



道が——続いていた。


夕暮れが——近づいていた。


空が——少しずつ、色を変えていた。



「……セリスさん」


メイラが——隣に来た。


「何?」


「なんか——今日は、穏やかですね」


「そうですか」


「うん」


「山の上より——空気が温かいし」


「道も歩きやすいし」


「なんか——今日は、いい日な気がします」


「……そうね」


「いい日、ですか?」


「ええ」


「……珍しいですね、そういうこと言うの」


「そうですか」


「うん。セリスさんって——あまり、そういうこと言わないから」


「……言わなかったかもしれない」


「でも——今日は?」


「……今日は、言えました」



メイラが——少し、嬉しそうな顔をした。


「よかった」


「……ええ」


「いい日、続くといいですね」


「……そうね」


「続けましょう」



四人で——夕暮れの道を歩いた。


空が——オレンジ色だった。


風が——穏やかだった。



(……重い)


(ノイエが——そう言った)


(重いという言葉を——自分のものにした)


(それが——今日の一歩だ)



(明日も——一歩)


(ずっと——一歩ずつ)

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