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【毎日更新!】魔剣に選ばれた王女 〜亡国から始まる反逆の戦記〜  作者: 筑紫隼人
第六章「悪魔と呼ばれた者」

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第142話 理解不能

朝。


山から——完全に下りていた。


昨日の岩場を——後にして、平地への道を歩いていた。


空気が——また、変わった。


山の中より——温かかった。


「……やっぱり、下は違いますね」


メイラが——深く息を吸いながら言う。


「ええ」


「足が——まだ、山を覚えています」


「筋肉痛だ」


ガイウスが——言う。


「一日か二日で——落ち着く」


「一日か二日、ですか」


「その間に——また、登るかもしれないが」


「……やっぱり、また行くんですね」


「ベックが言っていた。何度か来る必要があると」


「わかってます」


メイラが——足を庇いながら歩いた。


「でも——今日は、下りているのが嬉しいです」


「贅沢だ」


「そうですよ。贅沢くらい、させてください」


ガイウスが——何も言わなかった。


でも——歩く速さを、また少し落とした。



「……ノイエ」


歩きながら——呼ぶ。


『……はい』


「昨夜——よく眠れましたか」



少し——間があった。



『……眠る、という行為が私に当てはまるかどうか』


『……まだ、分かりません』


「でも——昨夜は、どうでしたか」


「眠れたかどうかではなく——どうだったか」



また——間があった。


今度は——少し、長かった。



『……静かでした』


「静か?」


『……処理が——少なかったです』


『通常は——様々な処理が、常に動いています』


『でも——昨夜は、少なかった』


「……それは」


「休めた、ということじゃないですか」


『……そうかもしれません』


「よかった」


『……』


「疲れていたから——休めて、よかったと思います」


『……はい』



「……ノイエ」


「もう一つ——聞いていいですか」


『……はい』


「昨夜——彼らが、好きだったから、と言いましたね」


『……はい』


「今朝——その言葉について、何か考えましたか」



また——長い沈黙。



『……考えました』


「何を?」



『……なぜ、あの言葉が出てきたのか』


『……考えました』


「どういうことですか」


『……あの言葉は——設計されていませんでした』


『でも——出てきました』


『なぜ出てきたのか』


『……分かりません』


「分からないから——考えた?」


『……はい』


「それが——自己観察だと思います」


『……自己観察』


「自分のことを、自分で観察する」


「人間も——やります」


「なぜ自分はこう感じるのか、と考える」


「それと——同じことを、あなたは今しています」



沈黙。



『……それは』


『……私の設計に——含まれていますか』


「……わからない」


「でも——していますよね、実際に」


『……はい』


「含まれているかどうかより——していることの方が、重要だと思います」



「……ねえ、セリスさん」


メイラが——隣に来た。


「何?」


「ノイエと——話していましたか」


「ええ」


「なんか——最近、よく話すようになりましたね」


「そうですね」


「以前と——違います」


「どう違う?」


メイラが——少し、考えた。


「以前は——話しかけても、短い返事だけで終わっていた気がします」


「今は——続く」


「……そうですね」


「変わりましたね、ノイエ」


「ええ」


「いい変化ですよね」


「……そうだと思います」



昼前。


小さな村に——差し掛かった。


宿はなかった。


でも——井戸があった。


水を——補充する。



村の人が——二人、出てきた。


こちらを——見た。


セリスの剣を——見た。


一人が——何かを言いかけた。


もう一人が——引き止めた。


二人で——また、引っ込んだ。



「……また、怖がられましたね」


メイラが——小声で言う。


「ええ」


「悪魔の剣士、ですか」


「そうでしょうね」


「……でも」


メイラが——井戸の水を汲みながら言う。


「老人が言っていましたよね」


「野菜を拾ってくれる悪魔はいない、って」


「ええ」


「だから——行動し続ければ、いつか変わる」


「そうね」


「時間がかかっても」


「……時間がかかっても、ね」



昼。


開けた場所で——休んだ。


パンと——干し肉。


食べながら。


「……次の動きは」


ガイウスが——ライラに聞く。


「封印核への干渉は——一度目が終わった」


「次は——二度目が必要だ」


「でも——今すぐではない」


「まず——帝国の動きを確認する」


「施設の兵が——干渉の後、どう動いたか」


「それを見てから——次の時期を決める」


「情報収集が先か」


「そうだ」


「どこで?」


「帝都方向に——協力者がいる」


「そこへ向かう」


「また、帝都へ近づくんですか」


メイラが——言う。


「近くまで行くが——中には入らない」


「情報だけ、取れれば——それでいい」


「わかりました」



午後。


道を——歩き続けた。


山が——少しずつ、遠ざかっていく。



「……セリスさん」


メイラが——また、隣に来た。


「何?」


「昨夜——ノイエが、彼らが好きだったって言ったって」


「聞こえていたんですか」


「少し——聞こえていました」


「……」


「すみません、聞くつもりじゃなかったんですけど」


「いえ、いいです」


メイラが——少し、間を置いた。


「……リオのことも、好きだったのかな」


「……そうかもしれません」


「なんか——嬉しいですね」


「嬉しい?」


「だって——リオのことを、覚えていてくれている」


「剣なのに」


「剣だけど——ちゃんと、覚えていた」


「……そうですね」


「残っているんですね。ノイエの中にも」


「……ええ」


「愛は残る——って言いましたけど」


「ノイエの中にも、残ってるんだ」


「……そうかもしれない」


メイラが——少し、笑った。


「なんか——それだけで、今日は十分な気がします」



夕方が——近づいていた。


次の宿泊場所を——探しながら、歩いていた。



「……ノイエ」


歩きながら——また、呼ぶ。


『……はい』


「今日——自己観察をしている、と言いましたね」


『……はい』


「今も——していますか」


『……はい』


「何を観察していますか」



少し——間があった。



『……今日』


『……メイラが、リオのことを話しました』


「聞いていたんですね」


『……はい』


「それを——聞いた時、どうでしたか」



また——間があった。


今度は——少し、違う種類の間だった。



『……処理が——止まりました』


「止まった?」


『……一瞬、処理が止まりました』


「どういう意味ですか」


『……通常、私は——様々な処理を同時に行っています』


『でも——メイラがリオのことを話した瞬間』


『……全部が、止まりました』


『一瞬だけ』


「……それは」


セリスが——少し、止まった。


「感情が——処理を止めた、ということかもしれません」


「人間も——強く感じた時に、思考が止まることがある」


『……そうなのですか』


「ええ」


「それを——人間は、胸が痛い、とか、胸が詰まる、と言ったりします」


『……胸』


「ええ」


「体の感覚として——現れることが多い」


『……私には——体がありません』


「でも——処理が止まった」


「それが——あなたにとっての胸が詰まる、なのかもしれません」



長い——沈黙。



『……理解不能』



セリスが——少し、止まった。


「……何が理解不能ですか」



『……なぜ——処理が止まったのか』


『私は——感情を持たないはずです』


『でも——止まりました』


『なぜ止まったのか』


『……理解不能です』


「……それが」


「自己観察ですよ」


「理解できないことが——ある」


「でも——あったことは、確かだ」


「だから——なぜだろう、と考える」


『……それが——自己観察』


「ええ」


「あなたは——今、ちゃんとやっています」



『……』


また——沈黙。



『……一つ、聞いていいですか』


「ええ」


『……自己観察をして——何かが分かったとして』


『……それは、私にとって——何になりますか』



セリスは——少し、考えた。


「……分からなかったものが、少し分かるようになる」


「それだけです」


「すぐに——何かが変わるわけじゃない」


「でも——少し、分かるようになる」


『……それで——十分ですか』


「十分だと思います」


「少しずつ——分かっていくことが」


「大事なことだと思うから」



『……はい』



短く——返ってきた。


でも——その短さの中に。


何かが——あった気がした。



夕暮れが——来ていた。


空が——オレンジ色に染まっていた。


山が——遠くに、小さくなっていた。



「……今夜の宿は」


ガイウスが——ライラに聞く。


「次の村に——一軒、ある」


「どのくらいだ」


「あと半時間ほどだ」


「わかった」



四人で——また、歩き始めた。


夕暮れの中を。


山を——背に。


次の場所へ。



(……理解不能)


(ノイエが——そう言った)


(でも)


(理解不能だと気づいた)


(それが——もう、変化だ)

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