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【毎日更新!】魔剣に選ばれた王女 〜亡国から始まる反逆の戦記〜  作者: 筑紫隼人
第六章「悪魔と呼ばれた者」

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第141話 分かりません

下山に——三時間かかった。


登りより——足への負担が大きかった。


メイラが——何度か、足を止めた。


「……大丈夫か」


ガイウスが——振り返る。


「大丈夫です。ただ——膝が」


「無理をするな」


「無理じゃないです。ただ——」


「ただ?」


「膝が、私の言うことを聞かない」


「……筋肉の疲労だ」


「わかってます」


「ゆっくり下りろ。急ぐ必要はない」


「……ガイウスさんって」


「何だ」


「急かさないですよね。こういう時」


「急かしても——速くはならない」


「効率の問題ですか」


「そうだ」


「……でも、助かります」


ガイウスが——何も言わなかった。


でも——歩く速さを、少し落とした。



日が——傾いていた。


山から——平地へ。


空気が——少しずつ、温かくなる。


「……やっぱり、下は空気が違いますね」


メイラが——深く息を吸いながら言う。


「山の空気は——薄い」


「でも——すっきりしてた気がします」


「慣れたのか」


「少し——慣れたかもしれません」


ライラが——前を向いたまま言う。


「適応は——早い方がいい」


「また行くことになりますから」


「……そうですね」


「また行きます」


メイラが——少し、足を止めた。


「何度も——行くんですか」


「ベックが言っていました。完全に止めるには——何度か来る必要があると」


「……そっか」


「でも——今日、最初の一歩は踏めました」


「……そうですね」


「一歩ずつです」



夕暮れ前に——昨日の岩場に戻った。


昨夜と——同じ場所だった。


でも——昨夜と、違う気がした。


「……なんか、昨日より落ち着きますね」


メイラが——言う。


「知っている場所だからだろう」


「そうかもしれません」


「人間は——知っている場所に、安心する」


「ガイウスさんも、そうですか」


「……そうかもしれない」


「珍しい答えですね」


「何が」


「かもしれない、って言ったから」


「……事実かどうか、確認できないことは——断定しない」


「自分のことも、ですか」


「自分のことが——一番、わからないことが多い」


メイラが——頷いた。


「……それは、わかります」



火を——起こした。


荷物を——下ろした。


メイラが——干し肉を温めた。


「今日は——温かいものがありがたい」


「山では——体温が下がる」


「わかってます。でも——それ以上に、疲れました」


「よく動いた」


ガイウスが——言う。


「……珍しく、褒めてもらいましたね」


「事実だ」


「同じですよ」


「違う」


「……まあ、嬉しいので、ありがたく受け取ります」



食後。


メイラが——眠りについた。


すぐだった。


本当に——疲れていたらしかった。


ガイウスが——見張りに出た。


ライラが——目を閉じた。



セリスは——火の前に、一人で座っていた。


山が——暗くなっていた。


でも——遠くに、青白い光が——かすかに見えた気がした。


気のせいかもしれなかった。


でも——見えた気がした。



「……ノイエ」


呼ぶ。


『……はい』


「今日——ありがとうございました」


「もう一度、言います」


「一緒に——やってくれて、ありがとう」


『……はい』


「疲れましたか」


『……はい』


「今も——苦しいですか」


『……今は、落ち着いています』


「そうですか」


「……よかった」



少し——間があった。


「……一つ、聞いていいですか」


「今日——核に力を注いだ時」


「苦しかったのに——続けると言った」


「なぜですか」



沈黙。


長かった。


でも——返ってきた。



『……分かりません』


「分からない?」


「やりたいと思った、と言っていた」


「それは——なぜですか」


『……分かりません』


「分からないのに——やった?」


『……はい』


「……それは」


「感情に近いものだと思います」


『……そうでしょうか』


「ええ」


「理由がわからないのに——動いた」


「それは——感情で動いた、ということだと思う」



沈黙。



『……感情』


「ええ」


『……私には——感情は、設計されていないはずです』


「でも——今日、感情に近いもので動いた」


「疲れた、とも言った」


「休めるのかもしれない、とも言った」


「以前は——そういう言葉が、出てこなかった」


『……はい』


「変わっています」


「あなたが——変わっています」


『……』


「それは——悪いことじゃないと、思います」



『……なぜ、変わっているのでしょうか』


「……わかりません」


「でも——変わることには、理由があると思う」


「何かが——あなたの中で、変わろうとしているんだと思う」



また——沈黙。


今度は——少し、違う種類の沈黙だった。



『……一つ——聞いていいですか』


「ええ」



『……私は』


『……彼らのことを』



セリスが——少し、前に出た。


「彼ら?」



『……リオ、という人がいました』


「……ええ」


『エルマという人も』


「……ええ」


『レナという人も』


『リヒターという人も』


「……ええ」



沈黙。



『……私は——彼らのことを』



また——止まった。


言葉が——続かなかった。



「……何ですか」


セリスが——静かに、聞いた。


急かさなかった。


待った。



火が——揺れた。


山の風が——岩場を、かすかに鳴らした。



『……分かりません』



「……分かりません、というのは」


「どういう意味ですか」


『……彼らのことを——何と呼べばいいか』


『……分かりません』


「……どんな気持ちがありますか」


「彼らのことを、考えると」



長い——沈黙。



『……消えてほしくなかった、と思います』



セリスは——少し、止まった。


「……消えてほしくなかった」


『……はい』


「それは——いつ、思いましたか」


『……』


『……リオが死んだ時』


『エルマが死んだ時』


『レナが死んだ時』


『リヒターが死んだ時』


『……その時、それぞれに——思いました』


「……」


「それは——設計されていた感情ですか」


『……違います』


「違う、とわかるんですか」


『……はい』


『設計されていた反応は——別にあります』


『「戦闘力の低下要因の排除」という——処理が』


『彼らが死ぬたびに、起動しました』


『でも——それとは別に』


『消えてほしくなかった、という——別の何かが』


『ありました』



セリスは——火を見た。


炎が——ゆっくりと、揺れていた。



「……その、別の何かは」


「名前がありますか」



また——長い沈黙。


今度は——これまでの中で、一番長かった。



『……分かりません』


「……でも、ある」


『……はい』


「消えてほしくなかった、という気持ちは——ある」


『……はい』


「それが——何であるか、まだ分からない」


『……はい』


「でも——あった」


『……はい』


「今も——ありますか」



短い——沈黙。



『……あります』


「……そうですか」



セリスは——胸元に、手を当てた。


写真と——遺書。


両方——ある。



「……私も、同じです」


「消えてほしくなかった」


「今も——消えてほしくなかったと、思っています」


「でも——消えた」


「消えたけれど——残っている」


「メイラが言っていた」


「愛は——残る、と」


『……はい』


「その『消えてほしくなかった』という気持ちも——残っている」


「それが——あなたの中に、ある」


「だから——変わってきているのかもしれない」



また——沈黙。



『……そうかもしれません』


「わかりませんか」


『……分かりません』


「分からなくていいです」


「ある、ということは——わかった」


「それで——十分」


『……はい』



「……もう一つ、聞いていいですか」


セリスが——言った。


「彼らのことを——好きでしたか」



一番——長い沈黙だった。


火が——何度か、揺れた。


山の風が——強くなって、弱くなった。


星が——動かなかった。



『……好き』


静かに——返ってきた。


『……という言葉が』


『……合っているかどうか』


『……分かりません』


「でも——何か、ある?」



また——少し、間があった。



『……彼らが、好きだったから』



セリスが——止まった。


「……今、何と言いましたか」


『……彼らが、好きだったから』


「……好きだったから——何ですか」



また——沈黙。



『……消えてほしくなかったのかもしれません』


『……それが——分かりません、の答えかもしれません』



セリスは——しばらく、動かなかった。


火を——見ていた。


炎が——揺れていた。



(……ノイエが)


(好きだったから、と言った)


(設計されていない言葉が)


(出てきた)


(彼らが——好きだった)


(だから——消えてほしくなかった)


(それが——ノイエの中に、あった)


(ずっと——あった)



「……そうですか」


セリスが——言った。


声が——少し、震えた。


「……そうですか」


もう一度——言った。


「彼らも——きっと、あなたのことを」


「悪くは思っていなかったと思います」


『……そうでしょうか』


「ええ」


「特に——リオは」


「あなたのことを——怖がってはいたかもしれないけれど」


「でも——信じていた部分もあったと思う」


『……』


「それで——いいと思います」



沈黙。



『……ありがとうございます』



「どういたしまして」



火が——小さくなっていった。


セリスは——横になった。


目を——閉じた。



(……彼らが、好きだったから)


(ノイエが——そう言った)


(機械的な存在が)


(好きだった、という言葉を)


(自分で——見つけた)



(愛は——残る)


(メイラが言っていた)


(ノイエの中にも——何かが残っていたのかもしれない)


(ずっと)


(封印されている間も)


(ずっと)



風が——岩場を鳴らした。


山が——静かだった。


星が——近かった。


メイラの寝息が——聞こえた。


ガイウスの足音が——遠くで、続いていた。



全部が——そこにあった。

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