第139話 核心へ
夜明け前から——寒かった。
岩場が——凍っていた。
息が——白く、濃くなっていた。
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「……手が、悴む」
メイラが——言う。
「手袋をしろ」
ガイウスが——言う。
「持ってません」
「なぜ持っていない」
「山に入るなんて——思っていなかったから」
「……準備不足だ」
「そうですね」
「これを——使え」
ガイウスが——布を出した。
「手に巻け。指が動けば——十分だ」
「……ありがとうございます」
「礼はいらない」
「効率ですよね」
「そうだ」
「……でも、ありがとうございます」
ガイウスが——何も言わなかった。
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朝食を——済ませた。
火が——昨夜より、すぐに消えた。
空気が——薄い。
酸素が——少ない。
「……頭が、少し痛い」
メイラが——言う。
「高山だからだ」
ライラが——言う。
「慣れるまで、痛むかもしれない」
「どのくらいで慣れますか」
「人による」
「……わかりました」
「無理に動くな。痛みが強くなったら——言え」
「はい」
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出発した。
今日の道は——昨日より、さらに険しかった。
岩が——大きい。
隙間が——狭い。
一人ずつ——通り抜ける場所もあった。
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「……こんなところに——封印核があるんですか」
メイラが——岩の隙間を抜けながら言う。
「あるらしい」
「あるらしい、か」
「ガウスの記録では——この山脈の深部だ」
「深部というのは——どのくらい深いんですか」
「……まだ、わからない」
「わからないんですね」
「山の中は——記録通りにはいかない」
「ライラさんがそう言ってましたね」
「そうだ」
「……なんか、冒険みたいですね」
「冒険ではない」
「わかってますよ。でも——なんとなく」
メイラが——また、岩を掴んだ。
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午前中の半ば。
セリスが——立ち止まった。
「……ノイエ」
小さく、呼ぶ。
『……はい』
「今——何か、感じますか」
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少し——間があった。
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『……感じます』
「昨日と——違いますか」
『……違います』
「どう違う?」
『……引っ張られる感じが——変わりました』
「変わった?」
『……引っ張られる、というより』
『……押し返される、ような』
「押し返される?」
『……はい』
『近づくほど——遠ざけられる感じが、します』
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「……それは」
セリスが——少し、考えた。
「封印が——拒否しているということですか」
『……そうかもしれません』
『私を——封じているものが』
『近づくことを——嫌がっているのかもしれません』
「……封印が、意思を持っているみたいに聞こえます」
『……そうは思いません』
『ただ——力が、そういう方向に働いている』
「……それが、強くなっている?」
『……はい』
「体は——大丈夫ですか」
『……今は、問題ありません』
『ただ——近づけば、変わるかもしれません』
「……わかりました」
「教えてください。何か変わったら」
『……はい』
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全員に——伝えた。
「ノイエが——押し返されるような感覚があると言っています」
「封印の力が——近づくほど、強くなっているようです」
ガイウスが——頷く。
「……想定内だ」
「そうですか」
「封印とは——そういうものだろう」
「封じているものを——近づけないようにする力がある」
「……そうですね」
「セリスへの影響は」
「今のところ——ありません」
「でも——近づけば、変わるかもしれない」
「注意しながら——進む」
「わかった」
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また——登り始めた。
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昼前。
岩が——大きく、張り出した場所に来た。
その陰に——人がいた。
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全員が——止まった。
ライラが——短剣に手をかける。
でも——すぐに、離した。
「……民だ」
低く——言う。
「兵ではない?」
「ない。荷物を持っている。武器はない」
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岩の陰に——男が一人、座っていた。
四十代くらいだった。
眼鏡を——かけていた。
紙を——広げていた。
何かを——書いていた。
セリスたちに気づいて——顔を上げた。
驚いた顔をした。
でも——逃げなかった。
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「……人が来るとは、思わなかった」
男が——言った。
「こちらも——いるとは思わなかった」
ライラが——答える。
「何をしているんですか」
セリスが——聞いた。
男が——紙を見た。
「……調査です」
「何の?」
「山の——地質調査です」
「帝国の研究者ですか」
男が——少し、止まった。
「……以前は、そうでした」
「今は?」
「今は——」
男が——眼鏡を直した。
「独立して、やっています」
「独立?」
「帝国の施設を——出ました」
「……なぜですか」
「研究の方向性が——合わなくなったので」
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「……ガウスを、知っていますか」
セリスが——聞いた。
男が——止まった。
「……なぜ、その名前を」
「知っているんですか」
「……知っています」
「同僚でした。以前」
男が——セリスを見た。
「あなたたちは——ガウスと、関係がありますか」
「直接、会いました」
「……そうですか」
男が——紙を畳んだ。
「ガウスは——どうしていますか」
「身を隠しています。でも——元気だと聞いています」
男が——少し、息をついた。
「……よかった」
「あの人は——正しいことをしました」
「告発のことですか」
「ええ」
「私は——できなかった」
「告発を」
「……」
「でも——施設は、出ました」
「それが——私にできる、精一杯でした」
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「……一つ、聞いてもいいですか」
セリスが——言った。
「何でしょう」
「封印核の場所——わかりますか」
男が——セリスを見た。
しばらく——見ていた。
「……あなたたちは」
「封印核に——何をするつもりですか」
「補強を——妨げます」
「壊すのではなく?」
「壊すのではなく——補強させない」
男が——また、少し、間を置いた。
「……なぜ」
「補強が進めば——魔導石の力が、維持される」
「帝国の支配の根拠が——維持される」
「それを——変えたい」
「帝国を——壊すのではなく」
「変えるために」
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男が——眼鏡を直した。
「……ガウスと——同じことを言っていますね」
「そうですか」
「ガウスも——壊すのではなく、変えると言っていた」
「……ガウスらしい」
「そうです」
男が——立ち上がった。
「……案内します」
「え?」
「封印核の場所を——知っています」
「施設にいた頃に——調査しました」
「……いいんですか」
「ガウスの友人なら——信じます」
「それだけの理由ですか」
男が——少し、笑った。
「それで、十分です」
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男の名前は——ベックといった。
「……よろしくお願いします」
「こちらこそ」
ベックが——荷物を担いだ。
「歩きながら——話しましょう」
「ええ」
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歩きながら。
「……封印核は——どのくらい上ですか」
「二時間ほどです」
「施設の兵は——近くにいますか」
「核の直近には——いません」
「なぜ?」
「近づくと——体に影響が出るからです」
「人間に?」
「ええ。長時間、近くにいると——頭痛や、意識の混濁が起きます」
「……それは」
「ヴァルキリーには——影響がないようですが」
「なぜ知っているんですか」
「記録に——あります。帝国の研究記録に」
「帝国は——ヴァルキリーのことを、研究していたんですか」
「していました」
「……どの程度まで」
「かなり詳しく」
ベックが——少し、間を置いた。
「アスタルテが——提供した情報が、元になっています」
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セリスは——止まった。
「……アスタルテが」
「ええ。アスタルテは——ヴァルキリーの覚醒プロセスを、帝国の研究者に伝えていました」
「なぜ」
「……わかりません」
「でも——伝えていた」
「ヴァルキリーが覚醒するほど——封印が弱まる」
「封印が弱まるほど——魔導石の力が変質する」
「帝国は——その変質を、恐れていた」
「だから——研究していた」
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「……矛盾していますね」
セリスが——言った。
「何が?」
「アスタルテは——神の側だった」
「神は——封印を維持したいはずだ」
「でも——ヴァルキリーの覚醒を促す情報を、帝国に伝えた」
「帝国が覚醒を恐れて研究すれば——補強が進む」
「補強が進めば——封印が維持される」
「……つまり」
「アスタルテは——帝国を利用して、封印を維持させようとしていた」
「でも——ヴァルキリーの育成は続けていた」
「……」
「どちらが本当の目的だったんだろう」
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ベックが——少し、考えた。
「……私にも、わかりません」
「でも——アスタルテが消えた今」
「帝国の研究は——方向を失っています」
「施設の兵が増えているのは——迷っているからかもしれません」
「何をすべきか——わからなくなっているから」
「……なるほど」
「だから——今が、機会です」
「補強が——止まっているかもしれない」
「その間に——核に近づけば」
「何かが、変わるかもしれません」
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「……行きましょう」
セリスが——言った。
「ええ」
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五人で——また、登り始めた。
ベックが——先頭を歩いた。
道を——知っていた。
足が——慣れていた。
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「……ノイエ」
歩きながら——呼ぶ。
『……はい』
「押し返される感覚——強くなっていますか」
『……はい』
「でも——大丈夫ですか」
『……今は、問題ありません』
「何か変わったら——すぐに言ってください」
『……はい』
「一緒に——行きます」
『……はい』
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山が——上へ、上へと続いていた。
空気が——さらに冷たくなっていく。
息が——少し、苦しくなってくる。
でも——足が、動いていた。
⸻
二時間後が——近づいていた。




