第133話 繋がるもの
朝。
ライラが——また、情報を持ってきた。
全員が——まだ、起きたばかりだった。
メイラが——湯を沸かしている途中だった。
「……急ぎか」
ガイウスが——聞く。
「急ぎではない。でも——重要だ」
「話せ」
⸻
ライラが——座った。
珍しかった。
いつもは——立ったまま話す。
「……二つある」
「一つ目」
「ケルドリックが——昨日、帝国軍に通達を出した」
「内容は」
「『徴発の制限を、正式に規定する』」
「……正式に」
「以前は——一時停止の命令だった」
「今回は——規定だ」
「法として——残る」
⸻
ガイウスが——少し、目を細めた。
「……本気で動いている」
「ああ」
「一時的な気まぐれではない」
「構造を——変えようとしている」
「……アスタルテが消えたことの影響か」
「タイミングからすれば——そうだろう」
「操りが解けて——本来の判断が、戻り始めている」
⸻
「二つ目は」
ガイウスが——続きを促す。
「エルディンから——返信が来た」
⸻
セリスが——顔を上げた。
「……伝言が届いたの?」
「ああ」
「内容は」
ライラが——折り畳んだ紙を出した。
短かった。
『鷲の動きを確認した。内の準備を始める。——応答者より』
⸻
「……届いた」
セリスが——言った。
「ええ」
「ヴァルターへ——繋がった」
「まだ確定ではない。エルディン経由だ」
「でも——届いた可能性が高い」
「……」
「内の準備を始める、と言っている」
「ヴァルターが——動き始めるかもしれない」
⸻
メイラが——茶を配りながら言う。
「……なんか、繋がってきた感じがしますね」
「外と——内が」
「そうね」
「でも——まだ、繋がっただけ」
「動くのは——これからだ」
ガイウスが——言う。
「わかってます」
「でも——繋がっただけでも、嬉しい」
「……効率が悪いな」
「感情は——効率じゃないですよ」
ガイウスが——何も言わなかった。
⸻
「……ガイウス」
セリスが——言う。
「何だ」
「昨日——計算じゃないと思った、と言っていた」
「ああ」
「今日——エルディンの返信を見て、何か思った?」
⸻
ガイウスが——少し、間を置いた。
「……繋がる、ということは」
「計算で作れるものではない、と思った」
「どういうこと?」
「経路は——計算で作れる」
「でも——その経路を、誰かが信じて使ってくれるかどうかは」
「計算できない」
「……」
「エルディンが——返信を寄越したのは」
「経路があったからではない」
「信じたからだ」
「……」
「それは——計算じゃない」
⸻
「……また、近づきましたね」
セリスが——言った。
「何に?」
「リヒター様が言いたかったことに」
ガイウスが——少し、止まった。
「……そうかもしれない」
「わからないが」
「……わからなくていいと思います」
「近づいているなら——それで」
⸻
出発した。
今日の道は——昨日より、開けていた。
空が——広かった。
⸻
「……セリスさん」
メイラが——隣に来た。
「何?」
「ヴァルターさんって——どんな人ですか」
「……会ったことは、あります」
「帝都で?」
「ええ。少し——話しました」
「どんな人でしたか」
セリスは——少し、考えた。
「……誰に対しても、丁寧な人」
「どんな相手にも——同じように接していた」
「偉そうにしない」
「でも——芯が、ある」
「芯?」
「帝国を変えたいと——本当に思っている」
「言葉だけじゃなく」
「……かっこいいですね」
「レナさんが好きになるのも——わかります」
⸻
セリスは——少し、笑いそうになった。
「……そうね」
「レナさんは——『釣り合わない』と言って、身を引いていたけれど」
「えっ——そうなんですか」
「ええ」
「釣り合うと思うんですけど」
「……私も、そう思います」
「なんで身を引くんですか」
「……レナさんらしいから」
「どういうこと?」
「自分より——相手のことを、先に考えるから」
「皇太子の立場を——気にしていた」
「でも——ヴァルターは」
「帝国が変わったら、そばにいてほしいと——言っていたと聞いた」
「……じゃあ、両想いじゃないですか」
「ええ」
「……よかった」
メイラが——少し、目を細めた。
「帝国が変わったら——ちゃんとなれるといいですね」
「……なれます」
「絶対に?」
「……絶対に」
⸻
言葉が——出た。
根拠は——なかった。
でも——言えた。
⸻
(……絶対に)
(変える)
(レナさんが——待っていた未来を)
(守る)
⸻
昼前。
道の脇に——古い石碑があった。
風化していて——文字が、読めなかった。
何の碑か——わからなかった。
でも——誰かが、最近——花を置いていた。
野の花が——一束。
⸻
「……誰かが、置いたんですね」
メイラが——言う。
「ええ」
「何の碑かも——わからないのに」
「……覚えている人がいる」
「何を覚えているのかも——わからないのに」
「でも——覚えている」
メイラが——頷いた。
「……愛は残る、ですね」
「ええ」
⸻
四人で——碑の前を通り過ぎた。
足を——止めなかった。
でも——全員が、一瞬——碑を見た。
それだけだった。
⸻
午後。
ライラが——また、立ち止まった。
「……人が来る」
「帝国か」
「違う。顔見知りだ」
「誰だ」
「……エルディンの使いだ」
⸻
全員が——止まった。
道の向こうから——一人の男が来た。
若かった。
二十代前半。
息を——少し、切らしていた。
「……ライラ」
「来たか」
「急いだ。追加の伝言がある」
「内容は」
男が——折り畳んだ紙を出した。
ライラが——受け取る。
開く。
⸻
『北の拠点に、一人来てほしい。話したいことがある。——エルディン』
⸻
「……エルディン本人から?」
セリスが——聞く。
「ああ。直接、書いている」
「北の拠点というのは」
「ここから——三日ほど北だ」
「どんな場所だ」
「エルディンが作った——小国連合の連絡拠点だ」
「安全か」
「……信頼できる」
ライラが——言う。
「エルディンは——裏切らない男だ」
「どうして言い切れる」
「長く——見てきたから」
「……」
「俺の勘だ。外れたことはない」
⸻
ガイウスが——地図を広げた。
北への道。
三日。
「……今のルートから、大きくは外れない」
「外れるか」
「少し——北に振れる」
「帝都への道は」
「遅れる。でも——エルディンと話すことで得られる情報の方が」
「今は——価値があるかもしれない」
⸻
「……行きます」
セリスが——言った。
「エルディンと話したい」
「理由は」
「内と外を——繋げるために」
「エルディンは——小国連合の王子です」
「その立場で動いてくれているなら」
「直接、話しておきたい」
「……わかった」
ガイウスが——地図を畳む。
「北に向かう」
⸻
使いの男が——頷いた。
「……案内します」
「お願いします」
「一つだけ——エルディン様が言っていました」
「何を?」
「『久しぶりだ』と」
「……」
「それだけですか?」
「それだけです」
⸻
セリスは——少し、笑った。
「……エルディンらしい」
「知ってるんですか?」
「少し——旅をしたことがあります」
「そうですか」
「……久しぶり、か」
「ええ」
⸻
「……久しぶりですね」
セリスが——小さく言った。
誰にも——向けた言葉ではなかった。
でも——前を向いた言葉だった。
⸻
五人で——北への道を歩き始めた。
空が——広かった。
風が——穏やかだった。
⸻
「……ノイエ」
歩きながら——呼ぶ。
『……はい』
「繋がってきた」
「外と——内が」
「少しずつ」
『……はい』
「あなたは——繋がることについて、どう思いますか」
⸻
少し——間があった。
⸻
『……私は』
『長い間——一人でした』
⸻
セリスが——少し、止まった。
歩きながら——止まった。
止まらずに——歩き続けながら。
「……そう」
「封印されていた間」
『……はい』
「一人だった」
『……はい』
「……今は?」
⸻
また——間があった。
今度は——短かった。
⸻
『……今は』
『……分かりません』
「分からない、は——一人ではないかもしれない、ということ?」
⸻
沈黙。
⸻
『……そうかもしれません』
⸻
セリスは——前を向いたまま、歩いた。
「……私も——そう思います」
『……はい』
「一人じゃない」
『……はい』
⸻
道が——続いていた。
五人で——歩いていた。
空が——どこまでも、広かった。




