三十八話 正騎士の時~セーフフィールド独立騎士団本部にて(一)~
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――東の山での戦いから十日後。
ここはセーフフィールド独立騎士団の短い廊下。時刻は午前の九時半時頃。
フィリアは先輩正騎士のロジャー・ゼックと共に、アーサー・ヒューイ団長の執務室へと向かっているところだ。
あのあと、ハンサウスからの総攻撃は行われず、三十年前と同じように――いや、三十年前以上に強い力でハンサウス軍を撤退させることができた。
北の山ではケアフィールド王国の将軍率いる軍隊と国家魔術師第二部隊。
そして、何よりも『剣聖』イアンが率いたセーフフィールド独立騎士団の部隊が大奮闘し、ハンサウス軍は撤退を余儀なくされたのだ。
東の山ではハンサウスに対する警戒が以前より強くなった。
それから――ベルモント精肉店の牧場を占拠していたハンサウス兵を倒し、人質を奪還したあと、そのままヤシン・ブリアン率いる偵察部隊と戦い。
ヤシン・ブリアン及び魔術師ジンザとの連戦で勝ちを得たと確信した直後に、フィリアは気を失ってしまった。
「いきなり宿屋からいなくなったときは心配したんだぞ。しかも、シャロン殿に連れて来られてから二日も眠りっぱなしだったからな。余計に気が気がではなかった」
短い黒髪と黒目で、凛々しい顔立ちの先輩正騎士ゼックは、フィリアが従騎士として教えを乞うている相手だ。
「本当にご心配をおかけしました。身体強化の術の反動と、連戦で無理をしてしまったのです。それに、両刃で幅広の剣を使った負荷もあったのでしょう」
フィリアは歩きながら、頭を下げる。
両刃で幅広の剣で倒した魔術師ジンザとヤシン・ブリアンは一命を取り留め、現在は捕虜としてケアフィールドの施療院で治療中だ。
シャロンが魔術師ジンザから聞き出した話だと――
両刃で幅広の剣とは、本来、女性剣士が使う為に作られた魔法剣で、使用者の力量の他に気力や精神の強さでも発揮できる力が変わる――のだそうだ。
フィリアはヤシン・ブリアンと魔術師ジンザを相手に気力と精神力を使い過ぎたのだろう。
だから、二日間も昏々と眠り続けていたのだ。
「まあ、団長とシャロン殿からも全ての事情は聞いたから、今は安心しているがな」
そう言って、ゼックは団長執務室の扉前で立ち止まる。
「正騎士ロジャー・ゼックと従騎士フィリア・R・マースティン、参りました!」
ゼックは直立の姿勢で扉に向かって言う。
フィリアもゼックに倣って直立の姿勢になった。
「二人共、入れ」
扉の向こうから団長の落ちついた声が聞こえる。
「はい! では、失礼致します!」
ゼックが扉を開けると、セーフフィールド独立騎士団長アーサー・ヒューイが執務室の椅子に座り、机の上に広げられた書類に目を通している最中だった。
「失礼致します!」
ゼックが直立したまま敬礼する。
「失礼致します」
フィリアも同じく敬礼した。
ゼックとフィリアは並んで執務室の中へと入る。
ゼックは生真面目なので、団長相手には、緊張し過ぎてしまうときがあるのだ。
フィリアとて緊張はしている。
が、怒られるようなことをした心当たりはない。
かと言って褒められる。と言うこともないだろう。
それならば、先日のヤシン・ブリアンの件に関わる話なのだろうとは思うが……。
とすれば、何故ゼックと共に呼ばれたのかが分からない。
(……まさか、ゼック先輩の監督不行き届き――とは言われないと思いますが……)
などとフィリアは一瞬考えたが、どうにも見当がつかない。
「二人とも机の前に寄って来てくれ。敬礼はやめて良い」
「はいっ!」
と答えたゼックは背筋を、ぴんと伸ばして机の前まで歩く。
フィリアもゼックと同じように机の前まで歩いて、ゼックの隣で立ち止まった。
「まず……二人共、少し体の力を抜いてくれ」
団長は苦笑しながら言う。
フィリアが横目で見るとゼックは力を入れ過ぎていて、まるで怒り肩のようになっていた。
「は、はい!」
「はい」
なんの心当たりもないのに団長の執務室へ、自身の従騎士であるフィリアと揃って呼び出されたのだ。
考えられる可能性と言えば、先ほどフィリアが一瞬だけ考えた「ゼック先輩の監督不行き届き」くらいだろう。
ゼックも似たようなことを考えたのであれば、緊張して力が入ってしまうのは、致し方ないことだと思える。
フィリアは黙って、鼻から吸って口から息を出す呼吸法を使い、落ち着こうとしていた。
「ふむ……僅かに力が抜けて来たようだな」
団長はゼックとフィリアを交互に見つめて言う。
「二人とも、後ろめたいことは何もないんだろう?」
「はいっ!」
「もちろんです」
団長の問いかけに、ゼックとフィリアは瞬時に答える。
「ならば、もう少し緊張を解いてくれ。今から話すことは決して悪い話ではないのだが、わたしも少々戸惑っていてな……」
フィリアは思わず、団長の顔を見つめた。
「ゼック……マースティンは今すぐにでも正騎士になれる実力があると思うか?」
――と団長は、なんとも思いがけないことをゼックに問いかけた。
「それは――」
ゼックは数秒ほど逡巡したが。
「問題ないと思います!」
きっぱりと言い切った。
「ぜ、ゼック先輩! 本気で言ってるんですか!?」
フィリアは確認するようにゼックへと問いかける。
「ああ、本気だ。シャロン殿から聞いた話だと、『東の山での振る舞いは実に騎士らしかった』そうだが、わたしも同意見だ」
シャロンがそのように言っていたとは今の今まで知らなかったフィリアである。
気恥ずかしさで、じわりと顔に血が昇るのを感じた。
「特に『誰一人として喪せはしません』と言ったときのマースティンは『強くて優しい騎士そのものだった』と牧場長のホーク・ベルモント殿も言っていたそうだぞ」
フィリアを褒めるゼックは本当に嬉しそうだった。
自分の従騎士を贔屓してしまう正騎士はいるが、ゼックは生真面目な性格なので贔屓などしないはずだ。
ゼックからここまで褒められたことは初めてで、フィリアは自身の顔へと更に血が昇って行くの感じ――とうとう俯いてしまった。
団長は顔を上げられなくなったフィリアに助け船を出すかののように――
「――こほん! ゼックが問題ないと認めているなら本題に入ろうか?」
――と、仕切り直しに空咳をしてフィリアとゼックに問いかけて来た。
「あっ! す、すみません! つい!」
ゼックが慌てて姿勢を正す。
ゼックの声で、フィリアも顔を上げて姿勢を正した。
そうして、団長の口から出て来た言葉は――
「実は――暫定的ではあるが、近日中にグレース王女殿下へ王位継承権が与えられることに決まった」
ケアフィールド王国の変化が始まりつつあることを告げる言葉だった。
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