2.グラウンドで叫べ! ②
最後のホームルーム中も卒業する寂しさで泣いていた海。そんな彼女が涙を拭き勇気を振り絞って声をかける前に、帰宅しようとした東柊は女子たちに呼ばれて、教室から出ていってしまった。
(先越されたー!!)
東を追って辿り着いたのは校舎の外で、そこには多くの女子生徒が並んでいた。ほとんどが三年生だが、一年生や二年生の姿もある。そして、彼女たちは順番に東へ告白をしていく。
「東君。私、ずっとあなたのことが好きでした! 付き合ってください!」
「え、ごめん」
「……」
「あの、前に(わざと落とした)ハンカチを拾ってくださったじゃないですかぁ?」
「そんなことあったっけ?」
「……」
「まずはお友達からでもいいんで、よかったら連絡先教えてほしいな?」
「遠慮しとく」
「……」
海は瞬殺される彼女たちが可哀想に思えてきた。だが、ここにいる者たちは全員自分は大丈夫だと信じており、列から抜ける者はひとりもいない。
(よし! わたしも並ばんと!)
「海先輩、なんばしよっとですか! さっきから何度も電話しとるのに!」
海も列の最後尾に並ぼうとすると、後輩の松崎萌季が鬼の形相で二階の窓から睨んでいる。
「え! ……あ、本当だ! もえちゃん、気づかんかった! ごめん! で、何?」
「色紙、いらないんですか? せっかく書いてあげたのに」
「いる! 欲しい! 絶対いる!」
「だったら早く来てください。私たち、この後練習あるんですよ」
「うん! 急ぐけんね!」
まだまだ東への告白の待ち時間はかかると予想し、海は走って校舎に戻った。
後輩たちから心のこもった色紙を渡され機嫌の良い海は、同じパートの三年生と共に仲良く廊下を歩く。
「なんだかんだで、しっかりこういうの用意してくれて嬉しいね」
「もらえんかと思っとった」
「えー、そう? わたしはあるってわかっちょったよ!」
「その割に松崎の電話無視しとったな」
「そりゃだって、東君に告は……あ! 東君!」
急いで廊下から先ほど東がいた場所を確認すると、既に誰もいなくなっていた。
「うっそ! 帰った? え、帰ったの!?」
「どした?」
「誰かと約束しとった?」
「しとらん。しとらんけど! ちょっと捜してくる!」
「こっちの集まり忘れんなよー」
「もちろん!」
廊下を走って東の捜索を始める海。生活指導の教師に怒鳴られながらも、そのスピードを緩めなかった。
それから彼が学校を出たという情報を手にし、彼女は駅へと向かう。
(おった!)
視界にやっと入った大三東駅には生徒たちが何人もいたが、その集団の中にいる東を海はすぐに見つけた。
しかし、無情にも電車がやってきてしまう。
「東くーん!!」
海は全力で彼の名前を叫んだ。
「まだ乗らんで! まだ『そいぎぃ』も言っちょらんけん!」
足を止めずにそのままホームへと駆け込むと、そこには電車に乗らず残った東がひとりポツンと立っていた。
「俺、何か忘れ物でもした?」
「ううん」
「ねぇ。さっきの『そいぎ』って何?」
「島原弁で『またね』っていう意味だよ」
「へぇー。……あ、確かに音和さんに何も言わず帰ろうとしてた。ごめん。そういえば、この制服っていつ返せばいい? 一応誰にもボタンとかあげずに綺麗に残しておいたんだけど」
「返さんでよかよ。それよりね、わたし、東君に伝えたいことがあるんよ」
「何?」
「わたし……東君のことが好き!! 大好き!!」
「……え?」
「わたしと付き合ってほしいかです!!」
「……」
「……」
海にとって苦しい沈黙の時間が流れる。この間、振られた女子たちの顔が浮かんだ。彼女は重い空気に耐えるが、なかなか東は返事をしない。
「……した」
「へ?」
「びっくりした。……あ、黙っちゃってごめんね。音和さんから告白されるとは思ってなかったから。えっと……」
「うん」
東の言葉の続きを待っていると、突然「ぐー」という音が響いた。
「え? なんの音?」
「……わたしのお腹の音」
「……何か食べる? あ、これは? 校長からもらったやつ」
東は鞄からかす巻きを取り出した。それは、成績上位三人へ校長から特別に贈られたお菓子である。
「……食べてもよか?」
「いいよ」
「やっぱ悪いけん、半分こね」
半分に割ったかす巻きを海は頬張り、幸せに満ちた表情をする。
「音和さんは本当に美味しそうに食べるよね。よかったらこれも食べてよ」
東が残りの半分を彼女の口の前に持っていくと、一瞬でそれが消えた。反射的に一口で食べてしまった海は恥ずかしがるが、彼はそれを見て楽しそうである。
「はははっ。食欲あるのはいいことだよ。運動もよくするし、健康的だね」
「なんだかペットみたい」
「……Eva」
「へ?」
「誰かに似てるなとは思ってたんだ。そっか。音和さんだったんだね」
「ど、どゆこと?」
「東京の猫に似てるんだよ。ほら、動画観せたことあるだろ?」
「あ、うん」
「似てる」
「似て、る……? それはつまり、東君がわたしのこと好きってこと?」
「え? ……えっと、そういうことじゃ、いや、そういうこと?」
「東京のニャンコより、わたしならいっぴゃあ(たくさん)会えるよ!」
「い、いっぴゃあ?」
「うん! たっくさん会えるんよ! 目の前でご飯を美味しく食べて、とにかく動き回れるし、あと匂い嗅いでもOK! おすすめです!」
「なる、ほど?」
「だからわたしと付き合おう!」
「……悪くないかも」
「っ!」
「うん。付き合おうか」
「やったー!!」
ぽっちゃり体型の海は、嬉しさのあまりジャンプして東に飛びついた。それを彼はしっかりと支えた。
海と東が駅にいる頃、実音と大護はグラウンドにいた。
実音が後輩と別れて教室に戻った時、男子たちが告白をするため声をかけようとしたが、その前に大護が彼女を外へと連れ出した。
「なんのためにここ来たか、察しはついとるよな」
「……」
「一回振ったのにって思っとるかもしれん。ばってん、諦めきれん。俺、実音のことがーー」
「ごめんなさい!」
「……え」
二回目の告白は言い切ることも叶わず、大護の頭は真っ白になる。
「あ、違うの! 違くはないけど、その、今のはあの時振っちゃったことに対してで……」
「えっと、それはどういう?」
「私、大護君に悪いことした。部活のこと優先させなきゃ全国は無理だって思って……。それで、ルールを作ったの」
「ルール?」
「うん。……『部活のために誰とも恋愛しない』って」
「……」
「あの時、すっごく嬉しかった。でも、今は断んなきゃって。それに、大護君はテレビの中の私が好きだったんでしょ? あれって編集の力で私が特別な存在みたいになってただけで、実際は大したことないもん。だから、あのイメージを超えないとって」
「ちょっと待て! 俺の初恋がテレビで観た実音なのは間違いなかばってん、今の実音の方がーー」
「ストップ!」
「……」
またしても途中で止められ、大護は傷ついて泣きそうになる。
だが、目の前の実音は深く深呼吸を繰り返している。
「……っ……あのね、私ね……」
「うん?」
「……好き! ものすごく、どうしようもなく……大護君が好き! やっちゃ(すごく)好き!! いっちゃん(一番)好き!!」
「……っ!!」
「……方言使ってみたんだけど、間違ってるかな?」
「だ」
「だ?」
「抱き締めてもよかですか?」
「っ! ……よか、です」
恥ずかしそうに許可を出す実音が可愛すぎて、大護は発狂しそうになるが我慢した。
嬉し涙を流しながら、彼女のことをそっと抱き締める。それに、彼女も応えて背中に手を回す。瞳からは綺麗な雫が溢れた。
「俺もやっちゃ好き!」
「うん」
「いっちゃん好き!」
「うん」
「実音のこと、すいちょります」
「私もすいちょります」
「すいとっと?」
「うん。すいとっと」
視線が交差して互いに微笑むと、またふたりはギュッと抱き合うのだった。




