1.卒業の時
「みんな、卒業おめでとう」
「ありがとう! ブンブン!」
「まだ卒業式前だけどね!」
卒業式の朝、元吹奏楽部の三年生はOB会加入の説明を空き教室にて受けるため、顧問の文によって集められた。
「ねぇ、ブンブン。わたしたちが卒部式であげたマッサージクッション、ちゃんと使っとる?」
「もちろんだよ! 家でよく腰に当てるんだけどね、これがまた気持ちいいんだ」
「それなら、またいつぎっくり腰になっても安心だね!」
「それは勘弁して! あれ、本当に痛いから! 経験しないとわかんないから!」
「あはははは!」
「ブンブンは変わらんね」
「それどういう意味で!?」
「どういうって、そのまんまだよね?」
「うん。だね」
「えー。ま、とにかく、みんな無事に進路が決まってよかったよ」
十月末まで部活で忙しかったが、なんとか全員留年や浪人生活は免れた。一番周りから心配されていた泓塁希も、春からは解体を専門に扱う会社で働く予定だ。また、難関大学の奨学金制度のボーダーライン突破を目指していた御厨萌々巴も、無事合格することができた。
「ブンブンはなんもしとらんけどね」
「ほかの先生たちのおかげだね」
「それはそうだけどさ!」
「あと、大学生のおかげでもあるよね」
今年度のコンクールでも一金を手にした島原大学の吹奏楽部員たちは、部活を引退した大三東の生徒たちに、引き続き勉強を教えたり進路の相談に乗ってあげた。
彼らはコンクールの自由曲で人気の『サロメ』に挑戦したが、その演奏は過去のどの団体の素晴らしい『サロメ』をも上回る、とんでもないものに仕上がった。一週間前の高校生の偉業が大学生を刺激したことや、この部をまとめたのが学生だということを、世間の者たちは知らない。
さらに、コンクール後はドイツへ渡りそこに一週間ほど滞在した。泊まったのは古城で、暴君のパトロンが海外公演でかかる費用含め全て面倒を見てくれた。一流の音楽一家と対面でリハーサルを重ね、そしてオーストリアのウィーンへ移動。暴君の故郷にて行われた演奏会は大成功を収めた。
その時の様子は、楽器屋の養父灯大が文や部員たちに興奮気味に報告してくれた。世界中の音楽家や音楽ファンたちから多くの注目を集めただけでなく、現地では見事な演奏会だったと暫く話題になった。ひとりの若き才能溢れる演奏家と、アマチュアとは思えない演奏をした大学の吹奏楽部と、マエストロと熱い握手を交わした指揮者の名が、広く知れ渡った。
「後輩たちもね、よくやってるよ。後で会ったら褒めてあげてね」
「当然!」
「映像で活躍観とるけんね!」
二年生を中心に活動する高校生たちも、負けてはいない。
近隣のイベントへ積極的に参加し、地域の人々との交流をたくさんしている。また、それと並行して前回は見送ったアンサンブルコンテストにも挑んだ。結果は、クラリネット四重奏が県大会で金賞。金管八重奏が九州大会で金賞となった。全国大会へは進めず悔しい思いはしたが、その気持ちをバネに次へ向けて励んでいる。
「後輩たちのためにも、みんなには協力をお願いするよ。これ、お家の人に渡してね」
去年実音が考案した手紙を文は三年生へ配布し、OB会と後援会への入会を改めてお願いした。
「あったり前よ!」
「入るに決まっとるよね!」
「ひとりひとりの出せる金額は少しでも、みんなで出せば新しい楽器が増えるもんね!」
「お金って、ブンブンに直接払うの?」
「振り込みだろ? 部費もそうだし」
「へ?」
「誰かやり方教えてあげて」
「今までお母さんにやってもらっとったばってん、成人したし自分でやらんとね」
快くOB会へ入ることを了承する三年生を見て、文は心が温かくなった。
卒業式は厳かに行われた。
吹奏楽部の演奏で入場し、プログラムは進んでいく。
卒業生代表の元生徒会長が涙声の答辞をして、三年生はつられそうになったが我慢した。しかし、その後の卒業生合唱で「旅立ちの日に」を歌うと泣き出す者が現れ、退場ではボロ泣きする者が続出した。
特に海は酷かった。なぜなら、退場の曲が定期演奏会で彼女がリクエストした『青春の輝き』だったからだ。現部長の村里清羽のソロに、耐えられるわけがなかった。
卒業式後、最後のホームルームも終えてクラスメイトたちで別れを惜しんでいると、実音は後輩の巴子と北浦奈也に廊下から呼ばれた。そして静かな場所へ行くと、ふたりから卒業祝いのプレゼントと手紙を渡された。
「先輩……。もう卒業なんですね……」
「巴子ちゃん……」
「先輩へのプレゼントは入浴剤にしました! 実音先輩は温泉好きなんですよね! 是非、今度一緒に行きましょう!」
「うん。ありがとう、奈也ちゃん」
ふたりの頭を撫でてから、実音も彼女たちにプレゼントと手紙を手渡す。プレゼントはリード用の小羽根とミニタオルだ。
「私が引退した後も、ふたりが一生懸命やっててすごく嬉しいよ。ちゃんと観てるから、安心して」
「……はい」
「はい!」
今年のニューイヤーコンサートにて、吹奏楽部はドリル演奏をまた取り入れた。
その際、巴子はカラーガードに加えて実音の時と同じくソロを担当した。曲は『レ・ミゼラブル』。彼女にとって初めてのソロは最悪な環境だったが、しっかり歌うように吹いて多くの拍手をもらった。
一方、北浦はドラムメジャーを務めた。海の後任はずっと決まっていなかったのだが、彼女はこれに一年生ながら立候補し勝ち取った。柔軟性やしなやかさはカラーガードで磨いたことが役に立った。アクロバティックな動きは無理でも、持ち前の度胸のある性格を前面に出して、彼女は本番で堂々と踊ってみせた。
「実音先輩。ずっとずっと、先輩のこと尊敬し続けます! 背中を追って、私、先輩みたいな立派なオーボエ奏者になります!」
「私も負けません! ネロさんなんかコテンパンのメッタメタにします!」
「うん! ダブルリードパートのこと、よろしくね!」
「はい!」
「はい!」
何も心配することがない後輩を頼もしく思い、実音はふたりと別れた。




