21.がんばらんば
体育館で行われている「凱旋コンサート」にて、実音は渡されたマイクを両手で握り締め口を開いた。
「木管学生指揮者の雅楽川実音です。本日はご来場いただいき、誠に嬉しく思います。……私は小学生の時に吹奏楽と出会いました。そこには整った素晴らしい環境があり、尊敬できる恩師もおりました。そしてその場所がどんなに恵まれていて、どれほど自分が価値のあるものを得ていたのか、ここに来て実感しました。顧問は合唱のスキルがあっても吹奏楽に関しては初心者。しかも、外部の指導者に頼ることを知らない。部員は具体的な練習方法をわからないまま、ただ楽器を扱っているだけ。おまけに予想外の行動もする。予算は少なくて楽器も一流でない。それどころかメンテナンスが不十分。ホールを贅沢に使うことができず、広い体育館やグラウンドも、ほかの部活が使わない時しか使用が不可能。強豪校と比べたら足りないことだらけでした。……思い返してみると、よく全国行けたなぁってなりますよね。でも、決して奇跡ではないんです。それだけのことをやってきました。基礎の方法から見直して、知識を身につけて、マーチングにも挑戦して、暴君の指導にも耐えて、グループ演奏やアンサンブルやパート紹介で、責任感と音のブレンド力を磨いて、イベントでは失敗も成功も経験して必ず次に活かしてきました。前向きにここまでついてきてくれた部員は、最高の仲間です。もう頑張れないと思っていた私が再び吹奏楽に向き合えたのは、ここで出会った仲間たちのおかげです。……使える予算内でできることには限りがあります。だからこそ、みなさんからたくさんのご支援を賜ったことに感謝しかありません。特に保護者のみなさん。日頃から心配をかけてばかりでしたね。私たちが部活に専念できたのは、みなさんのサポートがあったからです。朝早く出る子供のためにお弁当を毎日作ったりと、本当にありがとうございました。……最後に、ここにおられるみなさんへお願いがあります。私たち三年生はこれで引退となりますが、大三東高校吹奏楽部はまだまだ続きます。この吹奏楽部という部活は、イベントの企画を考えている時は楽しく、練習は地道で辛いことが多く、イベント本番ではプレッシャーを感じ押しつぶされそうになり、でも部員の気持ちがひとつになると予想以上に良い演奏が生まれ感動します。何より、見上げた客席から素敵な笑顔と拍手をいただくと、やりがいを感じます。大変なことだらけですが、必ず成長できる場所です。そんな部活がいつまでも残るためには、みなさんの力が必要です。今、部活そのものの存続が危ぶまれる中で、世の中の変化に合わせながらより良い部活を作らなければなりません。誰でも入ることのできる部活に、助けられている生徒は多いはずです。やる気のある部員の気持ちを大事にしてほしいんです。顧問や活動時間や何を目標にするかなど、考えることは山ほどあります。みなさんどうか、ずっと味方になって部員たちを支えてあげてください。ほかの部活動のことも含め、よろしくお願いいたします」
気持ちを込めて頭を下げる実音に、観客は頷きながら拍手をして応えた。
二年生の司会担当がこの先の吹奏楽部のイベントについてお知らせをし、プログラム最後の曲紹介をする。
この間に着替えていた文と三年生が立ち位置につき、指揮台にはプリンスが乗る。
曲は大三東の十八番である『マツケンサンバⅡ』。
派手な衣装を見に纏った三年生たちが踊り、そして文が歌った。観客もノリノリだ。絶対に盛り上がるこの曲で、みんなが笑顔になった。
いつもアンコールとして披露する曲が終わると、観客たちはこれで終わりだと思った。司会者もそう言っている。だが、先ほどの曲はプログラム上最後であって、まだ用意はある。それを知らない者たちは、帰る準備を始めてしまった。
しかし、これは想定していたことだ。だから海は、客席に向かって視線を送った。その合図を受け取った大護が立ち上がる。
「もってこーい!」
大声で叫ぶ彼に隣の席の東柊は何事かと驚くが、周りの観客はその声に続いた。
「もってこーい!」
「もってこい!」
客席から飛び出たこの言葉は、長崎県ではアンコールの定番の掛け声である。
法被を着ていた実音たちは急いで席に戻り、文もプリンスがいた指揮台へ移動し握っていたマイクを構えた。
「アンコールの声にお応えし、もう一曲演奏したいと思います。みなさん、よろしければ前に出て踊ってください。生徒会のみんな、よろしく!」
文が指揮を振って始まったのは『がんばらんば』。
大三東高校吹奏楽部が何度も披露してきた思い入れのあるこの曲を、高校生活最後の演奏会でやりたいと三年生がリクエストした。生徒会には事前に伝えてあり、彼らはカメラ担当を残し体育館のステージの上まで走って「がんばらんば体操」を踊る。部員が踊ってもよかったが、やはり自分の楽器で終わらせたいと思った。
前奏で曲がわかった大護も、東や内山田花太を引っ張って椅子の置いていない空いているスペースへ行き、一緒に身体を動かした。
「何これ? 俺、知らないんだけど」
「知らんでもよか。適当に動かせ」
一丸飛竜や鉄道研究部や天文部、さらには幼い男の子も母親の手を引いて加わる。その場で立ち上がったり座りながら手を動かしたりして、若者たちの踊る様子を微笑ましく思いながら観ている者もいる。
吹奏楽部も全員でできるラストの曲を噛み締めながら、楽しく演奏をした。
応援は、人の背中を押す。
ただし、責任感のある人や周りのために動ける優しい人は頑張りすぎてしまい、そのような人に軽い気持ちで「頑張れ」と言うと、時に重しになったり、全てを否定されたように感じさせることがある。
頑張りすぎてしまう人ほど、まだよくしようともがいている。もっと期待に応えたいと思っている。それでも立ち上がれなくなる時がある。そんな状況で自分を鼓舞するのが「がんばらんば(頑張らなくちゃ)」だ。
たまには美味しいものを食べたり、お風呂でゆっくり温まったり、よく寝ることも大事だ。そして余裕が少し生まれたら、「がんばらんば」と自分に言い聞かせて前に進めば良い。
実音は島原で学んだこのことを胸に刻み、心からの笑顔で部活を引退した。




