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がんばらんば〜大三東高校吹奏楽部の活動日誌〜  作者: 尋木大樹
10月

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20.凱旋コンサート

 大きなコンクールを終えた安心感から気が緩んでいた部活の雰囲気は、実音(みお)によって立て直された。そして、とうとう三年生にとって最後の演奏会の日を迎えた。この日をもって、実音たちは大三東(おおみさき)高校吹奏楽部を卒部する。








 「凱旋コンサート」という名前で体育館にて行われる演奏会には、保護者や後援会や卒部生、それから学校の教師や生徒や近所の住民たちがたくさん訪れた。彼らのほとんどは、全国大会での有料のライブ配信を観ていない。定期演奏会に来られなかった者もおり、みんながこの日を楽しみにしていた。


「おねえちゃんたち、きょうはなにやるのかな?」

「なんだろうね。……あ。あそこに今日のプログラムが書いてあるよ」

「こらこら。人を睨んじゃダメだってば」

「お前、また歌わんのか?」

「今日は鑑賞するだけです」

「わったい(あなたたち)、席詰めてくれんか?」

「どあろ(いいよ)」

「なしもよーわからんばってん(なぜだかよくわからないけど)、このブラバン、人ば集めるようなったねぇ」

「ブラバンじゃなか。吹奏楽ね」

「いっぴゃあ(たくさん)練習したんかね?」

「全国よ? そりゃなまんこっちゃ(生半可なことでは)無理よ」

「会長、何時にこらすですか(いらっしゃいますか)?」

「あっちゃん(あちらに)おるよ」


 パーカッションパートは、会場でトラブルが起きた際に対応できるよう、管楽器と別行動で待機している。ティンパニのチューニングをする相知十真子(おおちとまこ)は、遠くから目当ての人物が来ていることを確認しテンションが上がった。

 大護(だいこ)は大勢の人々で賑わう体育館へ、東柊(あずましゅう)内山田花太(うちやまだはなた)を連れてやってきた。靴は脱いで各自ビニール袋へ入れる。


「あ。靴下ほげちょった」

「本当だ。ジャガイモ見えとるよ」

「ジャガイモ?」


 島原弁をまだほとんど理解していない東は、ふたりのやり取りに首を捻った。そんな彼に、内山田が通訳してあげる。


「『ほげる』は『穴が開く』で、あの親指見えることが『ジャガイモ』。言わないの?」

「言わない」

「ふーん。……って、俺普通に東と話してるけど、お前よく来たよな。こういうの興味なさそうなのに」

(あさひ)に無理やり連れて来られたんだよ。……で、誰だっけ?」

「去年同じクラスだった内山田ですけど!? 修学旅行の班、同じだったよね!?」

「……あー」

「今思い出した!?」


 内山田がショックを受けている横で、大護は体育館の中を見渡した。そして、一丸飛竜(いちまるひりゅう)を発見する。


「おーい! 一丸ー!」


 その声に気づいたスーパースターは、席を立って手を挙げた。


「とっとっと?」

「とっとっと!」

「よし。あっち行くぞ」


 歩き出した大護の後ろで、またもや今の会話の意味がわからなかった東は内山田に尋ねる。


「さっきなんて言ったの?」

「え?」

「『と』しか言ってないんだけど」

「あぁ、あれね。『席取ってる?』『取ってるよ』って意味」

「あんなんで通じるのか?」

「うん。え、言わない?」

「言わない」

「へぇー。俺だってそこまで方言使わんし、ぶっちゃけわからんことはあるけど、東もちょっとずつ知っていけば? だって、この先もここで暮らしていくんだろ?」

「……考えとく」


 大護は移動の際、生徒会の前を横切った。その中のひとりはカメラの動作確認をしている。


「カメラOKなんか?」

「ちゃんと許可はもらいましたよ」

「『生徒会だより』に掲載する用です」

「関係者の腕章もつけてますしね」

「その写真、後でくれ」

「ダメです」

「けったれ(ケチ)」

吹奏楽部(吹部)に報告しますよ」

「すまん」

「わかればよろしいんです」


 大護はおとなしく一丸が確保しておいた席に座り、演奏が始まるのを今か今かと待った。








 その頃、管楽器の部員たちはまだ音楽室にいた。

 パーカッションや椅子や譜面台は体育館にセッティング済みだ。現在チューニング中だったのだが、ここでクラリネットの紣谷秀奈(くけやひいな)が突然泣き出した。


「ひーちゃん!? どがんしたと!?」


 (うみ)が駆け寄ると、彼女は肩を上下させながら答える。


「こ、これが最後だと思うと、なんか、こう……」


 どの部員も、部活で何かしらのことはあった。ずっと楽でいた者などいない。それらを思い出してしまい、紣谷は感情をコントロールできなくなった。

 彼女につられ、特に三年生が目に涙を浮かべている。だが、一番こういう時に泣く海は我慢した。


「みんな、待って! 気持ちはわかる! わたしもこれでお終いだって思うと悲しい! ばってん、それ以上に今日を楽しみたいんよ! 泣いたら上手く呼吸ができんけん。呼吸が上手くできんと、いい音が鳴らせん。お客さんたちのためにも、自分のためにも、今は我慢しよ! ね!」

「……うん」


 実音も同じことを言おうとした。だが、その前に部長がきちんと仕事をしてくれた。


(海。ありがとう)


 心の中でお礼を言って、実音も自分の感情を封じ込める。高校最後の演奏会を最高の形で終わらせるべく、目の前のことに集中した。








 体育館に部員が入場すると、まずは海がマイクを持って観客へ挨拶をする。前回と違って、メモした紙を間違わずに持っている。


「みなさん。今日はお集まりいただきありがとうございます! 部長の音和(おとなぎ)海です! 多くの応援とご支援をいただいたおかげで、初めて全国大会へと駒を進め、さらにゴールド金賞という素晴らしい賞を手にすることができました! 部員一同、とても感謝しています! その想いを届けるべく、今日は日頃のお礼としてわたしたちの演奏をお聴かせしたいと思います。また、三年生はこれが最後の演奏会となります。大勢の知っているみなさんの前でラストコンサートができるのは、大変嬉しいことです。是非、わたしたちの集大成を楽しんでご覧ください!」

「よ! 海ー! がまだせー(頑張れ)!」

「ちょ、(りく)! 恥ずかしか!」


 兄の応援する声が体育館中に響き、会場からは笑いが起きた。

 咳払いをしマイクを置いた海は、自分の席に行き立ったままもう一度チューニングを行う。

 そして顧問の(かざり)が一礼し、演奏が始まった。


 一曲目は『マーチ《ベスト・フレンド》』。

 今年の定期演奏会で採用したこの曲を、今度は三年生も加わって披露する。

 準備期間はたった一週間しかなかった。そのため、コンクールに出なかった一年生が上級生の負担を減らそうと、たくさん練習をしてきた。三年生は初めての挑戦だが、後輩の面倒を何度も見ていたことや、過去の課題曲をたくさん聴いてきたおかげで、まるで演奏したことがあるような気分だった。

 親しみやすいメロディーのマーチに、部員たちは数々の仲間との思い出を乗せて奏でた。


 二曲目と三曲目は、コンクールで演奏した課題曲と自由曲だ。本番同様、間に司会を入れない構成にした。

 メンバーではない巴子(はこ)たちは、膝に楽器を置く。そして、すぐ隣から聴こえる音に耳を傾け、先輩たちの熱を感じた。

 一週間前は特別な場所での演奏だった。それが今は体育館で、観客は知り合いばかり。だから、部員たちはリラックスした状態である。全国大会の時とはまた違う、余裕のある良い音が鳴り響いた。


 去年実音が大三東に来て入部してから今日を迎えるまで、無駄な日は一日もなかった。

 楽器のそれぞれの特性に悩み、どこかしら痛めたり変形したり、部員たちの身体にはその痕跡が刻まれている。

 たくさんの参考音源で研究し、毎日基礎練習をし、曲について調べて共有してきた。そうやって努力し続けても上手くいかないことだらけで、肉体的にも精神的にも疲弊する日々を過ごした。

 だが、彼女たちは少しずつ確実に変化していった。音感には二種類あり、聴こえる全てのものがなんの音かわかる「絶対音感」に対し、基準からどれほど離れているかを判断できる「相対音感」というものがある。元々音感を持っていなかった者もこちらを身につけた。これのおかげで、チューニングの時も曲を演奏している時も、全員が互いの音を聴いて合わせられる。バラバラの個性の集まりで楽器の鳴らし方も音質も異なる中、それでもひとつになれたのはひとりひとりが成長したからだ。

 また、部内だけでなく外部の者とも協力してきた。普段は別の活動をする者のことも、リスペクトし手を取り合った。加えて、みんな部活以外でも全力だった。こうして身についたものは、吹奏楽という世界から離れても役に立つだろう。


 コンクールの曲を演奏し終わると、客席から温かな拍手が吹奏楽部へ贈られた。

 予定では、ここで顧問から挨拶をすることになっている。


「みなさん、どうも。顧問の文凛太郎(りんたろう)です。先日行われたコンクールで披露した二曲を聴いていただきました。本当は私からみなさんに感謝をお伝えする時間なのですが、この部活をここまで導いてきたのは私ではありませんので、ここでバトンタッチしたいと思います」


 そう言って、文は実音にマイクを渡した。


「え?」


 事前の打ち合わせで知らされていなかったことに驚く実音へ、文は「最高のタイミングでスピーチの場を用意してあげたよ」と小声で伝えてくる。文の後ろに見える海も下手くそなウィンクをしており、その様子から首謀者が誰なのか発覚した。


「私、話す内容とか考えてないんですけど?」

「大丈夫でしょ。君ならやれるって。ほら、お客さん待ってるよ」


 困惑したままマイクを持ち、実音は深呼吸してから立ち上がり観客の方を向いた。

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