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がんばらんば〜大三東高校吹奏楽部の活動日誌〜  作者: 尋木大樹
10月

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18.結果は? ②

 ステージから部員たちとの待ち合わせ場所まで移動中の実音(みお)は、まだ泣いていた。

 彼女がここまで感情を露わにしたのを初めて見た(うみ)は、自分よりボロボロになって涙を流す親友が倒れないよう、傍にピッタリついてあげた。そんな海自身も泣き止んではいない。その後ろを顧問の(かざり)が安定のオロオロ状態でついていく。


雅楽川(うたがわ)!」


 会場の外へやっと出ると、そこで実音を呼ぶ声が聴こえた。

 三人が声の主の方を向くと、ひとりの女子生徒が走って実音に飛びついてきた。近くにいた海は引き剥がされる。


「……え? は、長谷部(はせべ)?」


 それは、方南(ほうなん)高校吹奏楽部の部長である長谷部花藍(からん)だった。

 予想外の人物の登場と行動に、実音の涙も引っ込む。


「ど、どうして? え? なんで?」


 長谷部は泣いていた。実音は方南時代の部活中に涙を流したことがないが、同じくいつも厳しい彼女のこんな姿を見たこともなかった。ぐちゃぐちゃな顔で実音のセーラー服を濡らすかつての仲間に、嫌な気はしなかった。むしろ、人間らしい表情をすることを知り安心した。


「……雅楽川」


 長谷部の後方から、小野紅蓮(おのぐれん)田中翠牙(たなかすいが)も現れた。


「小野……。田中も……。……ねぇ、これってどういう状況?」

「うん。長谷部ね、頑張ったんだよ。……もう知ってる? オレたち、ダメだったんだ」

「……うん」

「そっか。知ってたか。……長谷部ね、部長じゃん。泣かなかった。オレもだけど。だって、オレの責任だし。田中も役員として堂々としてた。でもさ、やっぱり悔しいんだよ。耐えられるわけないじゃん。まさか自分の代でこんなことになるなんてさ。本当は後輩が午後の部の鑑賞するはずだったの。だけどそれどころじゃなくて、代わりにチケット譲ってもらったんだ。それで三人で雅楽川たちの演奏を観てた。……雅楽川。オレ、感動した。心がさ、ギューッて掴まれた。疑ってごめん。大三東(おおみさき)の演奏はすごかったよ。結果もね、心からおめでとうって思う。オレも……あんな演奏……また、やりたいなぁ」


 目を潤ませた小野は、実音に近づいて抱きつこうとする。しかし、長谷部が手で払いのけて阻止した。


「長谷部、酷い!」

「いつまで実音にしがみついとるん!」


 海も参戦し、長谷部から実音を取り返す。睨まれても彼女は屈しない。


「方南は、本当に立派だと思う! 方南がおったけん、大三東も上を目指してやってこれた! ありがとう!」


 親友を奪い返した上に感謝の気持ちを述べる海を前にし、眼鏡の三人は揃ってポロポロと泣いた。


「田中まで泣くなんて……」

「マジかー。お前、人間だったんだなぁ」

「……」

「なんか言ってよー!」


 小野はハンカチを取り出そうとポケットに手を入れた。そして、あることを思い出す。


「あ! 雅楽川待って!」


 小さな缶ケースを取り出し、彼はそれを実音に渡す。


「コンクール前に渡そうとしたんだけど、ごめんね。今返す」


 実音が中身を確認すると、そこには綿のクッションに置かれた一本のリードが入っていた。


「……おっそ」

「だからごめんってー! あの時のはもう使えないけど、チューブはちゃんとリサイルしてるからね。あとそれ、オレの中でも結構いいやつだから! よかったら使って!」


 小野のソロコンテストのために、実音は自分にとって一番良い状態のリードを貸した。その時のことを彼が忘れていなかったことは嬉しいが、今ではないと思った。


「来週最後の演奏会あるから、合うようだったらそこで使わせてもらうね」

「そうして!」


 受け取ったリードを大事に持ち、実音は三人と向き合う。


「長谷部。小野。田中。……会いにきてくれてありがとう。みんなと過ごした一年間はいろいろ大変だったけど、たくさん刺激をもらった。それがちゃんと島原で発揮できたと思う。だから感謝してる。あと、こんな風に普通に話せるようになってよかった。三人はきっとこれからも私の前を走っていくんだろうけど、ずっと応援してる。じゃ、またね!」


 最後は笑って別れを告げ、実音は海と文を引き連れて去っていく。それを小野たちは泣きながら見送った。








 ホテルに戻ると、出迎えてくれた従業員たちが大三東の表情を見て安堵している。トラックやバスの運転手も同じだった。彼らに気を遣わせず笑顔にすることができ、部員たちもホッとした。

 荷物を運び宴会場へ入ると、豪華な夕食が待っていた。従業員の負担を考え、今回もバイキング形式だ。それが冷めないうちに各自皿へと盛りつけ、美味しくいただいた。海を中心に何度もおかわりをして、あっという間に綺麗に完食する。作り甲斐のある食べっぷりと、元気に「ごちそうさまでした!」や「美味しかったです!」と言って片づけを手伝う姿勢に、従業員たちは感心した。「また来年もここに泊まってほしい」と思わせる言動をする生徒に、文も微笑んだ。


 そのまま宴会場でミーティングが行われた。

 大三東高校の目標はふたつ。ひとつは「全国一金」。もうひとつは「心に響く、本物の面白い音楽」。

 ひとつ目の結果は、文から発表をすることになった。彼は帰りのバスの中で確認した内容を生徒たちに伝える。


「みんな、今日はお疲れ様。早速だけど、順位を報告するね。……大三東は二位です。……うん。はい」


 公にはなっていないが、今年のコンクールで最も点数が高かったのは熱田西(あつたにし)高校だ。まだコンクールで採用されたことのない曲で挑戦し、オリジナリティ溢れる演奏と高い技術力を披露した。ただし、課題曲の完成度も高く点数を伸ばしたが、自由曲だけで比べると大三東の方が上だった。

 生徒の反応が気になり、文は顔を窺ってみる。すると、生徒たちは落ち込んでいるように見えなかった。


「あれ? 悔しくない?」

「うん。『そっかぁ』って感じ」

「だよね。思ったより大丈夫」

「やり切ったもんね」

「頑張ったけん、もっと上だと嬉しいんだとは思う。ばってん、そうならんほど納得の演奏だったんよ」

「周りの学校も、みんな一生懸命だったしね。全部に金賞あげたいくらい」

「きっと、全国に行くことだけを目標にしていたら、行けたのかもわからないです。全国で金賞を目標にしても、もらえたかわかりません。だから、高く設定しといてよかったと思います」

「私たちが来年リベンジします!」


 本当に残念がっていない生徒に、文は安心した。


「顧問としてはね、君たちの努力があんなに大きな拍手と歓声で認められてすごく嬉しいよ。それとね、会場でお手伝いの学校の先生に言われたんだけど、楽器置き場がとても整ってて綺麗だったってさ。そういうところとか、嬉しいけど周りの学校のことを考えて騒がなかったこととか、運転手さんたちに『ありがとうございました』とか、ホテルの人に『美味しかったです』と伝えることができる君たちを、僕はとても誇らしく思うよ。それってさ、結果だけ立派になるより素晴らしいことだよね。みんな、僕の自慢の生徒だよ!」


 胸を張る顧問に、生徒たちは笑顔で応えた。


 ふたつ目の結果は、客席にいたネロと黒田宙矢(くろだひろや)が発表する。


「みんなは演奏してどうだった?」


 黒田は自分の意見を言う前に部員に尋ねた。


「吹いとる時は、あんま考えとらんかったです。ばってん、終わったら目の前が輝いとりました」

「私もです。あんなの見たことなかです」

「今でも脳内にそれ浮かびます。たぶん、ずっと忘れんです」

「届いてほしくて、遠くまで飛ばしたつもりです。それが伝わったとは思いますけど、どれくらいかまでは……」


 部員たちの話を聞いて、黒田は頷いた。


「伝わったよ。すっごくね。その証拠に、ネロの奴泣いてたから」

「バッ! 泣いてねーし!」

「ネロさん泣いたの!?」

「ネロさん泣いたんだ!?」

「ネロさん泣けるの!?」

「だから、泣いてねーよ!」


 ネロは否定しているが、実際黒田もネロも大三東の演奏に感動した。


「目に涙溜まってたぞ。隣のブラボーおじさんの声に驚いて引っ込んだみたいだけど」

「うるせー!」

「まぁ、こんな暴君にも響いたし、本来指揮者が手を下ろすまで観客は拍手もしちゃダメなのに、ほとんどがフライングしてただろ? マナーとしてはいけないことでも、それくらい感動が抑えきれなかったってこと。もちろん、前奏曲じゃなくてフィナーレみたいな曲で、そうなりやすい曲だったってのはあるけどね。にしても、コンクールで全員が味方じゃないのに、あれだけホールを一体にしたんだ。俺は目標達成したって言っていいと思うよ」

「……オレも同感。お前ら、よくやったよ」

「お! ネロも素直じゃん」

「あ゙?」

「みんな。こいつね、みんなを教える立場としていろいろ不安で、ずっとまともに寝られてないんだよ。よかったな。今日からぐっすり寝られそうじゃん」

「……チッ。余計なことを」


 全員からの視線に合わせず呟くネロを見て、部員たちはそれが嘘でないとわかった。

 ここまで高校生に力を注いでくれたふたりには、感謝してもしきれない。海が代表でOB会に頼んでいた物をこっそり受け取る。


「ネロさん! クロさん!」

「あ゙?」

「ん?」

「はい! これどーぞ!」


 海は背中に隠していた花束をそれぞれに渡す。


「は?」

「え?」

「これね、三年生みんなでちょっとずつお金出し合って、先輩たちにさっき買ってきてもらったんです! ほかの人たちにもお礼言わなきゃなんだけど、ふたりは特にお世話になったけんね! ハマさんには後で動画をたっくさん送っとく」


 海の目配せで部員が立ち上がると、全員でふたりに感謝の気持ちを伝えた。


「ふたり共、ありがとうございました!!」

「ありがとうございました!!」


 このサプライズに、黒田の瞳は潤った。ふと隣を見ると、暴君の目から一筋の光が流れた。


「……泣いてんじゃん」

「……うるせー!」

「ネロさん泣いとる!?」

「マジ!?」

「うわー!」

「やったね!」

「今の撮れた?」

「うん。撮った」

「それ送って!」

「私も!」

「今度ムカつくことあったらそれ見よっと」

「ハマさんにも送ろうよ」

「賛成!」

「お前ら、いい加減にしろよ!」


 その後も、みんなで賑やかに今日のことを振り返った。寝ようと思っても興奮して寝られないくらいだった。この日のことは、全員決して忘れることができないだろう。

 こうして、長い長いコンクールがやっと終わった。

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